アルカディア学報
毎週のように大学が閉鎖に
大学救済よりも学生保護が最優先
我が国の急速な少子化という「時限爆弾」を抱えて、文部科学省は大学分科会に特別部会を設置して2040年以降の高等教育のあり方を改めて議論している。2022年の出生数は77万人であることから、2018年のグランドデザイン答申が示した2040年の推計値より18歳人口は約11万人も大きく下振れしする。さらに2023年の出生数は、さらに4万人少ない73万人であった。大学分科会の特別部会で文科省が示した資料によると留学生を加えても2040年以降の大学入学者数は50万人前後でその後10年間推移する。現在の入学者が63万人であることから、たとえば、入学定員500人の大学がおよそ260校消えることになる。
同様に急速な少子化を経験している韓国や台湾でも、それぞれの政府が高等教育への少子化の影響を最小限にすべく、各国の実情に合わせた努力を続けている。その中には日本も見習うべき対応策も含まれている。
では、世界の高等教育のモデルとされる米国の状況はどうであろうか。米国国勢調査局の推計によれば、2040年には3億5500万人に増加し、その後は緩やかに増え続けて2080年に3億7000万人で頭打ちになり、その後減少に転ずるという。しかし、足元では2008年のリーマンショックと呼ばれる世界的な金融危機によって引き起こされた将来の不透明感から、当時の結婚適齢期の人々が結婚や出産を忌避したことにより、大学進学年齢である18歳人口が2025年を境として急減する「大学入学者の崖」が迫っている(N. D. Grawe,Demographics and the Demand for Higher Education, 2018〓岸本睦久、IDE No.659,2024)。
大学入学者は、しかし、2020年から3年ほど続いた世界的な新型コロナウィルスのパンデミックによってすでに減少しており、パンデミック終焉後も授業料の高騰や大学教育の価値への懐疑などから大学入学者数は回復していない。とりわけ、予想される2025年からの「大学入学者の崖」に先立って、既に人口減少が顕著な中西部、北東部では、学生が1000人程度の小規模な、主に宗派系のリベラルアーツ系大学で入学者の減少が顕著となり、入学者数減少による授業料収入減少に昨今の物価上昇が相まって財政難が原因となり、多くの小規模大学が合併・統合、最後には閉校に追い込まれている。実際、すでに「毎週1大学が潰れている」(The Hechinger Report,2024年4月26日)と言われるほど、大学の閉鎖や合併・統合が相次いで生じている。
例えば、SHEEO(State Higher Education Executive Officers Association)によれば、2022年に非営利の23大学、営利の25大学が閉鎖されたのに続き、2023年の10ヶ月の間に非営利大学が14大学、営利大学の16大学が閉鎖に追い込まれた。これらの大学は新型コロナ禍の前から学生募集に苦戦していた地方の大学が多く、パンデミック禍での政府補助金が打ち切られたことによって、事業継続が不可能になり閉鎖に至った。「入学者の崖」が迫る中、連邦政府の大学進学者データの分析によれば、2040年までに566大学で学生数の25%、さらに247大学で50%の学生数減が予想されている。(The Hechinger Report,2024年1月12日)
ただし、18歳人口の減少や大学の財政難などによる大学閉鎖や統合が生じていても、政府(連邦、州、自治体)が介入することは基本的にはない。そのことを示す事例を以下に紹介しよう。2023年7月19日付のHIGHER ED DIVEが報じたが、アラバマ州議会は同州バーミンガム市にある私立のBirmingham-Southern College(BSC)を救済するために3千万ドルの緊急資金援助を決めた。当初知事は「私立大学のために州の納税者の公的資金を使う計画はない」と救済には反対であったが、バーミンガム市議会と市長による地元経済への貢献の大きさ、重要性の訴えが知事の当初の判断を覆し、苦境にある大学への緊急援助基金を創設する法案に署名した。ところが、緊急援助基金の執行責任者である州財務長官が、支出を拒否し、1年半にわたる州との度重なる交渉も虚しく、結局、BSC理事会は2024年5月31日をもって大学の閉鎖を決めた。
この記事の見出しが〓Is government support for distressed colleges a good thing?"とあるように、そして、BSCの実例が示しているように、政府が大学、特に私立大学の存続に関与することは、高等教育においても自由競争を原則とする米国では否定的である。むしろ、重視されるのは学生の保護、特に「学業の継続」の保障である。上記のBSCの大学閉鎖に関する声明の中で〓Student First"として、「私達は学生を最優先に考え、皆さんが卒業への道を続けるための最善の場所を見つけるためにできる限りの支援をします」そして「他の大学に転校を余儀なくされた皆さんのための計画を開始しています」と延べ、在学生の学業継続に対する大学の対応がまず示されている。
というのも、TitleIVと呼ばれる連邦奨学金への機関参加に関する要件などを定めたHigher Education Actでは(C.F.R.§668.14(b)(31))、高等教育機関が少なくとも1つの教育プログラムの廃止、あるいは、機関全体の閉鎖を決定した際には、アクレディテーション機関に「学業継続計画teach-out plan」を提出することを求めているからである。さらに近年の大学をめぐる厳しい状況を踏まえ、州政府も対応を急いでいる。たとえば、マサチューセッツ州高等教育省は、私立大学の閉鎖に伴う学位授与権の取り消しまでの手順を明確にしている(Notice of Closure Guideline for Massachusetts Independent Institutions,2024年1月)。告知では、州法に基づき、閉鎖を計画している大学は、閉鎖によって影響を受ける在学生の支援と保護のために、できるだけ早急に高等教育省に届けることを求めている。同時に連邦法が定めるように、アクレディテーション機関に「学業継続計画」を提出しなければならない。
マサチューセッツ州を含む北東部のアクレディテーション機関であるNECHE(New England Commission of Higher Education)の規定では、①連邦教育省の監査等によって、大学の財務上の疑義が生じて事業の継続が困難であると判断された場合、②州政府が法人の認可や学位授与権を取り消した場合、③NECHE理事会がアクレディテーションを保留したり、取り消したりした場合、④大学が理事会に閉鎖を通知した場合には、直ちにNECHE事務局に「学業継続計画」を提出することを定めている。
この文書には、大学の概要、閉鎖によって打ち切りになる学位プログラムの一覧、在学中のすべての学生の単位取得状況などの情報と学位取得要件の一覧、そして、在学生が転学して学業を継続する可能性のある他大学の情報の一覧、などの記載が求められる。さらに、学生の成績や奨学金受給状況などの各種記録、教職員の人事記録、財務情報等の保存に関する計画を記載する必要がある。加えて、在学生が学習を継続できるために、あらゆる支援や相談やカウンセリングを提供するなど、「公正」な支援を行う義務があると定めている。
もし、近隣の大学が、廃止となる教育プログラムと同様のプログラムを提供している場合には、学生の受け入れに関する協定である「学業継続協定teach-out agreement」を学生一人ひとりに作成し、NECHEに提出しなければならない。興味深いのは、もし学生が希望すれば、転校先で学業を継続し、18か月以内に学位を取得した場合は、閉鎖された大学の学位が授与できるという措置である。そのため、この場合は、閉鎖になった大学のアクレディテーションの有効性を18か月延長できるという。また、奨学金などを借りていた場合は、奨学金によっては、債務の支払いが、一部または全てが免除されるスキームも用意されている。
では、大学が閉鎖後の学生の状況はどうであろうか。結論を先取りすれば、明るいものではない。前述のSHEEO(2022)などの調査によれば、大学閉鎖を経験した学生の大部分は(52・9%)、別大学の学位プログラムに再入学しなかった。そのうち、事前に予告し、整然と閉鎖した大学の学生の63・3%が再入学したが、突然閉鎖に至った大学(多くは営利大学)の学生の再入学率は40%に過ぎなかった。そして、最終的に学位取得に至ったのは、ほぼ3人に1人であった。(Dream derailed? Investigating the impacts of college closures on student outcomes)
新制大学発足以降、今日までに募集停止、廃止になった大学は今日まで23校を数える。その殆どが21世紀に入ってからである。これまでは、近隣の大学が学生を継承するか、在学生が卒業するまで大学が存続してきた。文部科学省と日本私立学校振興・共済事業団が経営状況を緊密にモニタリングするというが、今後大学の経営環境が急激に悪化することも予想され、地域によっては近隣に学生を継承する大学が存在しない、あるいは存在しても自宅からの通学が叶わず、下宿を余儀なくされることも想定される。しかし、特別部会が2024年8月に公表した中間まとめでは大学が閉鎖に至った際のプロトコール、特に学生の保護に関しては、依然として今後の検討課題とされたままである。特に在学生の学業の継続支援に加えて、閉鎖された大学の卒業生・修了生の学籍情報を誰が、どこで保存するのかは極めて需要な課題である。後者の学籍情報の保存に関しては、入試と学務の専門職団体であるAACRAOが2020年に〓Closed or Merged Institutions:Guidance and Best Practices Pertaining to Student Education Records"という報告書を公表している。それによれば、米国では州内の高等教育機関が閉鎖された場合には、州の公文書館等に学籍情報を保存することが州別に紹介されている。我が国では、文部科学省あるいは所管の法人がその任に当たるのだろうか。
急速な少子化という「時限爆弾」が、我が国の高等教育(だけではなく初中教育も含めて)にもたらす衝撃を、「そこにある危機」として文部科学省は一刻も早く対応策を検討すべきである。