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アルカディア学報

No.807

韓国の私立大学と「2035年問題」

金相奎(学校法人泰齊學園 法人本部長)

 少子化やデジタル化、AIの急激な進化などによって社会のあり方が変化し続けている。学齢人口が急傾斜面を滑り降りるように減少する韓国において、私立大学のゆくえに危機が迫ったことはもう過去の話である。今年は私立大学の将来に大きな影響を及ぼす2つの出来事があった。1つは「私立大学の構造改善支援に関する法律」が成立したことであり、もう1つは大統領選挙公約の「ソウル大学10個作り」が政府の国政課題に含まれたことである。本稿では、韓国における18歳人口が2035年を境に5年間で13万人が急減する確かな事実を「2035年問題」と捉えて、高等教育制度・政策や財政、私立大学ガバナンスについて議論したい。

韓国の高等教育と私立大学

 1949年に「教育法」が制定された以降、韓国の高等教育は定員規制の強化と緩和を繰り返しながら発展してきた。1995年に行われた「世界化・情報化時代を主導する新教育体制樹立のための教育改革方案」(5・31教育改革案)と2021年の大学授業料半額政策などによって、高等教育のユニバーサル化と大学全入社会に入った。「5・31教育改革案」は大学定員規制から大学設立を準則主義へ転換する定員拡大政策で、教育改革案から10年間で高等教育進学率が30%弱急増し、大学は39校、大学生数62万人が増加した。この改革案は、幼稚園から高等教育までの学校教育段階、しかも生涯教育も含む教育政策の方向性を付けたことで今も影響力が消えないが、人口置換水準を大きく下回る時期に行われた不具合な政策で、10年もたたないうちに大学定員減縮が議論されることになった。
 韓国は諸外国に比べて私立大学の割合が最も高い「私立多数型」である。私立大学は高等教育機関の76.9%(2024年、学生数基準)を占め、全国的な高等教育の実施、地域の個性と特性を生かした高等教育の提供など教育、研究、地域貢献の面で国あるいは国立大学が果たすべき役割を遂げた。それゆえに私立大学は国立大学と同じ学部、同じ専門のように固定的に類型化され、専門化・多様化されなかったことも否定できない。けれども、これが私立多数型国家の特徴であるとはいえ、私立大学の専門化・多様化にイニシアティブを発揮しなかった学校法人ガバナンスの衰弱自体は内省すべきことであろう。

韓国高等教育の制度的特徴

 韓国における高等教育の特徴を3点に総括したい。
①制度・政策
 韓国では、高等教育制度や政策について政治のかじ取りが強く、政治変動によって大きく揺れる。日本の「私立学校法」をモデルにして成立した1963年の「私立学校法」は、私学政策ガバナンスや振興に関する制度を導入せず、規制や罰則を強化する内容であった。政府も「私立学校法」が基本規制法であることを明らかにした。「私立学校法」の制定以降、80回も改正が行われるなど、頻繁に制度の改正があった。1996年第15代国会から2024年第21代国会までに私立学校法を改正する法律案が324回提出され、60回の改正が行われた。改正案の93%が議員提出案で、私学に批判的な政党によるガバナンスの組織や活動を制限する内容が多数であった。しかし、その裏には私学の不祥事などを防止する意図もあったことを忘れてはならない。今年8月には学齢人口の減少を受け止めた上で「私立大学の構造改善支援に関する法律」が成立した。この法律では、学校法人の清算手続きが終了した後に清算基金に帰属される金額の15%と設立者基本金の中で小さいものを解散整理金として支給できるという定めがあるとはいえ、私立大学の学生募集停止や廃校、学校法人の解散を命じることができるため、今後、私立大学の構造改革を強いる政治のかじ取りはますます強くなるだろう。
②高等教育財政
 韓国は高等教育にGDPの1.4%(2022年)を支出し、OECD国家と同じ割合の支出である。ここで問題なのは、政府よりも民間の負担が大きいが、これは日本のような私立大学経常費補助制度がないことも一助となっている。2025年に韓国の高等教育財政規模は15兆ウォンを超えるが、財政の3分の2以上が国立大学の経営支援および国家奨学金支援に配分されている。残りの3分の1には2025年から全国で実施される「地域革新中心大学支援体系(RISE)」の予算2兆ウォンが含まれるが、RISE予算でグローカル大学30の予算を賄うことになっている。したがって、高等教育財政が一部大学へ偏重される可能性が高く、大学規模や資源による格差は広がる可能性が大きい。さらに韓国では2010年から大学授業料引き上げ規制が導入され、直前3年間の平均消費者物価上昇率の1.2倍を引上げた場合に行政的・財政的にペナルティーが課されるため、授業料依存度が高い韓国の私立大学は、学生募集の結果によって将来の明暗が分けることになるだろう。
③学校法人ガバナンス
 韓国では、日本の「大学設置・学校法人審議会」のように高等教育政策の立案など政策形成に学校法人の関係者が参画する制度がなく、学校法人の自主権について事前規制が強い。「私立学校法」では、学校法人の重要事項を審議する委員会として「私学紛争調整委員会」があるが、学校法人の役員など関係者が委員になることはできない。以前にも私学関係の委員会が設置されたが、学校法人の関係者は除外され、大多数は法曹界で構成される懲罰的な目的を持っていた。学校法人理事会の構造は、親族の選任制限、教育経験者・外部理事の選任割合が「私立学校法」で法定されるなど細部にわたって規制されており、理事会や役員の正統性については選出の手続きが正当であるか否かという形式的要件を重視している。また、役員は設置する学校の学事行政への関与が禁止されるなど、理事会や監事の活動を形骸化させることで理事会のモニタリング機能を弱化させる一方、立法規制に上乗せる行政規制も増えていく。

国立大学優先政策の行方

 韓国の大学進学率は2008年に83.8%で過去最高を更新してから減少傾向に転じた。大学入学定員は2012年に頂点を達してから減り始めたが、私立大学入学定員は11.8%減少した一方、国立大学は5.1%の減少にとどまった。私立大学は国立大学とほぼ同じ学科や学問に構成されることによって国民に高等教育機会を提供してきたが、国立大学より授業料は1.9倍高く、政府財政支援額は0.6倍にとどまり、しかも財政事業を受ける機会も少ない。それゆえ学生は財政的にインセンティブが多い国立大学を志向する傾向が強い。それなのに、今年大統領選挙で教育分野の目玉公約であった「ソウル大学10個作り」が国政課題になった。これは、地方の国立大学9校に公的財政支援を大幅に増やしてソウル大学の水準まで発展させることを目指す。若者の首都圏への偏重が深刻化する韓国における高等教育の地域均衡発展を実現するためにやむを得ない課題であろうが、限定的な高等教育財政が国立大学へ優先的に配分されるという議論も少なくない。
 これまでに私立大学は少子化が進行し続けるなかでも、進学率や就学期間の増加、女性進学率の向上、留学生受け入れの拡大、大学院生の増加などが経営を支えてきた基盤であり、これらには留学生政策や半額登録金政策など政府政策の影響が大きかった。しかし、2020年から2040年の間に18歳人口は58.3%減少し、しかも2035年以降の5年間で13万人が急減する「2035年問題」に直面するという予兆ではなく確実な未来に「ソウル大学10個作り」は、国立優先政策に止まらず「私立大学の構造改善支援に関する法律」との相乗作用で、私立大学に否定的なラベルを付ける可能性も予想できる。

今後の展望と課題

 私立大学は財政収入で学生授業料が52%を超え、事業収入や寄付金など外部財源が少ない構造である。これまでに私立大学の経営を支えてきた大学進学率や就学期間も横ばいであり、外国人留学生や大学院生の受け入れも停滞する可能性があるため、私立大学を専門化・多様化して国立大学と差別化する戦略や、私立大学として強みを強化する方法などを創意工夫しなければ明るい未来は保証できない。
 韓国全体の人口が減少し、生産年齢人口の割合が2025年69%から2050年52%に、わずか25年間で32%が減少する。これを受け止めれば、社会を支え、国民の生活を豊かにするイノベーションの源泉で地域の知の拠点としての役割が期待される大学への振興政策は欠かせないが、これにも大学教育の厳格さや社会全般に対する好影響など高等教育の役割という前提条件が付けられる。
 また、学校法人がサステナビリティに取り組むためには、「管理主義」から「経営主義」へ転換する制度づくりが重要で、学校法人も公共性を持つ教育事業を営む主体として教育的・社会的な意思決定ができるように共同体的な閉鎖性から脱却すべきである。最終的な意思決定機関として理事会が、設置する大学を専門化・多様化して国立大学と差別化する戦略や私立大学として強みを強化する方法を創意工夫するなど、イニシアティブが十分に発揮できる制度づくりは重要な課題である。
 さらに、高等教育とは何かを再定義し、国立大学と私立大学の使命や役割を明確に検討したうえで、私立大学振興政策を設計する必要がある。青年層の80%近くが大学に進学する大学全入社会における公財政支援のあり方を検討すべきである。