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平成18年8月 第2242号(8月9日)

地域の大学―静岡理工科大学 教育型産学連携と“やらまいか教育”―下―

静岡理工科大学学長 塩田 進

静岡理工科大学(塩田 進学長)は、平成三年に開学し、以来「技術教育を通して地域社会に貢献する」を建学の精神に、地域産業の発展に貢献する技術者の教育を推進してきた。その特徴は、教育面における地元企業との産学連携で、「やらまいか教育」と名付けて地域の技術経営者を育成すべく取組んでいる。地域と大学の教育面での連携・共創のリーダーシップを取り続ける塩田学長より、その事例を寄稿してもらった。二回にわたって連載する。

 もともと大学が位置する静岡県西部(遠州地域)は“やらまいか精神(挑戦)”の下で皆が協力していく気風があり、また東海道のどまん中でよそ者を差別することなく受け入れるところでもある。これらの気風は大学が地域と連携していくのに大変な長所になっていると感じている。事実、この地域は産学官連携の研究開発プロジェクトを数多く成功させている実績がある。理工系の学部の存在が静岡大学と本学に限られているのも協調しやすい理由になっている。
開学当時に採用された教員の多くは他大学から集まったが、それ以降は企業の研究所や開発部門からが多く、また就任前から地域連携の重要性を認識しているので、熱心に連携を模索することになる。いわゆる文系教員も地域貢献に汗をかく人が多い。こうした態度は地域の企業や行政の人々に直ちに伝わり、敷居が低いと感じられるようになる。
地域産業界の技術水準を上げるため周辺の市や団体の協力を得て機械系・電気系・バイオ系、それぞれに研究会をもっている。地域企業三〇社から一〇〇社、団体に会員になってもらい、大学教員の世話で講習会や見学会を催し、共同研究につなげている。機械系は先端精密研究会でナノテクを取り扱い、既に商品化につなげた実績がある。電気系はモータードライブ応用研究会で、特に自動車にモーターが導入されていることを考え、モーター制御を中心に活動してきた。この結果、複数の共同研究につながる予定である。バイオ系は農工商の融合を目指すアグリニクス研究会を立ち上げたところで、新しい農工融合技術の開発、IT技術の農業への応用、農業の担い手の育成を目指している。この他にも企業人を対象に三次元CADの講習会を毎年開いたり、品質工学、バイオマスなどに関する研究会も主催している。また年四回発行する「SISTフラッシュ」で教育、研究、イベント、事業を産業界に紹介する報告や広報が行われる。大学での研究成果は、教員紹介とともに報告書に毎年まとめられ、企業に配布される。
3、市民や行政とのつながり
 今、市民の安全・安心や健康・快適への関心は強いものがあり、地域に生きる大学として、できる限りの協力をしている。南に遠州灘、北に南アルプスがあり、自然豊かな当地では市民のウォーキングが活発である。体育や情報学科の教員がウォーキングの実施や効果の測定に協力しているのも一例である。ウォーキングの効果の生理的な測定は学生の卒業研究のテーマに取り上げられている。特に情報系ではウォーキングに限らず、健康のユビキタス管理、地震等の防災など市民生活と直接関連した卒業研究テーマを設定できる。これらはPBL教育の一環として発展させていくことを考えている。
市民が求める環境保全や食の安全にも関連して、地域での農業の再生がこれから大きな課題となるであろう。国際競争の中で我が国の農業の役割分担を考えていかなければならない。そして高付加価値の農産物を栽培し、販売までを含めた新たな経営を行って、儲かる農業を目指しながら、後継者を育てていくことが必要になっている。農工商融合技術、情報技術の導入やネットワーク化、農業技術経営の開発やそれによる人材育成に、地域の理工系大学として貢献できる。行政や地域の団体、企業、先進的農家と連携しながら推進していく第一歩を踏み出したところである。技術と情報と経営のわかる若い人材を育て地域農業の再生に役立てば、大学の評価が上がることに間違いない。
もともと本学が位置する袋井市とは産学連携推進協議会を持っており、その中の活動として地域の特産であるお茶農家や加工工場、JAの参加を得て、バイオ系教員がお茶研究会を主催していた。この過程の中で、食の安全と農薬問題や農家の深刻な後継者問題を知るようになった。最近では石油価格の高騰によるメロン栽培の困難がある。こうしたことからお茶だけでなく、農業全体の課題に広げ、アグリニクス研究会として第一歩を踏み出したのは前述のとおりである。燃料に関しては別にバイオマス研究会を立ち上げている。
数年前にIT技術の振興が国を挙げて叫ばれ、小中学校にパソコンが配備された時があった。このとき本学の学生がパソコンを使う小中学校の授業に出向き先生を助けた。この学生の情報ボランティア活動をきっかけとして、養護学校へもボランティア活動が広がり、また商店街の活性化のイベントに学生の製作したお茶ロボットを実演させるなど各種の活動に学生が参加するようになっている。他に学生が市のホームページを作成して市に貢献している例もある。
小中学校での理科離れの解消に一役買おうと、夏休みに周辺の小中学校の生徒を呼んで実験の楽しさを体験してもらったり、小中学校の先生方を大学にお呼びし、一緒に実験を行って小中学校での理科実験を後押ししている。また、周辺の高校で行われているスーパーサイエンスプログラムも積極的に応援している。
自治体が審議会や委員会を設置し、本学の教員が学識経験者として委員となることが多い。本務に支障がない限り、地域貢献の一環としてこれを認めている。中には地域の講演会、メディアへの出演を数多くこなしている教員もいる。
4、地域連携の意義と課題
 これから地域の大学が生き残るためには、その大学が位置する地域の特性をつかみながら、重点を置く教育分野と内容を明確にし、そのための教授法を開発して教育力をつけていくことが必要である。
本学は製造業を中心とする産業集積地帯に隣接しているので、そこの中堅、中小企業に若い人材を送り込むことを大学の第一の目標としている。トヨタ、ホンダ、ヤマハ、スズキ、浜松ホトニクスを生んだこの地は、創業の盛んなところで“やらまいか精神”で全国に知られている。小さな大学では専任教員だけでは限界があり、地域の指導的人材やOB人材にこの教育に参加していただくのは必須であると認識している。特にやらまいか教育やMOT教育では多数の方々が客員として活躍していただいている。研究についても同様である。
大学院はもちろん学部での長期インターンシップについても、協力を申し出ていただける企業がある。地域のものづくりに携わる指導的企業と、地域の中で成長した開発型企業、ベンチャー企業である。こうした企業では、企業の地域貢献を理解し、長期的視野から挑戦する人材の育成に関心を示している。挑戦する人材が欲しいのはこうした企業である。
本学が位置する遠州地方は製造業とともに農業も盛んなところで、地域の市や農業関連団体や先進農家などからの産学連携への期待が大きい。今まで理工系大学ではこの分野への関心が薄かったが、地域がかかえる農業問題の深刻さを見ると、農工融合が叫ばれつつあることを契機に地域連携を進めるべきと考える。ただ小さな大学では単独では限界があるので、市や農協、農業関連企業と一緒になって教育研究関係の連携を進めることが必要となる。
また、今、中心市街地の空洞化も深刻である。これから新しいサービス産業が伸びるのだというレポートが数多くあるが、地域から見ると未だ見えない。健康や福祉、安全、防災、情報コンテンツなどに、コミュニティビジネスや新しい情報サービス産業が生まれてくるといわれているが、まだ目立った活動はない。地域の大学の情報系では、この方面で先頭に立った貢献ができるのではないかと思われる。
このように伝統的な分け方である工業、農業、商業の垣根が低くなりつつある。理工系といえど、地域がかかえる課題に着目して地域の人づくりと産業づくりに新しい風を吹き込み、可能性を拓いていく大きな役割があると思われる。こういうことに力を発揮することが地域で実学を標榜する大学の真髄であろう。
こうした認識のもと、大学の生きる道を求めていくときに壁となりがちなことがある。教員はどうしても学問の基礎・基本に視線がいく。経営陣は資金収支に敏感である。学問、地域のニーズ、経営を三位一体化しながら教育を進めていくのが学長の仕事であろうが、これがなかなか難しい。どう難しいかは別の機会があればそれに譲りたい。(おわり)

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