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アルカディア学報

No.87

オランダの大学評価―第12回公開研究会の議論から

筑波大学・大学研究センター助教授   佐野 享子

 去る8月6日に開催された第12回の公開研究会では、オランダ大学協会コンサルタント・アドバイザーのトン・フロイエンスティン博士をお招きし、ヨーロッパの大学評価システムの中でも特に注目されている、オランダにおける大学評価システムについて御講演をいただいた。氏はオランダ、ヨーロッパのみならず世界中の大学評価プロジェクトに専門家として関与し、現在はヨーロッパ品質保証ネットワークの運営委員、高等教育品質保証機構国際ネットワーク(INQAAHE)の事務総長としても活躍しておられる。
 研究会前日の5日には中央教育審議会答申が出され、日本において大学の質を保証するために今後導入される第三者評価制度の概要が明らかになった。そのような中で私立大学にあっては「私学の特性を考慮した大学評価の在り方」の検討が急務であり、私学高等教育研究所でもかねてより係る課題に取り組んできた。
 研究会の冒頭で喜多村和之同研究所主幹は、オランダのシステムについて「アメリカのアクレディテーションシステムをオランダの風土に合わせ、しかもその中で大学自身による自律的な評価システムの確立に成功した」と評価しておられた。いかにしてそのようなシステムが実現されたのか。日本の私立大学に見合った質の保証システム構築に当たってオランダの事例から得られる示唆は何か、研究会の議論をもとに考えてみたい。
〈大学がシステムの「オーナー」〉
 オランダのシステムの特徴として氏が第一に掲げたのは、システムを大学自身が「所有している」('owned' by the universities)という点である。
 オランダの大学は14校と数が少なく、その全てが政府によって財政が裏付けられた公的大学であり、高等教育システムは政府による厳格な規制と統制によって運営されていた。そのような政策が転換される契機になったのが、一九八五年に政府から出された『自律性と質』と呼ばれる政策文書である。同書では高等教育機関の自律性の拡大が質の改善に結びつくとする考え方に立つ一方で、内部評価を大学の責任、外部評価を政府、すなわち高等教育担当の視学官(Inspectrate)の任務であると当初は位置付けていた。
 「質」と質の保証は大学自身の責任で行うべきであるとの見解の下で、大学協会が政府と交渉した結果、外部評価を含めた質の保証システムは大学協会の責任で運営されることとなった。大学協会はオランダの全大学が加盟する自発的な組織である。評価に要する費用は各大学が支弁し、評価の方法も専門分野ごとのピア・レビューが主体となる。こうして政府は評価のプロセスに直接関与することなく、視学官は大学協会によるシステム自体を評価する「メタ評価」の役割を担うこととなったのである。
〈第一の目的は質の向上〉
 このように大学自身が質の保証システムの「オーナー」であるべきとする考え方は、氏が述べるシステムの目的そのものにも端的に現れていた。講演会の中でシステムの目的について「質の向上が第一であり、併せてアカウンタビリティもその目的となる」と述べていた。あらゆる目的をともに満たすことをめざすシステムは有効に機能し得ないであろうし、また両者のどちらを重視するかによっても評価の方法・視点はおそらく異なってくるに違いない。
 氏はその著書の中で、ミンツバーグ(Minzberg,H)を引用し、大学のような専門職的官僚制の組織では、教育プログラム改善に当たって、行政官や視学官による統制ではなく、専門家によるピア・レビューが必要であると述べている(26―27頁)。大学協会自身によるシステムの運営は、大学の質の向上のために同僚(ピア)がそれを支援する機能を果たすものであるが、同時にそのシステムは、大学組織の特性に見合って有効に機能しうる仕組みとなっていたのである。
〈プログラムの横断的評価〉
 オランダの外部評価におけるピア・レビューは、一つの評価委員会が全ての大学の教育プログラムの評価を行う(例えば経済学であれば、一つの委員会で全ての大学の経済学のプログラムの評価を行う)形式で実施されている。
 このように評価の中心がプログラム評価にあるからといって、機関評価の重要性が否定されているわけではない。氏はその著作の中でも、機関評価とプログラム評価は「その両方が必要」であり(四二頁)、また「オランダにおいては機関監査は個別大学の責任であると見なされている」と述べている(128頁)。
 大学協会がプログラムレベルの評価を実施し、機関レベルの評価を行っていない理由としては、オランダの高等教育システムが政府により厳格に規制されていた点が挙げられる。氏はその理由として、大学が大臣によって認可された組織であることから、大学自身がアクレディットされない状況を想定する必要がなかった点を挙げていた。
 以上のようなシステムは冒頭で喜多村主幹が述べておられたように、オランダの高等教育システムの特性、すなわち中央集権制とシステム自体の規模の小ささを踏まえた、独自のシステムであると評価することができるだろう。また規模が小さいが故に可能となる全大学のプログラムの横断的評価は、他大学との比較に立った専門分野内における位置付けを、より客観的に評価することをも可能にするだろう。
〈「質」の定義は不可能〉
 しかしながら専門分野ごとの横断的評価は、「質」のランキングを意図するものではない。氏が質疑応答の中で強調して印象的だったのは、「質」とは何かを定義することはできないし、その科学的な証明も難しいという点である。大臣、教員、学生など関係者が意味する「質」はその立場によって互いに異なるものとなるからだ。氏はその著作の中で「質」の定義が不可能であることから、「質」のいくつかの側面を描写することによってのみ「質」についての理解が得られるとしている(78頁)。このような理解に立つ「質」の内実を得点化してランキングにすることに意味があるとは思えないのである。
 以上のようなシステムが発展した背景として、消費者としての学生の存在やボローニャ宣言のような国際的な動向等が重要であるが、これらについては別の機会に譲りたい。
 オランダにおける大学の質の保証システムは、オランダの高等教育システムの特性を生かすと同時に大学の持つ固有の組織特性にも見合うものであった。我が国においても、日本の私立大学の特性を生かしたシステムを構築するためには、私立大学自身がシステムの運営に責任を持つ「オーナー」となり、各大学の質の向上を共に支援する独自の仕組みの構築が目指されるべきであろう。そのために日本私立大学協会の果たす今後の役割は大きい。
 氏は講演の中で「同じ失敗を繰り返さないためにも、後からの制度の導入は有利である」との表現で我々の取り組みにエールを送っておられた。他国のシステムをそのまま応用することはできないがその歩みから学ぶものは大きい。その手がかりを与えてくれた氏の講演に大いに感謝し、締めくくりとしたい。
 (参考文献)A.I.フローインスティン著、米澤彰純・福留東土訳『大学評価ハンドブック』 玉川大学出版部、2002年。