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アルカディア学報

No.84

変革への道程―オンライン教育と大学(下)

カーネギー財団 上級研究員・同知識メディア研究所ディレクター  飯吉 透

 前回は、「日本の大学が、制度や人材などの点において、オンライン教育を提供できる態勢を整えていない」という問題を扱ったが、今回は、米国の代表的な大学評価システムであるアクレディテーション(基準認定)の観点から、「オンライン教育の評価」について取り上げる。
 アクレディテーションとは、高等教育機関の質を外部から評価する制度だ。有料のメンバー制によって複数の大学が共同で設立した非営利の第三者評価機関(アクレディティング機関、又はアクレディターと呼ばれる)が、それぞれの大学や課程の定期的な評価を多尺度的に行う。
 昨年は、全米の80のアクレディティング機関が、6350の高等教育機関と1万7500の課程を基準認定した。アクレディテーションは、各大学の教育の質的改善に向けた恒常的な努力を促すシステムだが、米国政府はこれを、各大学の学生に政府から給付される経済的補助(奨学金や学生ローン)や大学への他の助成金の受領資格の有無を判定するための基準としても用いており、その点からも、大学はアクレディテーションに真摯な対応を迫られることになる。
 米国の高等教育におけるアクレディテーション制度は、19世紀後半に始まったが、このアクレディテーション制度が「遠隔教育」を評価対象として扱い始めたのは、100年以上も前だという。その当時から数十年間、遠隔教育は専ら「郵便による通信教育や放送教育」が中心であったが、最新の遠隔教育は、マルチメディアやネットワーク・テクノロジーの急速な進歩に伴って、その姿形を大きく変えつつある。
 米国教育省による「遠隔教育」の最新の定義は、「音声、映像(中継または録画)やコンピュータ技術を利用した、遠隔地で受講可能な教授・学習形態で、同期的(synchronous)・非同期的(asynchronous)な教授法を含む」というものだ。この定義は、実に包括的で幅広い解釈が可能だ。これは、電話・ビデオ会議システム、コンピュータ教材、インターネットベースのラーニング・マネージメント・システム、ビデオテープや光ディスク、衛星を利用した放送や双方向通信システムなど、様々な教育メディアを組み合わせて利用することにより、既存の形式にとらわれない新たな教授・学習の方法や環境が提供できるようになったということを意味している。このような新たな遠隔教育が、教育システムの新たな可能性を切り開きつつあることは、疑う余地がない。しかしその一方で、主として伝統的な教育機関や教育システムを対象として確立されてきたアクレディテーション制度が、このように多様な教育メディアを複合利用し、多様なモードで提供される「新世代の遠隔教育」の質を、どのように評価し基準認定を行うべきか、という重大な問題を避けて通ることはできない。
 高等教育アクレディテーション協議会(CHEA:Council for Higher Education Accreditation)は、17の主要アクレディテーション機関(地方8、国立9)によって基準認定された五六五五の高等教育機関を対象にした調査結果に基づく報告書「アクレディテーションと遠隔学習の質の保証」を、今年5月に発表した。同報告書によれば、この5655の高等教育機関の中で、約3分の1に当たる1979の機関が、遠隔学習による履修課程または講義(学位取得に関連しているものも含む)を提供しているという。米国の高等教育界において、新しいテクノロジーを利用した遠隔教育が急速に普及していることを考えれば、これに対応したアクレディテーションの枠組みを整備することは急務である。
 前出の調査レポートによれば、遠隔教育を提供している教育機関を審査している一七のアクレディティング機関は、既存の基準やガイドラインを、遠隔教育の評価に用いる一方、遠隔教育固有の特徴を適切に評価するために、必要に応じて、基準やガイドラインの修正や拡張を行おうとしている、という。
 遠隔教育の質を適切に評価するために、アクレディテーションが直面している主たる課題として、報告書は、「新たな教授設計への対応」「新たな高等教育のプロバイダー(提供者)への対応」「訓練教育に対する評価の拡張」を挙げている。まず、「新たな教授設計への対応」については、遠隔教育によって提供される新たな教授・学習の方法や環境の質的評価を行う際、各アクレディティング機関が、既存の主たる七つの評価ポイントである「教育機関としてのミッション」「機関としての組織構造」「機関の経済的リソース」「履修課程と教授設計」「教員のサポート」「学生のサポート」「学生の学習成果」の中で、特に「履修課程と教授設計」「教員に対するサポート」「学生に対するサポート」「学生の学習成果」の四点を重視すべきだ、と提言されている。
 また、「新たな高等教育のプロバイダーへの対応」については、新たに高等教育に参入してきた「テクノロジーを利用した遠隔教育のプロバイダー」に対し、従来の大学や課程に対して行ってきた評価と同等の妥当性を維持するために、アクレディティング機関は、前出の7つの評価ポイントをどのように遠隔教育に適合させるべきか、という問題が指摘されている。「教育機関としてのミッションに、遠隔教育が適合するか」「大学が高品質の遠隔教育を提供するために、適切に組織化されているか」「高品質の遠隔教育を提供するために、適切な経済的投資を行っているか」「高品質の遠隔教育を提供するために、適切な履修課程と教授設計を備えているか」「教員は、遠隔教育を提供するための知識や技能を備えているか。また、教員のサポートのための適切なリソース、設備、機材などが整備されているか」「学生は、遠隔学習に必要なカウンセリング、アドバイス、機材、設備や教材を利用できるか」「大学は、学生の学業成績に基づいて、遠隔学習の質を経常的に評価しているか」など、既存の評価基準に準じつつ、新たな遠隔教育システムをどのように評価すべきか、が明示されている。さらに、物理的なキャンパスを持っていないバーチャル大学に対し、図書館や他の一般的な大学のサービスへの学生のアクセスが保証されているか、またオンライン上で「教授・学習コミュニティー」をどのように形成しようとしているかなど、最新の遠隔教育システムに固有の特徴を踏まえた新たな評価基準の導入の必要性も指摘されている。
 このように、オンライン・テクノロジーを主体とする新しい遠隔教育システムが急速に普及しつつある中で、米国の伝統的な大学評価もまた、変革を余儀なくされている。さらに、この変革の波は、教育行政や立法にも及ぶ勢いだ。米国には、「学期制に縛られない履修課程の場合、最低でも週12時間は、講義を受けなければならない」「50%以上の学生が遠隔学習を行っている高等教育機関には、政府から学生に対する学費補助が出せない」という、通称「12時間ルール」「50%ルール」と呼ばれる米国教育省による規制が存在する。しかし、新たな遠隔教育システムの台頭やそれに伴うアクレディテーションの評価基準の見直しの動きに機敏に反応し、米国教育省は近く「12時間ルール」の改正を予定しており、連邦議会でも両ルールの改正が前向きに検討されている。
 最後に、「学生の学習成果」という、既存の高等教育機関に対して、これまでアクレディテーション制度の中でさほど重要視されていなかった基準が、遠隔教育の質の評価においてクローズアップされつつある、という事実の奇怪さを指摘しておきたい。前回の「テクノロジー・プッシュ」「デマンド・プル」の話とも重なるが、「学生の学習成果を測る」という、教育機関の質を評価する上で最も本質的であるべき基準が、オンライン・テクノロジーを中心とする「新たな遠隔教育」の台頭によって注目を集めているというのは、実に皮肉なことである。
〈おわり〉