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平成18年10月 第2249号(10月11日)

プロジェクト大学発ベンチャー《第7回》
  四国大学 (下)大学から見たベンチャー

四国大学経営情報学部情報学科 山本 耕司 教授

 産学連携の目玉の一つである「大学発ベンチャー」は、平成十七年三月末で一〇〇〇社以上が創出されている(経済産業省調べ)。しかしながら、知的財産や利益相反、経営者の資質、市場ニーズにマッチしているのかなど、課題は山積みとなっている。本欄では数回にわたり、大学発ベンチャーを紹介する。各大学の「上」でベンチャーから見た大学、「下」で大学から見たベンチャーについてそれぞれの立場から責任者に執筆していただく。

(1) 会社創設時の困難
  みの電子産業(株)(以下、当社という)の創業は、その親会社との間で電波計数器を共同開発したことを機に、パートナーとなったことに起因する。その後も多くの共同開発を継続的に実施する中で、新規産業として独立的に実現する方がより効率的であるという考えから、新たな会社として平成十四年春に当社を創設した。初めは有限会社でスタートしたが、平成十七年秋に増資、組織変更して現在の株式会社となった。常に世の中にないものを作り出す気概で、安全と安心を生む製品開発をベースに、登記書類には一六にも及ぶ事業項目を連ねている。親会社社長の長子である見野健司氏を代表取締役とし、社員は親会社にいた精鋭達であり、社内における人間関係の問題はない。
  ベンチャー企業にとって創設時の資金問題はつきものであり、当社もまた例外ではない。特に開発資金は予想以上にかかることがしばしばである。商品の開発は、まず顧客からの相談に始まる。顧客が抱える課題の克服に、どのような手段が効果的かを検討し、そのための試作品を作成する。その過程で必要となるのは試作品の材料費や工作費である。当社は制御装置、すなわち装置の頭脳部分を電子回路として基板上に製作するが、ここにアイデアを盛り込み、実験による試行錯誤を繰り返して、知的財産を創発しながら完成させる。もっともこの作業には費用はほとんどかからない。しかし、試作品として提供するためには、例えばLED作業灯であれば、ハイパワーLEDを配置し、アルミ放熱板を取り付け、さらに専用台車と大容量バッテリーを必要とする。これら個々の材料費に加えて機械加工費などを要し、五〇万円の製品を試作するのに三〇〇万円かかることもある。さらに顧客の要望にあわせて台車や放熱板を何度も作り直すこともある。商品化した後も、注文数が多ければ、ロボットによる工場生産を行う必要があるが、金型や材料費で一ロットに数千万円の資金が必要となる。このような資金調達は極めて難しく、したがって、ひとつ売れ、これが回収できて初めて次が受注でき、これを回収して次を受注といった過酷な自転車操業を余儀なくされる。一旦回転し始めれば進んで行けるだろうが、初回の資金だけは、依頼者からの前渡金を加えても、かなりの額を借金に頼らざるを得ない。ベンチャーを支援する国の補助金制度が活用できればよいが、スピードが要求される受注生産時に、悠長に補助金の決定を待つことができず、資金力のないベンチャー企業の宿命として、厳しい現実と向き合うことはしばしばである。

(2) 大学にとって大学発ベンチャー創出に取り組む意義・メリット
  大学発ベンチャーの創出は、産業に寄与する可能性のあるシーズが発見できれば、これを事業化し、世に出すために起業する思いきりが教員にあって、それを後押しする体制が大学にあれば、おそらくスムーズに実現する。しかし、往々にして大学教員は産学連携、とりわけベンチャーには無関心なことが多い。技術力があって事業化できるシーズが明確にあっても、起業にかかる申請手続きや法知識、事業展開していく上での税や会計知識に加え、資金を調達して製品化していく経営力と、これを販売する営業力など、大学教員にとって専門外のことが山積している。したがって、これらを専門とする人材に恵まれない限り失敗する可能性が高い。さらに、事業化しても、これを継続し伸ばしていくことは、起業することよりはるかに難しい。 しかし、大学教員の中には、新しい技術の事業化による経済貢献、研究成果の産業への応用、研究開発の重要性の提唱、研究開発する人材の育成などにおいて、ベンチャー企業の立ち上げを意義深いと感じる人たちがいる。これらの人たちの創業しようとする強い志は至極純粋で、これを後押しする体制が、公的にもっと整備される必要があるのと同時に、文部科学省及び大学でも業績として評価する制度の必要性を感じる。
  当社が起業するにあたっては、様々な法的・行政的資料を参考に、他ならぬ私が猛勉強し、一切の書類作りを行った。また、知的財産管理(特許出願書類作成から既存権利検索まで)や製品の持つ特徴の説明(商品カタログ作成や顧客企業相手のプレゼンテーション)も、これまで数え切れないほど行い、さらに、他企業との業務委託契約や卸先との販売代理店契約などにおける契約書締結もまた、随分多方面の勉強を行った。このように、かつて電子工学を専攻し、原子分子の物理特性測定に回路製作を行って実験した学生時代から、コンピュータシミュレーションプログラムと四六時中向き合った時を経て、情報学を教育し業務情報システムの開発を手掛けてきた大学における二十数年間の生活では全く意識しなかった経営的知識の勉強は、実に衝撃的ではあったものの、幅が広い研究と実益につながるメリットを強く感じている。そして、ホットでリアルな話題として、学生に伝えることもできている。このことは、学生にとっても極めて貴重な経験をしていると確信する。
  一方、大学としては、これらの内容を達成する満足感を間接的に共有し、しかも煩雑な過程を経ずに社会貢献の一端を担い、社会的評価を得ることができるメリットがある。すなわち、大学を宣伝する効果があり、これは学生募集にも大変効果的な影響を与えることができる。しかし、他方では事業が失敗した場合、教員には実質的な損害が大きくのしかかる可能性があり、大学にもある程度のマイナス評価が社会的に下るリスクを抱えていることも確かである。
  四国大学は平成十六年、地元企業等との共同事業の拠点とすることを想定して、地域共同プロジェクト推進室という一室を作った。この室の存在は、四国大学が絡むビジネスの成功を、大学として期待していることを物語っている。動き出したからには成功し続けなければならず、中途半端に「ながらベンチャー」など決してできようはずもない。本学も当社もプラス部分とマイナス部分の両方を共有することになるのだから、その事業過程での協力や支援においても、今後この室を媒介して実質的機能が果たされることを期待したい。

(3) ベンチャーとの関係における課題
  あくまで大学教員は学生教育と学術研究が使命であり、加えて特に私学では大学運営にも重要な役割を担うことが求められている。一方、大学は地域や社会にいかに貢献しているかを問われ、大学としての存在意義は、これを構成する教員個々の、これまでにもまして努力する上に成り立っている。さらにその上に、産学連携で利益や雇用を生む産業の創出を望まれ、教員自身がリスクを背負い込む可能性の高いベンチャーの起業を期待される。しかし、大学教員でありながら企業運営を行う、所謂二足の草鞋を履く教員は、大変な幸運に恵まれているに違いない。それは、論理と段階が優先し、長い時間をかけて将来花開く人創りを目的とする大学と、強い創業理念でひとつに繋がり、スピードと結果が優先し、コストを常に意識して直接的な利益を追求しなければならない企業との対局する在り方双方で、真剣に戦う経験という財産が得られるためである。これからの時代、大学は企業的在り方に如何に変貌を遂げられるかが、生き残れるか否かの鍵を握るものと痛感する。ひとたびそのように本学が決意したとき、当社での経験は大いに役立つものと思われる。

  (四国大学経営情報学部情報学科 山本耕司教授)

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