アルカディア学報
SD論の到達と前進―職員開発と大学運営への参画 (下)
〈改めて職員の役割を考える〉
私立大学、とりわけ中小規模の私大は、かつてない危機に直面している。この打開には経営戦略の立案、大学改革の遂行以外にない。そのためには理事長を始めとした経営、教学トップのリーダーシップ、意思決定・執行体制の強化などが不可欠だ。あわせて今日極めて重要なのが職員育成の課題だと言われる所以はその役割にある。いま改革は全学的取り組みとともに、現場レベルでの「市場対応」、「ニーズの充足」が必須だ。こうした改革のための課題設定、素案立案、決定後の執行等は全て担当する職員の手を経て行われており、また職員は、そのための客観データを業務上掌握している。別の角度から見ると、大学行政(運営)に教員は直接には一部の人しか関与していないが、職員は大多数が分野はともかく直接これを支える仕事をしており、業務執行場面での現実の問題点をもとに、その改善方策を大学運営に反映することが可能な立場にいる。さらに職員業務は、経営と教学を常に統合せざるを得ない業務遂行上の本質的特徴を持っている。職員は、例えそれが教育上有効な措置であっても財政的・経営的な裏づけなしには業務として執行することは不可能だ。理事会(経営)と教授会(教学)が一致した政策の下に先進的で現実的な改革を推し進めようとするとき、この両者を業務上繋いでいる事務局の果たす実践的役割は極めて大きいものがある。今日の厳しい状況の中で、この政策統合機能を改革の方向で発揮することが経営・教学のトップの政策判断を支え、迅速な改革を促す重要な要素となっている。
〈職員業務の発展〉
今日の大学改革は、各部局の職員一人ひとりの持ち場での改革的業務の総和によって初めて本格的に成り立つ。そこでのプロとしての職員業務の有り様は、その業務に即して明らかにされるべきだが、あえていえば専任業務を新しい価値を作り出す「開発(企画)型」へ転換することだ。例えば教務業務では、これまでの教育条件整備的仕事から学生の満足度にシフトし、正課外の教育を含む多様な学生成長に関る教育システム開発やキャリア形成のための学習支援、さらにはIT・遠隔教育、社会人教育の展開の企画など大きく舞台を広げていく必要がある。研究の領域でも、研究者の条件整備事務からネットワーク型の研究、社会連携型の研究事業の展開への企画・支援業務に発展させることが求められる。研究を自治体や企業のニーズと結びつけるマーケティングや営業力、知的財産管理など新たな力が必要だ。経営政策や財政計画への専門的な関与や計画作成力量は言うまでも無い。さらにプロとしての職員には事業の統治能力が求められる。斬新な企画も財政投下や収益見通しとの整合性なしには実現の現実的根拠を持たない。事業計画とそれを支える物的条件や実施に至る一連のプロセスのトータルなマネジメント、管理能力抜きには改革を成功に導くことは出来ない。
〈職員育成制度の構築〉
こうした力量の形成のためには、学内に独自の人事考課・育成制度が不可欠だ。いかなる人も組織も、目標を掲げ、チャレンジし、その到達を評価することなしに成長することは不可能だ。どのような人事制度を持つにせよ、その良し悪しは「仕組み」や「形」にあるのでなく、唯一この「目標と評価」のサイクルが実質的に機能しているかどうかにある。単発の集合研修や専門的な知識・技術の学習のみで現実問題を解決するための開発力量を高めることは困難だ。
日本福祉大学の「職員総合人事制度」は自覚的な目標設定とセルフコントロールにより大学目標と個人目標の達成に迫っていく「目標管理」の手法を採用している。個人目標の設定には、学園の基本目標や課室の業務方針・総括が明示され共有されていることが不可欠の前提だ。だからこの制度は、学園の戦略を個人目標と結びつける仕組みだとも言い得るが、この結合なしにはいくら目標を唱えても実践される保障のない絵に描いた餅となってしまう。この制度の目指すプラン・ドゥ・シーは個人にだけでなく組織にも求められることになる。また、業務目標のチャレンジと研修は表裏一体で追求しなければ、身についた能力開発は出来ない。いま解決を迫られている課題の実践の中で力をつけていくことが大切だ。さらに「頑張ってもサボっても、同じ処遇」と言うのでは改革を励ますどころか逆効果となる。挑戦した者が評価される処遇システムが必要だ。またこれによって始めて曖昧さを許さないシステムとして機能する。本学ではあわせて、論文「学園課題への提言」などをもとにした管理者登用試験、「部下メッセージシステム」という部下からの意見・評価の仕組み、公募方式による能力本位の採用、経営・教学両部局を経験させる定期異動、55歳管理職定年制による若手幹部の登用などの総合的取り組みにより活力ある事務局建設を目指している。
〈職員の大学運営への参画〉
職員は能力形成とあわせて、学園・大学の意思決定過程へ参加することなしにその役割・機能を十全に果たすことは出来ない。教員中心の運営から教職のコラボレーションによる改革推進へ「車の両輪」論の実体化が求められている。本学では職員が、経営機関に理事として、また教学組織の「大学運営会議」にも大学事務局長が決定権を持つ規定上の正規構成員となっている。30年ほどの歴史を持つ「職員会議」においては、学園・大学の基本方針について議論し、職員層としての意思形成や研修を行っている。職員会議議長は、職員層を代表して学園の評議員に就任するとともに、大学の全構成員による「全学協議会」の正規メンバーとしてその意見を大学運営に反映させることができ、また学長選挙には全職員が教員と同じく一票を持って投票に参加している。これらを通して、大学人としての職員の責任と主体性を確立し、政策的業務の到達をいろいろなレベルで大学運営に反映させることが可能となっている。事務局組織の点でも、本学は全国的にも少ない「企画・事業局」「総務局」「大学事務局」という3事務局体制をとっており、企画部門を事務業務の主要な三本柱のひとつと位置付け、職員の政策業務を専門的に統合し恒常的な改革提起を進めている。また各戦略分野ごとの企画部門として「企画課」のほか学務部の下に教学改革を企画・推進する「教育企画室」、事業連携部の下に対外的学園諸事業を企画・推進する「企画事業室」を置いている。戦略遂行型の事務組織には、企画部門の確立、重点課題にシフトする柔軟な事務編成やプロジェクト型・オフィス型の課室を越えた横断的な業務展開が求められる。
〈終わりに〉
以上、今日のSD論の到達点と課題を踏まえながら、実践的視点から職員業務の高度化やその育成制度、事務局組織等について見てきた。実際の戦略形成とその推進を役割と権限を持って遂行することを通して、現実の改革にパワーを持った職員集団、アドミニストレーター(行政管理専門職)としての専門力量が形成できると思う。大学の存立と発展にとって無論政策の正しさは重要だが、加えて困難があっても改革が持続できる組織力があるかどうかが極めて大切だ。こうした改革推進の力の重要な一翼に、戦略を創造し政策目標の達成にのみ誠実に献身できる職員集団、戦略創造型の事務局の建設が求められている。
(おわり)