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アルカディア学報

No.794

アメリカ大学スポーツの光と影
NCAAの現状と課題 (下)

谷岡辰郎(学校法人谷岡学園法人本部長・秘書室長)

④ギャンブル(スポーツ・ベッティング)の問題

 アメリカでは長い間ネバダ州でのみスポーツ・ベッティングが認可されていた。これは1993年に施行されたPASPA法(Professional and Amateur Sports Protection Act of 1992)と呼ばれる法律によって、法律が制定された時点でスポーツ・ベッティングが合法化されていたネバダ州とスポーツくじが合法化されていたオレゴン州、デラウェア州、モンタナ州を除く全ての州とワシントン特別行政区における、あらゆる形態のスポーツくじを含むスポーツ・ベッティングが禁止されたからであった。
 しかし2018年に連邦最高裁でPASPA法については違憲判決が確定して廃止されただけではなく、ニュージャージー州をはじめとして全米の20州以上でスポーツ・ベッティングが合法化され、他の多くの州でも合法化の手続きが現在進行形で進んでいる。
 昨年起きたドジャースの大谷翔平選手の元通訳だった水原一平による違法スポーツ・ベッティングに関わる横領事件は日本だけではなく全米で報道されて話題になったが、同じことが大学スポーツでも大きなリスクとして問題視されている。選手自身がスポーツ・ベッティングを行うことはNCAAによって禁止されているが、問題となるのが家族、友人、ルームメイト、ガール/ボーイフレンドなどの関係者である。
 アメリカでは選手についてのインサイダー情報をもとにスポーツ・ベッティングを行ったとして大学関係者や学生が検挙される事例が起こっており、大学は学生選手に対して関係者のスポーツ・ベッティング対策の研修を行うなど神経をとがらせている。
 アメリカの大学スポーツはNCAAが全ての大学スポーツ種目を管轄しており、このNCAAに加盟しないと他校との公式戦が出来ないばかりか、高校生のスカウト活動や奨学生の獲得にも支障が出る。日本ではスポーツ奨学生への特典の内容は各大学の裁量に任されているが、アメリカではNCAAがルールや金額、制度も含めて一元管理している。NCAA加盟大学は1000校を超えているが、特にディビジョンⅠと呼ばれる1部リーグに所属するハードルは相当高く、日本の大学で加盟できる大学は皆無といっていいと考えられる。日本においてこれまでに述べたアメリカで起きているような深刻な問題が今後起きる可能性は余り高くないとは考えられるし、そもそもNCAAのような全国組織が日本で形成されることすら極めて困難だと思われる。その理由として特に大きいと考えられる3点が日本における大学スポーツ各競技における独自組織の乱立、大学における成績管理、そして加盟大学に対するペナルティの執行権限であろう。
 最初の各競技における連盟の乱立による閉鎖的な運営はおそらく最も大きな阻害要素として挙げられる。
 例えば陸上競技では駅伝が花形であり、中でも箱根駅伝が特に有名であるが、これは関東学連が主催するものであり、加盟していない他の地域の大学は事実上締め出されているのが現状である。このような閉鎖的な「地域限定大会」が全国放送で生中継されることに違和感を覚えるのは筆者だけかもしれないが、このような閉鎖的な体質は陸上に限らずどのスポーツ種目でも見られるのが日本の現状である。
 2点目の大学における成績管理であるが、NCAAでは加盟大学のスポーツ奨学生の受給要件や資格に対して厳格なルールを定めており、通常は累積GPAの下限や次の学年に進級するための最低修得単位数などが定められている。この基準を下回る成績不振の学生は奨学金が即座に打ち切られるどころか、選手として公式戦に出る事すら危ぶまれる事態になる。学生の本分は勉学であり、スポーツは付随するものであるという考えは日本の大学でも当然あるが、ここまで厳格に運用することは不可能であろうし、実際そんなことをしたらどの種目でも強い選手が大幅に減るであろう。
 筆者は日本においては高等教育である大学よりもむしろ中等教育である高校の部活動、特に全国大会の知名度が高い野球、サッカー、ラグビー等の選手に対して最低でも義務教育の範囲内、すなわち中学校卒業程度の全国統一学力試験を課すべきだと考えている。この試験で合格点(例えば60%)に達しない選手は公式戦出場を禁止することが高校の部活動としてあるべき健全な姿だと思われるし、都市部から地方校へのスポーツ留学などという意味不明な行動も減るであろう。
 話が少し逸れたが、アメリカの大半の大学スポーツ選手は成績を維持する為に日本とは比べ物にならないほど必死で勉強している(私も留学時代にスポーツ学生の数学や理科の課題をSAとして指導したことがある)のが実情であり、この点については大いに見習うべきであろう。
 3点目の加盟大学に対するペナルティの執行権限というのは初耳である方が多いと思われる。前述のようにNCAAは高校生のスカウティング、奨学生の基準、成績の管理などの厳格なルールを数多く定めて加盟大学にその遵守を義務付けている。
 しかし、加盟大学がもしそのルールに違反した場合はどうなるのか?というのが素朴な疑問であろう。一番簡潔な答えとしては「ペナルティを課す」というものである。NCAAは加盟大学に対して軽重様々なペナルティを課す権限を有しており、一番多いのが高校生のスカウティングにおける違反行為(金品の提供や栄養費の支給等の便宜供与)に対するペナルティである。たいていの場合はスカウティング行為の禁止(1か月~1年程度)や翌年の奨学生数や奨学金総額の削減などのペナルティが課される。一方でかなり重い処分が下るのは不正行為や犯罪に関する案件である。
 筆者が知っている一番有名な不正行為案件としては2010年のUNCのアメフト選手に対する成績の改ざん及び不正科目履修がある。UNCではアメフト一筋で全く勉強していなかった学生達が単位を落とすことが頻発しており、担当教員に対して成績を改ざんするように脅していたこと、並びに単位を「稼ぐ」為に夏季休暇中に「集中授業による授業を受講していた」ことになっていたが、実際はほぼ授業が開講されず、授業課題もスポーツの教員が代行していたことが内部告発で明るみとなった。この時は「全競技種目における」15人分の奨学金枠の没収と2012年のポストシーズン参加禁止、アメフト監督の3年間出場停止処分などの極めて厳しいペナルティがNCAAから課せられた他、認証評価機関からUNCに対して「不適合」の処分を科せられる寸前にまで陥った(副学長や担当教員の解雇などで何とか処分は免れた)。
 翻って考えると日本の大学スポーツでここまで厳格に管理してペナルティを課すことが果たして可能であろうか。
 例えば最近起こった日本大学のアメフト部の一連の不祥事においては、アメフトのリーグの除名処分と補助金カットのペナルティを受けたことは知られているが、日大の他のスポーツ競技の奨学金やスカウティングには何ら影響がなかった部分が全く異なる点である。
 日本では「日本版NCAA」と銘打った「UNIVAS」という組織が誕生したが、未だに加盟大学も少なく、NCAAのような強い権限もない現状では組織として拡大することは難しい。
 UNIVASを真の意味で日本版NCAAという組織に育てるのであれば、文部科学省やスポーツ庁が率先して何らかの権限を付与するべきであろうし、各種競技団体をまとめることも検討すべきであろう。これが日本の大学スポーツの振興にもつながる方策ではないかと思料するところである。