アルカディア学報
内部統制の導入を契機に学校法人
の運営の高度化を目指すために
私立学校法改正により、学校法人に内部統制システムの整備が制度化された。令和7年4月までに内部統制に関する基本方針を理事会で決定することが求められる。
今回の私立学校法改正により寄附行為の改正がガバナンス中心に実施されたが、これは理事会などでの議論が重要であった。一方で、内部統制の整備は法人内の仕組みが重要なため、教職員の理解なくしては進まない。
筆者は約20年前に私立大学社会的責任研究会(USR研究会)の事務局を務め、内部統制についても研究を行った。20年前の研究では、リスクマネジメントやコンプライアンスという具体的なテーマでは議論が活発に行われたが、包括する考え方である内部統制については、自治を重んじる学校法人には考え方が合わないという意見が多かった。
今回、私学法改正により内部統制が義務化されたが、あまり状況は変わっていないと思われる。ただ義務化されても多くの法人で形式的な整備に留まる恐れがあり、内部統制の本質を適切に理解する必要がある。
1. 内部統制の本質
内部統制のあるべき仕組みを理事会等でいくら議論しても実効的なものにはならず、現場の教職員に理解してもらい実行してもらうことが重要である。各大学でDX(デジタルトランスフォーメーション)による業務の見直しが進んでいるが、現場の教職員にとっても「必要なこと」として理解が得られているだろう。一方、内部統制の義務化は、恐らく文部科学省により制度化されたと説明したとしても、現場の教職員には必要性が感じられないだろう。公的研究費の仕組みのように、ガイドライン通りに対応しないと科研費がもらえないという強制力があるわけではないからである。
内部統制の本質は、すでにある法人内のPDCAの仕組みを実効性あるものにするための再検証を行うことである。歴史のある法人ほど従来からの慣習や風土が変えるのが難しいことや、監督官庁から様々な要請ごとに様々な委員会など仕組みを作ってきたなど、PDCAの仕組みはあるもののそれが法人全体の仕組みが効率的なものとなっているのかは、疑問な点もある。例えば、マネジメントの仕組みとして学校法人では従来から予算統制の仕組みがあるが、認証評価やIR、内部監査、中長期計画の義務化などが次々に導入された結果、法人のマネジメントが予算統制・認証評価・中期計画に分かれ別々の仕組みとしてPDCAを回すことになっている法人を多く見てきた。このようにバラバラでマネジメントされている仕組みを、この機会に別々のPDCAを一体的に運用し、例えば中期計画の項目と予算を紐づけすることなどを検討されたい。
またコンプライアンスの取り組みも同じで、大学で不祥事などが起こるたびに監督官庁から要請があり、規程や委員会を構築してきた。典型的な例として「公的研究費の管理・監査のガイドライン」により各大学は実質的に内部統制の仕組みを構築してきている。ある大学でこのガイドラインへの対応のため「コンプライアンス委員会」を立ち上げたが、公的研究費のみを扱っていた。コンプライアンスは当然公的研究費の問題だけではないわけで、委員会の名称の割に扱っているテーマが狭い。その後も様々な要請のもとに規程や委員会を立ち上げそれぞれがPDCAを回す形になっており、今回、内部統制が制度化されるに伴い、規程や委員会を統合し、効率的なPDCAを考えるべきである。もちろん当該法人にとって重要なテーマであれば統合する必要はないが、個々の委員会ごとに情報発信や研修を要請することで、教職員の現場は情報過多になり、結果として業務負荷になっている。現場の教職員の負荷軽減のためにも、法人内での全体最適なコンプライアンス態勢を考えることが必要である。
2.内部統制の義務化にどう対応するか
文部科学省の示したスケジュールでは、令和7年3月までに「内部統制の基本方針」を理事会で策定すると示されている。
しかし多くの法人で寄附行為の改正で手一杯で、内部統制に関する議論が法人内で十分に行われていない状況にある。文部科学省の通知でも令和7年4月以降に「随時実施」となっているが、具体的なPDCAを動かしていく中で、同通知にある「(6)体制と運営に齟齬がないかの確認と、それを踏まえた改善」のプロセスが最も重要である。法人内のPDCAの見直しには時間が当然かかり、規程の改正・委員会などの体制の見直しなども必要となってくる。現時点でできることは、「(2)内部統制システムの課題認識」をしっかり法人内で議論をしておくことである。
課題認識の最初のステップとしては、文部科学省から示されている「内部統制の基本方針(案)」の項目ごとに法人内でどのような課題があるのか確認をしてほしい。この案をそのまま適用するのは特に中小法人にとってはハードルが高い。当該法人ごとに、当該案を参考にどのような課題があるのか、理事会等で確認をおこなっていただき、自法人にとって真に必要な項目に絞って方針を整理してほしい。
そのうえで内部統制の要素別に以下のような点で留意を行うことが重要である。特に内部統制を何のために行うのかを検討し、DX化の取り組みとも連動しつつ、現場が納得できるという視点で進めていく必要がある。