平成18年9月 第2245号(9月13日)
■共同と共創による地域連携教育の実践
〜地域と共に実現を目指す工学アカデミアの形成〜 −1−
金沢工業大学企画調整部 福田崇之
金沢工業大学(石川憲一学長)は、人間形成・技術革新・産学協同を建学の綱領に掲げ、一九六五年に開学した。以来、「学生が主役の大学」として、教育付加価値日本一の大学を目指し、理事、教職員、学生が一体となって工学アカデミアを形成している。大学が所在する野々市町においても、PDCAサイクルに基づき、自大学の強みと弱みを認識した上での連携を行い、大きな効果を上げている。このたびは、同大学企画調整部の福田崇之氏に、同大学地域共創事例について寄稿していただいた。
1、理念をどう実行していったのか〜課題の解決に向かって〜
一、金沢工業大学の経営理念に基づく改革
金沢工業大学では、人間形成、技術革新、産学協同の建学の綱領に基づき、学生、理事、教職員が三位一体となり、卓越した教育と研究の実践を通じて社会に貢献することを経営理念として掲げている。言い換えると、大学を構成するさまざまな人々が、お互いに必要な知識を与え合い、共同と共創による知恵の生産を行う場を目指すものであり、これを本学では、「学園共同体の理想とする工学アカデミアの形成」として学生、教職員、理事が共有している。
この経営理念を踏まえ、平成七年度には、「教育付加価値日本一の実現」を目指し、教育の実践目標を「行動する技術者の育成」と明確に定め、抜本的な教育改革に着手してきた。この教育改革の基軸は「教員が教える教育」から「学生が自ら学ぶ教育」への転換を図ることにあり、学生が自主的・自発的に学べる環境の充実と教育を支援する組織の確立を目指すものである。
一方、平成十一年には、理事長を中心に、大学事務局、教育支援組織、研究支援組織、法人本部の職員が参画する、「顧客満足度向上プロジェクト」を発足させた。これは、「主要顧客」を学生として位置付け、学事運営、教育・研究支援、修学支援と、これらに伴う管理運営のさまざまな視点から「サービスの卓越性」を目指した取組みを組織的に展開するものである。具体的には、全ての職員がJQA日本経営品質賞のフレームワークに基づいたセルフアセス研修を受講し、自らの業務をセルフアセス(PDCAサイクルの実践)するスキルの修得を行っている。
このように、教職員が経営理念及び教育目標に向かった改革を行い、教育・研究・サービスの卓越性に向けた組織的な取組みを今日まで実践している。
二、「地域社会=ビジネスパートナー」の概念
本学はこれまで、野々市町(本学が所在する地域)との連携により、教職員ならびに学生が、大学の社会貢献の使命に基づいて、これまでさまざまな地域社会連携活動を実践してきた。また、野々市町からは、本学の約七割の学生が大学周辺に住んでいる学生の生活面や、課外での地域活動において多くの支援をいただいている。
これらの継続した取組みは、お互いの顧客(本学:学生 野々市町:地域住民)に対して、それぞれが支援を行うものであり、その積み重ねは、本学と野々市町との間において強固な信頼関係を構築することに繋がっている。
一方、社会環境の急速な変化に伴い、大学は、社会から教育実践における特色化や質の保証を求められるようになってきた。本学においては、平成七年度の教育改革以降、教職員の業務に対する負荷が増大し、これまで実施してきた地域社会連携が、徐々にイレギュラーな業務として認識されるようになってきた。これは、これまで継続的に実施してきた地域連携の中で、いつしか、地域連携の本質を意識しないままに実践していた現状を意味するものである。
そこで、本学の担当部署(職員組織)と、これまで最も連携が深かった野々市町の生涯学習担当部署において、この問題を取り上げ何度もディスカッションを行った。もともと、野々市町の生涯学習担当部署との連携が深かったのは、個々の教員であったが、ここでのディスカッションは、職員同士の組織的な取組みによるものとした。これには大きな理由がある。先にも述べた職員のJQA日本経営品質賞のフレームワークに基づいたセルフアセスメントスキル修得がきっかけとなり、本学職員に対して、本学の組織の強みや弱みに対する再認識をもたらしたのである。その強みの一つには、教育実践に対し教職員が一丸となって取り組む仕組みが挙げられる。また、地域社会との関連の中では、教職員個々の社会貢献活動が大学全体において共有されていないという弱みについても浮き彫りになった。これらの強み弱みの認識が、野々市町との連携強化を図る上で、職員も教員と共に前面に立つという意識の変化をもたらしたのである。
これらを踏まえた本学職員と、野々市町職員によるディスカッションは、互いが有する顧客(学生、地域住民)への理解から始まった。本学がどのような教育目標を掲げ、顧客である学生にどのような教育を実践しているのか?また、野々市町がまちづくりにおいてどのようなビジョンを掲げ、地域住民に対してどのようなサービスを展開しているのか?など、それぞれの組織の強み弱みも含め互いに理解を深めていった。
その結果、次第に本学の教育実践に対して野々市町からの提案や、野々市町のまちづくりに対する本学からの提案が出るようになり、本学と野々市町が互いにビジネスパートナーであるという認識を生みだした。そして、それぞれの組織にメリットをもたらすための仕組づくりが重要であるという結論を導き出し、その具体的な仕組みとして本学と野々市町が共同で実施する「地域連携教育プロジェクト」が誕生した。
三、野々市町と共に実施する「地域連携教育プロジェクト」
この「地域連携教育プロジェクト」に対する本学ならびに野々市町の捉え方は以下の通りである。
本学:教育の特色である問題発見解決プロセスを有した社会性の強い教育実践
野々市町:生涯学習を通じて地域住民一人ひとりの力が活かせるまちづくりの実践
本学において、「地域連携教育プロジェクト」は、カリキュラムの中に構成される科目の中で実践されるものではなく、学年や学部学科の枠を超えた本学独自の教育実践フィールドとして位置付けられる。つまり学生は、課外学習としての参画や、正課のプロジェクト型科目との連携を定義することにより、正課―課外のどちらからでも学ぶことを可能としている。学習プロセスの中では、地域住民や地域の店舗、町会、小学校等地域にある全ての要素が、顧客として位置付けられ、顧客が有する課題やニーズの把握から解決策の創出を行い「行動する技術者」に求められる実践的な問題発見解決プロセスを修得する。
一方、野々市町は「地域連携教育プロジェクト」を、生涯学習の場として地域住民に展開している。プロジェクトに参画する地域住民は、専門的な知識について学ぶ「講座」だけではなく、学生が実践する問題発見解決のプロセス、いわゆる「スクーリング」に参画する事が可能となる。すなわち、地域住民自らが、身に付けた知識を活かし、まちづくりに実践的に取り組む、野々市町独自の「生涯学習プログラム」となっている。
本学と野々市町において「問題発見解決プロセス」が盛り込まれた「学びのシステム」を共有することで、学生、地域住民が一体となった学習機会の提供、ならびに学生、地域住民が参画するまちづくりを実現することが可能となる。言い換えると、地域を構成するさまざまな人々が、お互いに必要な知識を与え合い、共同と共創による知恵の生産を行う場の構築であり、キャンパス内から地域に拡大された「工学アカデミアの形成」を実現するものである。
四、「地域連携教育プロジェクト」の実現に向けた教職員の連携
一方、一般的に教育・研究・社会貢献の責務を担う教員に対して、プログラムを構築するために必要な地域との調整や段取りをきめ細かく行うには、大きな負荷が掛かってしまう。本学においても同様に、「地域連携教育プロジェクト」を実践する上で発生する野々市町とのきめ細かい調整には、なかなか時間が割けないのが現状である。
そこで、先に述べた本学の組織の強みや弱みに対する職員の気づきを活かし、教育・研究を支援する職員が教員との連携において、地域連携教育プロジェクトの企画を立案し野々市町との調整を図る体制を構築した。
職員は、本学の特色および、教員の専門分野ならびにその教員の下で学ぶ学生のテーマに対して理解を深めていく。次に、野々市町が有している課題やニーズ、さらには地域住民のニーズを、野々市町の担当者とのディスカッションを通じて理解を深める。
これらを踏まえ、双方のニーズを満たす「地域連携教育プロジェクト」の企画を立案する。企画に対する合意が野々市町より得られれば、教員、職員、野々市町担当者を交えた、プロジェクトの具体化を図り、学生ならびに地域住民が参画するプロジェクトを発足する。
これらのプロセスは、職員がトレーニングを積んだ、自らの業務をセルフアセスするスキルを、教育プロジェクトの企画立案というフェーズで活かすものであり、教員の負荷の軽減に大きな効果を発揮している。
このように、本学と野々市町の連携によって実践する「地域連携教育プロジェクト」は、学生、地域住民を顧客として捉え、本学教職員と野々市町職員による組織的な連携によって実施されるものである。
では、どのようなプロジェクトを立ち上げ実施しているのか、また、プロジェクト実施によってどのような効果をもたらしているのか、具体的な例を挙げて次に示すこととする。(つづく)