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アルカディア学報

No.94

アメリカの1年次教育―米国訪問調査最新レポート

同志社大学助教授  山田 礼子

 大学進学率の上昇と学生人口の減少が同時に進行するなかで、高等教育の大衆化に伴う諸問題が、マスメディア、大学教員、および社会において格好の話題となっている。しかし、問題はしばしば話題になる学力低下だけに収斂するほど単純ではなく、学生の学ぶ意欲の低下、大学生活への不適応、あるいは卒業後の社会生活の基礎となる友人関係や教師との関係の構築が円滑に結べない、クラブ・サークル活動への参加率の低下など、諸相において様々な現象が顕著化してきている。こうした状況下で、入学してきた一年生を対象とした導入教育の重要性については、近年多くの大学が認識しつつあると考えられる。昨年度には私学高等教育研究所の研究プロジェクトの一環として、私立大学の学部長を対象に導入教育に関する調査を実施し、現在分析中であるが、ほとんどの大学が学生の現状に危機感を持ち、高校から大学生活への学問面、生活面でのスムーズな移行を可能にするべく、今後導入教育を増強していく必要性を強く感じているとの感触を得て、その急激な広がりのスピードに驚いた。
 こうした状況を、70年代以降に早くから経験しているアメリカにおいては、既に1年次(導入)教育が多様化した学生をスムーズに高校から大学へ移行させる過程で効果的であるとの研究成果が提示され、今日ではほとんどの大学でフレッシュマンセミナーとして導入されている。
 筆者は8月後半から9月の初めにかけて、アメリカの1年次(導入)教育研究の中心的役割を果たしているサウスキャロライナ州立大学にあるNRC(National Resource Center for The First-Year Experience and Students in Transition)、ノースキャロライナ州にあるやはり1年次教育の中心的研究機関であるPolicy Center on the First Year of College、またチャールストン大学(サウスキャロライナ州)、ノースキャロライナ州立大学アッシュビル校、アパラチアン州立大学を訪問し、教育担当副学長(Provost)、担当教員、職員、学生に会い、アメリカの一年次(導入)教育の最新事情をうかがってきた。ここではこの訪問調査をレポートしたい。
 一年次(導入)教育は、今世紀初頭に既にその重要性について指摘されており、例えば、ハーバード大学総長ローレルは寮生活にオリエンテーション機能を制度化するように提案した。単位を付与するフレッシュマンオリエンテーション科目として、カリキュラムに初めて設置したのはリード大学で、1911年のことであった。その後、フレッシュマンオリエンテーション科目を設置する大学は順当に増加していったが、1960年には何故か下火になってしまう。しかし、学生運動を契機として教育への学生の要求が高まると同時に、「高等教育の大衆化に伴う諸現象」が顕在化しはじめた70年代後半あたりから、フレッシュマンオリエンテーション科目は再び脚光を浴びることになる。名前を「フレッシュマンセミナー」と改め、教育方法も学生を主体にしたプレゼンテーションやコミュニケーションなどを多用し、読み書き、情報検索、討論、発表などのアカデミックスキルや大学生活の基本的なスキルを身につけることを目標として、時間管理法や就職支援、ならびに友人や教員とのつきあいを円滑にするための人間関係、コミュニティ活動、職業選択に関連する包括的な内容で構成されるようになり、現在でもこうした内容は基本的な「フレッシュマンセミナー」の定番として定着している。「フレッシュマンセミナー」をサウスキャロライナ大学の「ユニバーシティ101」から全米に広げていき、現在ではオーストラリア、イギリス等ともタイアップして国際1年次教育学会を世界的に普及させた功労者が当時のNRC所長であり、現在はPolicy Center on the First Year of Collegeの代表所長であるジョン・ガードナー氏である。今回の訪問でもガードナー氏とミーティングを持つ機会があったが、「フレッシュマンセミナー」という1年生を対象とした1年次(導入)教育は、アメリカの教育を重視する動きのなかで各大学がいかに学生を確保し、在籍させ続け(リテンション)、卒業させるかという戦略の一環として非常に重要であるという。
 「フレッシュマンセミナー」には様々なタイプがあり、例えば超一流校であるハーバード大学などでも「フレッシュマンセミナー」は導入されているが、こうした有名校の「フレッシュマンセミナー」はどちらかというと少人数制で、専門学問への橋渡しとなるような日本でしばしば見られる基礎演習に近い形である。
 しかし、一部の研究大学や有名大学を除くと、多くの州立大学や小規模大学は教育を中心とする大学として位置付けられている。例えば、ノースキャロライナ州においても高等教育予算は各々の大学のミッションと役割に基づいて決定されることになる。したがって、州の財政配分のための評価として、いかにリテンション率を上げるか、維持するかが重要な要素になるわけである。そのため、1年次教育を充実させ、いかに学生をスムーズに大学生活に適応させるかが教育を重視している大学では不可欠な戦略となるのである。
 では、実際に見てきた大学の1年次(導入)教育について触れてみたい。NCアッシュビル校は、公立大学としては珍しいリベラルアーツ大学であり、その学費の安価さから「最もお買い得なリベラルアーツ大学」として大学ランキングに登場している。ここの一年次(導入)教育の特徴は、リベラルアーツ大学という特性を生かして、今全米で多くの大学が取り入れ始めている概念、ラーニングコミュニティに基づいて実施されているところに特徴がある。このラーニングコミュニティとは、具体的には専門分野の異なる教員や職員が互いに協力しあって、「フレッシュマンセミナー」を受け持つことにある。NCアッシュビル校を例に取れば、単に「フレッシュマンセミナー」という一科目だけで実施されるのではなく、全学の一般教育のカリキュラムのなかで、最初の学期は「フレッシュマンセミナー」、次の学期は歴史学と数学、社会学の教員が協働しながら少人数クラスでアカデミックスキルや生活スキル等を教えていく形式である。その中には、コミュニティ活動などの体験学習も盛り込まれている。
 私が訪問した日は、新学期が始まって最初の週であったため、「フレッシュマンセミナー」の授業を見学することができた。この日の授業は、一年生を対象として、「飲酒・喫煙」の問題についてのカウンセラーや、上級生によるパネルディスカッションが行われていた。この「フレッシュマンセミナー」のコーディネーターは社会学の女性教員で、同時にラーニングコミュニティのコーディネーターでもあった。当日の授業は「生活スキル」を重視した内容で構成されており、特に初めて家を離れて寮生活を行う学生にとってはこうしたオリエンテーション内容を授業の一環として行うことに意味があり、また上級生の経験やカウンセラーの話を聞くことが役に立つとのことであった。
 アパラチアン州立大学やチャールストン大学、サウスキャロライナ大学などで実施されている「フレッシュマンセミナー」もそれぞれにその大学の理念、使命が投影されており、どの内容もこれからの日本の一年次(導入)教育を考えていく上で大変示唆に富むものであった。こうした知見をベースにして私学高等教育研究所の日本版導入教育研究にも役立てていきたいと考えている。
 なお、11月にはPolicy Center on the First Year of Collegeの所長、ランディ・スウィング氏の講演が東京で開催される予定である。