加盟大学専用サイト

アルカディア学報

No.784

大学改革は人材育成
組織のマインドセットを醸成する

森本圭祐(高崎商科大学・高崎商科大学短期大学部 法人本部長)

人材育成に無関心な教育機関?

 なぜ、大学組織の中では、教職員の人材育成についての議論がほとんどなされないのであろうか。
 大学の教職員は、高等教育機関として学生の育成については常日頃から様々に検討と検証を行い、社会に人材を輩出してきた、いわば人材育成におけるプロフェッショナルな集団である。しかし、その目は学生の成長のみに向けられ、組織内部、つまり教職員の成長に向けられることは少ない。その証拠にどの大学でもディプロマ・ポリシー等の3ポリシーやアセスメント・ポリシー等の教育的な方針及び体制は確立されているが、教職員を対象とした「求める人材像」や人材育成の方針等が整備されていない大学組織は多くあるのではないだろうか。
 教育の質を高め、学生の学習効果を高めてゆくためには、大学の組織や制度が不断に見直され更新されることと、継続的な教職員の資質向上が不可欠である。これは至極当然のことであるが、法改正によりFDやSDが義務化されるまでは、多くの大学では組織的な活動として十分に確立されてこなかった。
 これも、学生募集活動が危機的状況にまでなっておらず、企業会計と異なる学校会計基準により安定性が強調されていたことによる、危機感の欠如だった。こういった事情からも、大学業界では組織内人材育成への興味関心が薄いのはやむを得なかったのかも知れない。

全体で担う人材育成

 人材育成を誰がやるのか、という問題も往々にしてある。特に小規模大学では常にマンパワー不足が発生しており、教職員の育成と資質向上に力と時間を割けないという現実がある。
 実情としても、人事の業務は総務課の一部の職員が担っていたり、法人本部の課長が1人で行っていたりなど、体制整備も追いついていないケースも散見される。
 また、入職後の教員の育成と資質向上も、専門分野が異なると一気にハードルが上がってしまう。そもそも中学や高校のように教員組織で何か事に当たることがほぼないため、集団意識も高くなく、年齢や職歴が上の者が下の者を育成するという意識は希薄と言わざるを得ない。
 では、どこの誰が組織内の人材育成を担えばよいのであろうか。
 本学での取り組みを振り返ると、「全体で担ってきた」というのが率直な感覚だ。言うまでもなく、人材育成の設計や全体企画は人事を司る部署が担わなければならない。しかし、人の育成は組織の全部署、そこに所属する全員がその意識を持っていなければならない。
 人材育成には、知識修得を目的としたセミナーもあれば、ジェネリックスキルの修得を目的とした参加型研修もある。
 また一方で、日常的な業務知識やスキルを養成するOJT、さらにビジネスマナーや他者との関係性構築、業務に対する姿勢を学ぶ非公式な勉強会や面談もあるであろう。特に後者は現場レベルで行われるケースが殆どであり、また年度の個人目標などを熟知している直属の人事考課者による日常的な助言と評価は効果が高いであろう。
 つまり効果的に人材を育成するためには、一部の部署がその役割全てを担うのではなく、組織全体が担うことが有効である。さらに、組織外も含む多くの機会と多くの人との関与を通じて人は大きく成長するといった意識を浸透させることが必要なのである。

ひとが改革の推進力

 大学を取り巻く環境は厳しさを増している。日本私立学校振興・共済事業団の発表によると、入学定員充足率が100%未満の大学は実に全体の59・2%と過去最大となってしまった。短期大学においてはより深刻で、短期大学全体に占める未充足校は実に91・5%と衝撃的な数値が発表されている。
 黙っていても学生が集まる右肩上がりの時代はとうの昔に過ぎ去り、今やいかにして「選ばれる大学」をつくるかが急務となっている。学習者本位の学びをどこまで追求できるのか、どのように教育のアウトカムを示し発信するのか、大学独自の教育とは何か、と教育改革を目指す大学は多くある。
 しかし、改革とは何であろうか。新たな取り組みを提案しても、それが受入れられ、持続可能なものとならなければ改革は成立しない。考える人材、提案する人材、それを受け容れる人材、そしてリスクを理解したうえで判断し断行する人材が必要であり、これらが1つ欠けても「変化」は訪れない。この現象を引き起こすには、時代や状況を理解し、文教政策を知り、大学の将来を自分事として捉え、高いマインドと巻き込み力、そして人から必要とされ、多くの場面で声がかかる、巻き込まれ力を有した人材が一定数必要となってくる。
 改革とはつまりは、人材の意識改革ではないかと筆者は考えている。教職員の1人ひとりが組織の変革を推し進める力となることは、あらためて言うまでもない。そのため、今最も注力しなければならないのが、組織内の人材育成だと考える。

予期せぬ出来事を演出

 もう一方で、人材育成と同様に意識しなければならないことがある。それは「組織のマインドセット」である。ミッションやビジョン、パーパスなど様々な経営手法があるが、これらに通底する方向性や組織風土、共通認識や共有する価値と言い換えても良いだろう。
 キャリアカウンセリングの理論に「Planned Happenstance Theory(プランド・ハプンスタンス・セオリー)」というものがある。クルンボルツが唱えたもので、日本語では「計画的偶発性理論」と言われる。少し乱暴に言うと、人のキャリアというものは予期せぬ出来事によってそのほとんどが左右され、その予期せぬ出来事に対してポジティブな捉え方をしている方がよりキャリアアップにつながっていく。だからその予期せぬ出来事を計画的に設計しよう、という考え方である。
 「予期せぬ出来事を計画的に設計する」とは、よりその予期せぬ出来事をただ待つのではなく、自ら創出できるように積極的に行動し、他に興味を持ち、情報を収集し、人と交わることで、意図的にキャリアアップの機会へと変えていくという意味である。自身の仕事にしか興味を持たず、外部に明るくなく、勉強にも熱心ではない受け身な職員よりも、積極的に外に出て他と交流し、多くのことに興味を持つ能動的な職員の方が、多様な経験を積むであろうことは容易に想像できる。
 これは個人のキャリアだけではなく、組織にも言えることである。社会環境がめまぐるしく変化する不確実な時代において、予定通りに計画が進行することは稀であり、次に何が起こり、どのような流れが訪れ、何が必要となるかはまさに五里霧中である。では予測できない未来のために、どうすればよいのか。組織で「Planned Happenstance Theory」を実現するのである。大学全体としては、多くの外部団体と交流し、多岐にわたる業界と接し、他大学との連携や地域での高大連携、企業や自治体との連携、海外との交流を推進する土壌をつくることである。
 内部組織としては、教職員同士のコミュニケーションを活発にし、様々なことを楽しみ、知り、触れ、挑戦するマインドセットを醸成する。ジョブローテーションも個々の可能性を広げる良い仕組みである。通常の業務以外の動きを歓迎する姿勢は、組織活動を広範なものにし、「予期せぬ出来事」を呼び込む組織風土をつくる。多くの「予期せぬ出来事」は経験となり蓄積し、知識と知恵となり、組織の力を強めて行く。
 今、生き残りをかけた厳しい環境の中で、大学は変化を求められている。変化するためには組織の成長は必須であり、教職員の成長は欠かせない。学生のそれと同様に、成長の仕組みを整備し、成果を可視化し、組織のマインドセットを醸成することこそが改革の第一歩ではないだろうか。