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アルカディア学報

No.789

英国における高等教育を巡る設置認可
と認証評価、規制緩和、市場化の動向

研究員 山田礼子(同志社大学社会学研究科・学部教授、高等教育・学生研究センター長)

 英国(Englandを中心に扱う)では、高等教育政策の転換点となり、その後の高等教育に大きな影響を及ぼした複数の答申あるいは法律改正がある。1990年代から2010年代前半までの主な動きとして、1992年には、高等教育の一元化により従来別の高等教育機関とされていたポリテクニクが大学に昇格し、教育評価が始動したこと、1997年にはデアリング報告が発表され、日本の認証評価に相当するQAA(高等教育質保証機構)の設立により教育評価がQAAに委託された。1998年には、当時のブレア政権において、授業料徴収が開始となった。2004年からは現在も継続している全国学生調査(NSS)が開始された。2006年には授業料が3倍に引き上げられた一方、所得連動型奨学金制度の導入が始まった。2014年にはResearch Excellence Framework(REF)始動した。2016年にはTEF(Teaching Excellence Framework)が始動した。こうした背景をベースに2017年に高等教育・研究法(Higher Education and Research Act)が成立し、2018年にはOfS(Office for Students)が設置された。現在の英国の高等教育を巡る環境の特徴は市場化、規制緩和に収斂される。具体的には、私立大学の設置、外国資本との連携が活発化していること、留学生の積極的な確保など、「稼げる大学」を目指す姿に象徴されている。
 では英国における質保証を巡る評価や設置認可は上記の環境下で変化がみられるのだろうか。OfSが設置されて以降、英国における新たな質保証の仕組みは、リスクベースアプローチと呼ばれる負担軽減へと舵を切った。QAAが行ってきた評価は、現在では政府の機関でもあるOfSが担う部分が多い。QAAがプロセスを重視するのに対し、OfSはエビデンスや成果指標を根本としたベースラインアプローチを基本方針とする点に差異がある。
 2017年の高等教育・研究法に基づき、英国では2018年4月から高等教育機関登録制度が開始した。高等教育機関が政府の公的資金を受領する場合や学生ローンを学生が受給するためには、登録されることが必要とされ、学位授与権の授与を希望する場合、OfSへの登録が義務付けられている。高等教育の提供歴が3年に満たない機関は「New DAPs (Degree Awarding Powers)」とされ、OfSによる定期的なモニタリングが必須とされ、高等教育の提供歴が3年以上の場合、再度審査を受け、承認されれば「Full DAPs」に昇格する。さらに3年間の期限付きの権限が付与され、当該期間満了時に再度審査の上、承認されると無期限の学位授与権が付与される。こ高当教育機関にとって、学位授与権を持てるか、持てないかが最も重要な意味を持っていることがよくわかる。
 登録によるベネフィットは大きく3つに分類できる。第1は、全ての登録済み高等教育機関は学生ローン会社を通じて学生ローンを利用できる学生募集が可となる。高等教育機関の分類に応じて異なる限度額が設定されている法定限度額の授業料を徴収できる。OfSからの補助金または経常費としての教育費のサポートを受ける資格を持つ。そして、Research Englandを通じて特定の研究プロジェクト補助金を申請できるというファンディング関連である。第2は、留学生募集を可能とする免許を申請し、実際の募集ができるようになることである。第3は、各高等教育機関のカテゴリに応じた学位を授与する権利を獲得し、「大学」という名称使用の申請も可能となるというベネフィットである。政府主導による厳格な登録制度と評価が一体化したなかで、学位授与権を獲得するには、教育プログラムの質や標準、財政計画、ガバナンス構造が重点的に評価されるなど、日本の外形的な設置認可とはかなり差異がある。設置認可、評価を含む英国の質保証制度は、政府主導による学生調査(NSS)を活用し、一律的な指標を用いて評価され、密接に登録制度にも関係している。
 一方、規制緩和や市場化、さらには移民政策、産業政策と留学生政策との関連付けにより、「稼げる大学」への寄与も見られる。そこで、「稼げる大学」への方向を具体的に見ていこう。
 2023年にTEFで金と評価されたオックスフォード大学は、博士課程と接続しない学費節約によるコストパフォーマンス高という1年制修士プログラムを設置し、より多くの留学生や自国の学生を獲得している。こうした課程は、オックスフォード大学の経営戦略を象徴している。規制緩和により外国資本と連携してプログラムを構築する大学も散見される。例えば、リッチモンド・アメリカ大学は、中国に約13の私立大学を設立した中国教育グループ(民間資本)との提携により財政的安定を目指しながら、これらの大学の学位プログラムを認証し、中国で4年間学び、英国で1年間学ぶ学生にデュアル(UK-US)学位(英国学位と中部州高等教育委員会が認証する米国学位)を提供している。これらの例は規制緩和と市場化のもとで、大学の経営戦略の選択の結果ともいえよう。
 経営戦略の一環として、留学生を獲得することも多くの大学にとって重要な要素である。留学生比率はおおよそどこの大学も30%前後ではないかと思われるが、英国では、研究や産業の特徴として、人文・社会系・ピュアサイエンスが強いということが歴史的、そして高等教育機関のプログラム構成からもうかがえる。一方、歴史的、伝統的にものづくりを重視してこなかったということで、エンジニアリング分野が決して強くないという特徴がある。応用的な要素から生まれるイノベーション力の弱点ともいえる。STEMに関する報告書『House of Lords』においても、そのことは意識されており、高校から大学への進学テストであるAレベルでの数学を必須とするべきこと、そして移民政策と関連して留学生がSTEM分野に貢献をしていることもあり、移民政策の緩和と留学生との連携を強く提言として記述している。
 2030年までの60万人留学生確保の目標は達成可能とされ、留学生は2021年に開始された大学卒業後、数年間の英国での就業を可能にするGraduate Routeというビザを取得し、英国内での職業に就くことも可能になるなど、他国と比較しても留学生にとって配慮された保守党政権下でのビザは移民政策の一環としても位置づいていた.しかし、2024年の労働党政権の誕生により、現時点では留学生や移民政策の動向がどうなるかは明確ではない。しかし、留学生が卒業後にいかに地域社会に統合されていくかの難しさは多くの高等教育機関が指摘している。労働市場において自国民優先という考え方は英国でも無縁ではない。それゆえ、英国内での国内学生が労働市場につながりやすいプログラムと国際学生のニーズに応えるプログラム提供という両方の重要性を両立することは容易ではないというジレンマを乗り越えていくことも新たな課題である。
 英国では、規制緩和と市場化により、授業料の値上げや積極的な留学生獲得が進展している。一方、授業料を徴収することの意味として、高等教育の質保証が政府主導で厳格になされていることも近年の特徴といえよう。政府主導の特徴として、QAAの役割を交代したOfSにみられるように政府機関の改変や廃止、新設なども頻繁に行われていることも日本との大きな差異として忘れてはならない。