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アルカディア学報

No.88

米国の産学連携―宮田大阪府大教授の講演会から

国立教育政策研究所高等教育研究部総括研究官  塚原 修一

 産学連携は研究面における大学の社会貢献の一形態であり、1990年代に米国の産業競争力の回復に貢献したと言われる。日本でも、2001年の第2期科学技術基本計画で急務とされるなど関心は高いが、関連する国内の研究は乏しい。
 宮田由紀夫大阪府立大学経済学部教授のご専門は米国の産業組織論であるが、関心領域を広げて『アメリカの産学連携―日本は何を学ぶべきか』を東洋経済新報社からこの五月に上梓された。私学高等教育研究所と国立教育政策研究所では、宮田教授をお招きして7月22日に講演会を開催した。当日の講演概要は以下のようであった。

〈歴史と現状〉
 米国では、大学の研究予算に占める企業資金の割合は7%前後である。この値は以前は高く、35年には12%であった。その後、ソ連との宇宙開発競争などにより50年代末から連邦政府資金が急増し、企業資金の割合は65年に2.5%まで低下した。しかし、70年代後半から再び上昇して現在に至っている。
 一方、企業の研究開発投資のなかで、大学への研究資金が占める割合は1%強である。企業は、内部ではできない基礎研究を大学に求めていて、大学における企業資金の64%は基礎研究に投じられている。

〈発明と特許〉
 実用的な研究成果の指標として、発明数、特許申請数、特許取得数、特許使用許諾数、特許収入をとり、大学の特性との関係をみると、連邦政府資金が多い大学ほど実用的な研究成果が多く、大学が企業寄りの方針をとるかはあまり関係がなかった。連邦資金を多く獲得することは一流大学の証明であるが、そういう大学が実用的な成果もあげている。
 このような関係は、特許収入において例外的に弱かった。特許収入の多くはヒットした少数の特許から得られるが、どの特許がそうなるかは予測しがたいからであろう。ヒットした特許は生命科学や医薬品に多いが、そのほとんどは産学連携の成果というより、以前から連邦資金で進めてきた研究の果実であった。
 大学の研究予算にしめる特許収入の割合は、大半の大学では5%未満である。したがって、すぐれた研究が特許収入を生み出し、それがさらに研究を加速する「正のスパイラル」は存在するが、強くはない。すぐれた大学の研究能力は、米国でも税金で維持されている。

〈成果の移転〉
 大学の研究成果を企業に移転する経路は特許に限らない。大企業は、論文、学会、大学人との会話など、開かれた場での成果の移転を重視している。中小企業やベンチャー企業は、大学の研究成果をすぐに実用化したいと考えるが、これらの企業は体力がないので、製品化後の価格競争を回避しようとして特許の独占的使用許諾契約を望む傾向がある。
 産学連携は地域産業政策としても期待され、州立大学等の近隣にリサーチパークを作って大学の知識を地域に移転する方策が人気を集めている。代表的な成功例はスタンフォードとノースカロライナで、類似の計画が各地にある。リサーチパークが成功する条件は、第1に核となる大学の研究能力が高いことである。これは、長年、連邦資金を獲得してはじめて到達できるもので、州政府が短期間に育成することは難しい。
 第2に、大学発のベンチャーには起業家を助ける人や組織(ベンチャーズインフラ)が必要である。経営コンサルタント、会計士、弁護士、投資家などで、技術がわかる人々がそれである。15年程前に、工学部の卒業生が会計士や弁護士に流れたことが製造業の衰退を招いたと批判されたが、今ではそれが米国の強みとなっている。この点で、大学入試のために高校生を文科系と理科系に分ける日本の方式は望ましくない。
 州立大学はたいてい大都市から遠く、ベンチャーズインフラは乏しい。これを是正するために、公的ベンチャー資金とでもいうべき中小企業技術革新制度がつくられた。この制度は各省庁の委託研究費の一部を中小企業に配分するもので、その割合は82年の発足時には0.2%であったが、次第に上昇して97年には2.5%、金額は108億ドルとなった。80年代末から90年代初めにかけて民間のベンチャー投資が枯渇した時期に、この資金がベンチャー企業を下支えしたと言われている。

〈弊害〉
 利益相反問題と総称され、大別して3つある。第1は金銭的利益相反ないし狭義の利益相反問題で、企業資金を受けた大学の研究者が、企業に有利なように研究結果を歪めることをいう。露骨な捏造はまれであろうが、企業に不都合な研究結果の発表を遅らせたり、握りつぶすことは現実におきている。一般市民が捏造を疑うようになれば、大学教員の発言は全体として信憑性を失うことになる。
 第2に、大学教員が企業のための研究に時間と精力を費やして、本来の責務である基礎研究や教育が疎かになることを責務相反という。第3に、本来は非営利団体である大学が、営利団体であるかのように特許収入等の獲得に熱中することを組織的利益相反という。また、最近は、遺伝子操作をしたマウスなどの実験試料を、他の研究者に提供したがらなくなっていることが問題となっている。
 これらの弊害の是正策として、金銭的利益相反については、企業との関係を全て届け出るよう教員に求めることが普通である。週一日のコンサルタント活動は教員の副業として慣習的に認められるが、取締役への就任は禁じられている。また、大学発のベンチャー企業であっても、その後の技術移転は他の企業と同等に扱うべきだとされている。

〈日本の現状〉
 第二次大戦後、最近まで産学連携はタブー視されてきたが、その間にも大企業と一流大学の非公式な関係はあった。学生の就職斡旋、共同研究、教員の発明の譲渡、これらの見返りとして奨学寄付金の提供などがそれである。
 近年の規制緩和で国立大学教官の兼業が容易となり、98年の大学技術移転促進法によって技術移転組織(TLO)への補助金が用意された。その効果は顕著であり、大学の特許申請数は96年の76件から99年には374件に急増した。大学発のベンチャー企業は、2000年8月の128社から2001年12月には263社となった。米国には及ばないが、日本の産学連携もようやく軌道に乗りはじめたと言えよう。

〈政策的含意〉
 米国の事例が示すように、特許収入では研究費はおろかTLOの事務経費をまかなうのも容易でない。TLOへの補助金は5年間の期限つきであり、その後が大変であろう。研究資金を自分で調達する「市場原理」の導入は不可能で、税金で支援しない限り大学の研究水準は低下する。大学は特許収入に期待せず、地域貢献として産学連携を進めるべきである。その意味で、大学TLOの協力や、個別大学をこえた広域的TLOが重要である。
 これまでの大学と企業の関係が大企業中心の非公式なものであったため、中小企業には大学の敷居は高かった。日本の大学と企業の関係を開かれたものに改め、リエゾン・プログラムを強化すべきである。そこで重要なのは、特許にもならないインフォーマルな情報交換である。これによって、共同研究をするまでもなく企業が抱える問題が解決することも少なくない。
 このようなプログラムの推進には、現場の制度の整備が前提となる。費やした時間に対する報酬を雑用の免除という形で与えるような措置がなければ、とくに若手教員は産学連携を避けるであろう。そのほか、日本にとって重要な課題は、利益相反問題に関するルール作りと、企業からの受託研究等に関する大学の機密保持である。とくに後者について、これまで日本の大学はルーズであった。
 以上のような講演の後、参加者との間で活発な質疑がかわされた。講演はおおむね著書にそって行われ、産学連携の広がりと限界、問題点などにバランスよく触れていた。米国の動向に関する的確な紹介があまりない中で、有意義な講演をされた宮田教授に改めて御礼を申し上げたい。