平成18年9月 第2247号(9月27日)
■共同と共創による地域連携教育の実践
〜地域と共に実現を目指す工学アカデミアの形成〜 -3-
金沢工業大学(石川憲一学長)は、人間形成・技術革新・産学協同を建学の精神に掲げ、一九六五年に開学した。以来、「学生が主役の大学」として、教育付加価値日本一の大学を目指し、理事、教職員、学生が一体となって工学アカデミアを形成している。大学が所在する野々市町においても、PDCAサイクルに基づき、自大学の強みと弱みを認識した上での連携を行い、大きな効果を上げている。このたびは、同大学企画調整部の福田崇之氏に、同大学地域共創事例について寄稿していただいた。
3、大学経営と大学戦略・地域と大学の共創〜ゴール〜
一、プロジェクトメンバーの参画意欲を触発するPDCAサイクルの可視化
野々市町との連携により実施する「地域連携教育プロジェクト」は、地域にあるさまざまな問題やニーズに対して、学生と地域住民がともに学びあう中で解決策を見出し、地域に対して実質的な効果を生み出していくものである。
ここで言う効果には、これまで述べたとおり、学生に対する学習効果、地域住民に対するまちづくりへの貢献といった二つの効果を表すが、とりわけ地域に対する実質的な効果を生み出すためには、比較的長期的な計画の中で実現することを視野におかなければならない。
よって、プロジェクトを継続的に実施していくために、プロジェクトの運営を、計画―実施―評価―改善といった、いわゆるPDCAサイクルに基づいて行う必要がある。
一方で、長期的なプロジェクト運営を行ううえで注意しなければならない点がある。
それは、プロジェクトの実践から得られる効果が目に見える形であらわれてこない場合、何のためにこのプロジェクトを運営しているのか?といった疑問が、学生や地域住民に生まれてくることである。これにより、いずれは地域住民の参加意欲が低下すると同時に、学生にとって魅力的な学習環境の提供が困難になる。
このような状況を避けるために、PDCAサイクルの個々のプロセスにおいて、学生と地域住民の活動成果を目に見える形で残し、それらの積極的な情報公開を地域に対して行う。具体的には、学生や地域住民のプレゼンテーション内容やディスカッションした内容を、デジタル化しインターネット等を用いて配信していく。
また、プロジェクトメンバー以外の学生や地域住民が参画する、フォーラムの開催なども継続的に実施していく。
これにより、学生ならびに地域住民は、これまでの活動を振り返りみることができ、個人またはチーム、さらにはプロジェクト全体としての成長を自己点検することが可能となる。この自己点検は、プロジェクトに足りない点を課題として把握することができるとともに、なによりもPDCAサイクルのさまざまなフェーズにおいて達成感を味わうことが可能となる。この達成感が、学生に対する学習意欲ならびに、地域住民に対するプロジェクトの参画意欲を高める大きな要因となる。
二、プロジェクトにおけるPDCAサイクルの基盤となる二つの計画書
このようなPDCAサイクルに基づくプロジェクトの運営を行うためには、プロジェクト運営における、本学や野々市町の役割分担を明確にし、個々のプロセスの中でどのような成果物が必要となるのか、これらを学生や地域住民に対して事前に示していく必要がある。このプロジェクトの運営に関する仕様を「プロジェクト運営計画書」として、またプロジェクトの進め方に関する仕様を「プロジェクト支援計画書」としてそれぞれ取りまとめる。「プロジェクト運営計画書」は本学と野々市町において共有し、「プロジェクト支援計画書」は学生と地域住民が共有する。
プロジェクトの実践を通じて、その間に発生した問題点を収集し、これら二つの計画書の評価改善を繰り返し実施していくことで、時代の変化に対応できるプロジェクトのPDCAサイクルを実現することが可能となる。
三、産学官が一体となった「地域連携教育プロジェクト」を目指して
これまで述べたPDCAサイクルに基づく「地域連携教育プロジェクト」の運営は、いわゆる企業に代表される組織においては当然の仕組であり、組織を構成するメンバーが、これらのプロセスを理解し意識して行動を起こすことで、効果を生み出すための改善が必ず行われる。
しかしながら、プロジェクト実施の中心となる、学生、地域住民は地域の問題発見解決を行うプロ集団ではないため、効果を生み出すための改善スピードがどうしても遅くなってしまう。特に学生の学習サイクルは年度単位で実施されるとともに、毎年学生が入れ替わってしまう。プロジェクトに対して取組ノウハウを蓄積することによって、これらは解決することができるが、学生への学習効果を高めながらのプロジェクト運営にとっては、大きなハードルとなる。
また、長期的なプロジェクトの運営を考えていくと、必ず発生するのが資金面での問題である。特に、プロジェクト立ち上げの時点においては、野々市町の事業計画との連動性が低い点や、大学におけるプロジェクトの認知度が低い点から、それぞれの組織から担保される資金が限られてしまう。すぐに学生や地域に対する効果が生まれればよいが、なかなか難しいのが現状である。いわゆる「資金がない中で効果を生み出す」という社会のさまざまな組織が直面する一般的な問題を、「地域連携教育プロジェクト」も同じように抱えている。
そこで、これらの問題に対して現在アプローチを行っている取組が、「地域連携教育プロジェクト」における企業連携である。
企業との連携が実現できれば、プロジェクトに対してさまざまな効果をもたらすことが可能となる。企業が有しているビジネスのノウハウや人的なサポートは、プロジェクトにおける問題発見解決プロセスの質を高めていく。これは、学生への学習効果を高めるとともに、地域に対して実質的な効果を生み出すスピードを速めることに繋がる。また、プロジェクトの連携が、企業のビジネスの拡大やそれに関連する本学教員との委託研究、場合によっては本学学生や地域住民への企業PRといった形で、企業に利潤をもたらす可能性を見出すことができた場合、資金面でのサポートを行ってもらうことも可能となる。
連携する企業へアプローチを行う際、まずは教育を支援する職員が、プロジェクトについての説明や、プロジェクトを通じた企業にメリットをもたらす仕組みの提案等を行う。また、教員も交えた、企業のプロジェクトへの関わり方、成果物等の扱いや資金等によるサポート内容を踏まえた契約などのプロセスを段階的に踏んでいく。そのために、職員は、野々市町との密な連携を図る際にも重要になった、連携先である企業の顧客への理解や、企業の特色といった組織プロフィールを事前に理解している必要がある。これにより、「地域連携教育プロジェクト」の実践が、本学、野々市町、企業の三者に対してメリットを生み出すプロジェクトとなり、継続的かつ効果的なプロジェクトの運営が可能となる。
このように、これまで三回にわたって述べてきた「地域連携教育プロジェクト」は、最終的に、産学官の密な連携によって実現されるものであり、本学が目指す共同と共創による地域連携の実践である。このプロジェクトの実践は、現時点においてまだまだ取組を始めたばかりであり、このような形で紹介されるような成果は出ていないのが現状である。しかしながら、「これまで実施してきた単なる地域連携から少しずつ脱却を図っていかなければならない」という認識は全学的に芽生えてきている。とりわけ、教育・研究を支援する職員については日々のルーチンワークのみならず、地域、企業、大学の中での調整役や、営業活動といった、外部との連携の中でコーディネートを行うスキルが必要であるとの認識が生まれている。
今後、現在取り組んでいるプロジェクトの継続的な実践、新たなコミュニティをターゲットとしたプロジェクトの開発を積極的に行い、プロジェクト運営に必要なノウハウを蓄積していかなければならない。
本学が野々市町に所在することの価値を社会に示していくためにも、「地域連携教育プロジェクト」を中心に、地域と共に実現する「工学アカデミアの形成」を目指し、教職員が一丸となって取り組んでいく。
(おわり)