平成18年10月 第2250号(10月18日)
■声明 科学者の行動規範について
日本学術会議(金澤一郎会長)は、去る十月三日の総会において、「科学者の行動規範について」「科学者の行動規範の自律的実現を目指して」を採択した。競争的資金等の獲得競争の激化等に伴い、科学者を取り巻く環境が大きく変化している中、改めて科学者の自律性が求められている。同会議は、昨年より「科学者の行動規範に関する検討委員会」を設置し、集中的に検討を行い、相互補完的な二つの文書の策定を行った。各文書は次のとおり。
《科学者の行動規範》
科学は、合理と実証を旨として営々と築かれる知識の体系であり、人類が共有するかけがえのない資産でもある。また、科学研究は、人類が未踏の領域に果敢に挑戦して新たな知識を生み出す行為といえる。
一方、科学と科学研究は社会と共に、そして社会のためにある。したがって、科学の自由と科学者の主体的な判断に基づく研究活動は、社会からの信頼と負託を前提として、初めて社会的認知を得る。ここでいう「科学者」とは、所属する機関に関わらず、人文・社会科学から自然科学までを包含するすべての学術分野において、新たな知識を生み出す活動、あるいは科学的な知識の利活用に従事する研究者、専門職業者を意味する。
このような知的活動を担う科学者は、学問の自由の下に、自らの専門的な判断により真理を探究するという権利を享受するとともに、専門家として社会の負託に応える重大な責務を有する。特に、科学活動とその成果が広大で深遠な影響を人類に与える現代において、社会は科学者が常に倫理的な判断と行動を成すことを求めている。したがって、科学がその健全な発達・発展によって、より豊かな人間社会の実現に寄与するためには、科学者が社会に対する説明責任を果たし、科学と社会の健全な関係の構築と維持に自覚的に参画すると同時に、その行動を自ら厳正に律するための倫理規範を確立する必要がある。科学者の倫理は、社会が科学への理解を示し、対話を求めるための基本的枠組みでもある。
これらの基本的認識の下に、日本学術会議は、科学者個人の自律性に依拠する、すべての学術分野に共通する必要最小限の行動規範を以下のとおり策定した。これらの行動規範の遵守は、科学的知識の質を保証するため、そして科学者個人及び科学者コミュニティが社会から信頼と尊敬を得るために不可欠である。
(科学者の責任)
- 一、
- 科学者は、自らが生み出す専門知識や技術の質を担保する責任を有し、さらに自らの専門知識、技術、経験を活かして、人類の健康と福祉、社会の安全と安寧、そして地球環境の持続性に貢献するという責任を有する。
(科学者の行動)
- 二、
- 科学者は、科学の自律性が社会からの信頼と負託の上に成り立つことを自覚し、常に正直、誠実に判断し、行動する。また、科学研究によって生み出される知の正確さや正当性を、科学的に示す最善の努力をすると共に、科学者コミュニティ、特に自らの専門領域における科学者相互の評価に積極的に参加する。
(自己の研鑽)
- 三、
- 科学者は自らの専門知識・能力・技芸の維持向上に努めると共に、科学技術と社会・自然環境の関係を広い視野から理解し、常に最善の判断と姿勢を示すように弛まず努力する。
(説明と公開)
- 四、
- 科学者は、自らが携わる研究の意義と役割を公開して積極的に説明し、その研究が人間、社会、環境に及ぼし得る影響や起こし得る変化を評価し、その結果を中立性・客観性をもって公表すると共に、社会との建設的な対話を築くように努める。
(研究活動)
- 五、
- 科学者は、自らの研究の立案・計画・申請・実施・報告などの過程において、本規範の趣旨に沿って誠実に行動する。研究・調査データの記録保存や厳正な取扱いを徹底し、ねつ造、改ざん、盗用などの不正行為を成さず、また加担しない。
(研究環境の整備)
- 六、
- 科学者は、責任ある研究の実施と不正行為の防止を可能にする公正な環境の確立・維持も自らの重要な責務であることを自覚し、科学者コミュニティ及び自らの所属組織の研究環境の質的向上に積極的に取り組む。また、これを達成するために社会の理解と協力が得られるよう努める。
(法令の遵守)
- 七、
- 科学者は、研究の実施、研究費の使用等にあたっては、法令や関係規則を遵守する。
(研究対象などへの配慮)
- 八、
- 科学者は、研究への協力者の人格、人権を尊重し、福利に配慮する。動物などに対しては、真摯な態度でこれを扱う。
(他者との関係)
- 九、
- 科学者は、他者の成果を適切に批判すると同時に、自らの研究に対する批判には謙虚に耳を傾け、誠実な態度で意見を交える。他者の知的成果などの業績を正当に評価し、名誉や知的財産権を尊重する。
(差別の排除)
- 一〇、
- 科学者は、研究・教育・学会活動において、人種、性、地位、思想・宗教などによって個人を差別せず、科学的方法に基づき公平に対応して、個人の自由と人格を尊重する。
(利益相反)
- 一一、
- 科学者は、自らの研究、審査、評価、判断などにおいて、個人と組織、あるいは異なる組織間の利益の衝突に十分に注意を払い、公共性に配慮しつつ適切に対応する。
《科学者の行動規範の自律的実現を目指して》
日本学術会議は、自律する科学者コミュニティを確立して、科学の健全な発展を促すため、全ての教育・研究機関、学協会、研究資金提供機関が、各機関の目的と必要性に応じて、科学者の誠実で自律的な行動を促すため、具体的な研究倫理プログラム(倫理綱領・行動指針などの枠組みの制定とそれらの運用)を自主的かつ速やかに実施することを要望する。
そこで、参考までに、以下に具体的な取組として求められる事項の例を列挙する。
「科学者の行動規範」の趣旨も御参照いただきたい。
(組織の運営に当たる者の責任)
- 一、
- 「科学者の行動規範」の趣旨を含む、各機関の倫理綱領・行動指針などを策定し、それらを構成員に周知して遵守を徹底すること。
- 二、
- 組織の運営に責任を有する者が自ら指導力をもって研究倫理プログラムに関与し、不正行為が認められた場合の対応措置について、予め制度を定めておくこと。各組織内に研究倫理に関わる常設的、専門的な委員会・部署・担当者など、対応の体制を整備すること。
(研究倫理教育の必要性)
- 三、
- 構成員に対して、不正行為の禁止、研究・調査データの記録保存や厳正な取扱い等を含む研究活動を支える行動規範、並びに研究活動と社会の関係を適正に保つ研究倫理に関する教育・研修と啓発を継続的に行うこと。特に、若い科学者に、科学における過去の不正行為を具体的に学ばせながら、自発的に考えさせる研究倫理教育を進めること。
(研究グループの留意点)
- 四、
- 各機関内の研究グループ毎に、自由、公平、透明性、公開性の担保された人間関係と運営を確立することによって、研究倫理に関する意見交換を促進し、不正行為を犯さぬように日々互いに注意を喚起する環境を醸成すること。また、構成員が、科学研究に従事することによって、かけがえのない公共的な知的事業に参加し、それを育んでいるという目的意識を共有すること。
(研究プロセスにおける留意点)
- 五、
- 研究の立案・計画・申請・実施・報告などのプロセスにおいて、科学者の行動規範を遵守して誠実に行動するよう周知徹底すること。
(研究上の不正行為等への対応)
- 六、
- ねつ造、改ざん及び盗用などの不正行為の疑義への対応のため、以下に示すような制度を早急に確立し、運用すること。
(1)不正行為などの疑義の申し立てや相談を受け付ける窓口を設けること。その際、受付内容が誣告に当たらないか、十分精査すること。
(2)申立人に将来にわたって不利益が及ばないよう、十分な配慮を施すこと。
(3)不正行為などの疑義があった場合には、定められた制度に沿って迅速に事実の究明に努め、必要な対応を公正に行い、その結果を公表すること。特に、データのねつ造、改ざん及び盗用には、厳正に対処すること。 - 七、
- 研究の実施、研究費の使用等に当たっては、法令や関係規則を遵守するよう周知徹底すること。また、研究活動を萎縮させないように十分留意しつつ、利益相反に適切に対応できるルールを整備すること。
(自己点検システムの確立)
- 八、
- 自己点検・自己監査システムによって、倫理プログラム自体を評価し、改善を図ること。