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アルカディア学報

No.98

制度の根幹にかかわる法改正―気付いてみれば法律違反

私学高等教育研究所主幹  喜多村 和之

 このところ大学に関する政治的動きが急である。たとえば3月に提案された中央教育審議会の中間報告が、8月初旬には最終報告の答申となって発表されたかと思うと、10月早々には政府提案の法案となって国会に提出され、すでに当稿執筆時点では、衆議院を通過しているといったスピードである。しかもそのような情報がどこまで世間に知られているのか甚だ疑問である。
 日本私立大学協会では理事会や総会でいち早く情報が伝達されたが、その意味が加盟校にどれほど理解されているか不明である。その間、幾つかの大学の関係者に尋ねてみたが、中教審答申を読んでいる人はわずかしかおらず、その結果の法案の存在を知っていた人に至っては殆ど皆無であった。高等教育の専門研究者や大学関係者でもそうなのだから一般の人が知らないのは当然のことで、たとえば主要全国紙でもこの法案の内容についての報道もごく一部で小さく扱われたにすぎなかったように思う。
 この度の10月に臨時国会に提出された「学校教育法の一部を改正する法律案」や「私立学校法の一部を改正する法律案」は、すでに10月23日付アルカディア学報95「評価関連法案の問題点」で指摘したが、大学に対する第三者評価制度の創設をはじめとして、学部等の設置認可制度の見直し、違法状態の大学に対する是正措置、専門職大学院制度の創設など、高等教育制度の根幹にかかわる大きな制度変革である。特に私学については、設置認可にかかわる政府の権限を制限してきた私立学校法の一部改正(第五条第一項の削除等)が意図され、これはまさに戦後の私学政策を転換させるものである。
 にもかかわらず、こうした問題に最も影響を受け、関心も高いはずの大学関係者も関係団体も、公私にかかわらず、さっぱり発言がないように見えることは理解しがたいことである。筆者が見落としているのかもしれないが、いまのところ大学も大学団体からもこれといった意見が、少なくとも公式には表明されているようには思われない。
 10月8日から始まった臨時国会では、さすがに衆議院の文部科学委員会で、議論が闘わされている。法案になってしまっては、せめて国会の論議で疑義を正してもらうほかに術がないが、インターネットで議事録を追ってみると、法案の内容や狙い等について、かなり突っ込んだ反論も出され、文部科学大臣や副大臣との論戦も交わされた。
 たとえば11月1日には、第三者評価機関の独立性をいかに確保するかとか、評価結果が恣意的に数値化されランキング等に利用されないかという問題点とともに、認証評価機関による評価結果は「資源配分にもつながるのか」という石井郁子議員の質問に対して、文部科学省遠山敦子大臣は「資源配分自体を目的としてはおりません」としながら「今後多様な評価機関が発達していくと思われ」「その評価結果をそれぞれの資源配分機関の方が参考にすることはあり得るかも知れません」とも答弁している。しかし高等教育局長や副大臣の発言では結果としては資源配分に「つながっていく」ということだとして、石井委員は「どう言おうとそういう資源配分にリンクしていくのが今の文科省の方向」ではないかと追及している。
 さらに石井議員は、第三者評価を国公私すべてに義務づけるということは問題であり、「何で日本で、まだ歴史も浅く方法も固まっておらず、いろいろと未確定なところで一斉にこういうことをやりだすのかという点は」「本当に重大な問題をはらんでいる」とし、「評価を受けるかどうかは、私は大学の自主的判断に委ねるべきだと思うし、その評価機関をどうするかは国が関与すべきではない。この国の関与の問題については、やはり厳しく考えていかなければいけません」としている。
 また、石井議員は認証評価の基準を国が細部にわたって決めていくというやり方で認証された「そういう認証評価機関がどうして第三者機関と言えるのか」、それでは「国が全部決めている」ことになるではないか、すなわち「その基準の具体的な設定の仕方によっては政府が直接に大学の適格認定を行うのと実質的には異ならない」との批判を表明している。これに対して遠山大臣は、「認証評価機関についての条件を明確にし、その条件に合ったところについてはあまり裁量を加えないで、認めていくということでございます。つまり、判断の基準を少なくして裁量でもってやっていけば、それはかなり国の関与になると思いますが、今考えているのはそういう方法ではなく、国が認証するという際によるべき基準をむしろ明確にしていく、それによって第三者機関を作りやすくしていくことだと考えております」と答弁している。さらに大臣は「認証を経ないでも、いろいろな評価機関があってもいいと思います。しかし、認証機関の評価を受けようとする大学にとって認証評価機関がしっかりしている必要があり、そのために今、法文上でいろいろな条件を書いているところでございます」とも付け加えている。
 ここで読み取れるのは、全大学に第三者評価を義務づけている法案の意図は、評価を法的拘束力のあるものとし、したがってこれを守らなければ違法となり、処罰の対象になり得、その主たる対象は私学におかれているのではないか、ということである。なぜならば国立大学だけを対象とするなら、すでに省令で大学評価・学位授与機構の評価を受けることが義務づけられており、必ずしも法律にする必要がないからである。
 また第三者評価を資源配分に利用するか否かについては、文科相はしないという言質を与えているわけでもないのである。このように幾多の重大な疑義があるにもかかわらず、結果的には11月8日には法案は賛成多数で無修正で文部科学委員会を通過、結局衆議院で成立してしまった。論議が行われたといっても、わずか2日間、5時間余の審議でこの重大な案件の審査が終了したのである。
 法案成立にあたって、付帯決議が出されたが、評価に関しては、以下のような文言となっている。
 「第三者評価の実施に当たっては、大学の個性・理念を損なうことのないよう、公正、妥当かつ透明性のある評価を確保するとともに、すべての大学が適正に評価を受けることができるよう、認証評価機関の整備充実に配慮すること。また評価が与える社会的影響を認識しつつ、評価の在り方についても必要に応じ見直しをおこなうこと」。
 このような付帯決議なるものがどういう意味をもつのか疑問だが、ともあれあとは参議院での審議に委ねられるほかないのが現状である。おそらく法案が参議院で否決されたり修正される見込みはないだろう。
 このようにして日本の高等教育の将来に極めて重大な影響を及ぼすであろう法案は成立する。しかも当事者たる大学関係者からはほとんど声もあがらず、関心も払わないようにみえる。
 だが、私見によれば、この問題は、21世紀COEプログラムに採択されたとかされないとか、私学助成費が何パーセント上乗せされたか、というよりもはるかに基本的で重要な問題である。しかも大多数の国民は知らされず、新聞もほとんど報道しない。そして我々は、しばらくして、すでに自分たちが法の名の下に縛られていて、それ以外の合法的な選択が許されていないことを、ある日気がついて愕然とすることになるであろう。