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アルカディア学報

No.780

スマホ依存とギャンブル等依存

谷岡一郎(大阪商業大学理事長・学長)

スマホを手離せない人々

 スマートフォン(以下「スマホ」)を手放せない人は、学生に限らずいたる所にいるようだ。電車の中でも歩きながらでも、小さな画面を見続ける生活。当然のように注意力は散漫になるだろうし、季節や世の中の変化を気にすることも、おそらく減っていることだろう。こうした状況は病気の一種とされ、「スマホ依存症」と呼ばれている。
 スマホが「目に良くない」ことは容易に想像できるが、スマホ依存症はそれとは別に、多くのネガティブな効果を持つことがわかってきた。『スマホ脳』(新潮新書(2020)の作者、アンデシュ・ハンセンによると、スマホは依存状態になる前から、使う人の睡眠障害を引き起こし、ストレスを何倍にも増やすという。またスマホを使用すればするほど学力・記憶力・集中力などが落ち、うつ状態になることも少なくないとのことである。
 同じ文章やマンガでも、これまでの紙ベースのものと画面上のデジタル情報とでは、頭に残る量が異なるという。同じ様に見えてデジタルの教材は、覚えるためにより多くの努力が求められているのである。
 不思議なことに、電源をオフにしていたとしても、ポケットの中や机の上にスマホが存在するだけで、注意力は散漫になることが報告されている。(ニュートン別冊「スマホ脳と運動脳」2023年12月)。スマホの影響を消すためには、電源をオフにした上で別部屋に置くなど、さらなる努力が必要になるという。スマホの威力おそるべし、である。
 スマホは、かくも多くの負の効果を持っているわけだが、筆者はさらにより大きなマイナス面を憂慮している。それは、「考える力の減退もしくは育成不足」である。キーワードを入れるだけで、ほぼ何でも教えてくれるのがスマホだが、それに慣れすぎることは、考える力にとって危機的なネガティブ効果を持つものと信じているのである。
 もう20年以上続けているだろうか、筆者は入学式で必ず新入生に言うことがある。
 「1日に1時間でいいので、自分からスマホをオフにする時間をもちなさい。そしてその時間は、何でもいいから自分で問いかけ、自分で考え、自分で答えを出すことに使いなさい」。
 現在はAIと呼ばれる、よりおせっかいなソフトもあるので、ますます考える力が落ちていく可能性を持っているのである。

ギャンブル依存とスマホ

 MLBの大谷翔平選手の通訳をしていた水原一平氏がスポーツ・ベッティングに大金を費やしていたことが発覚した事件は、皆さんの記憶に新しいだろう。これらの賭けは、スマホを通してオンラインでなされていたようだ。
 通訳がダッグアウトやベンチでスマホを使用することは、おそらく自然なことなのだろう。水原氏のように泥沼にはまっていても、周囲の誰も気づかなかったようである。もう少しわかりやすく言えば、これまでよりも簡単にギャンブルにアクセスできる時代になっているということだ。
 日本では、海外のオンライン・ベッティングをプレイすることは(定義上は)違法だが、海外のサーバーまでチェックすることは実質上不可能だ。したがって、摘発できるのは末端の人々(つまり犯罪としては大きくない人々)に限定される。実質上「野放しになっている」と言っても過言ではない。
 日本におけるこれまでのギャンブル等依存症は、パチンコ/パチスロを原因とするものが大多数だった。しかし昨今は、別の2つの現象が報告されている。1つが、水原氏がやっていたようなオンラインによるスポーツ・ベッティングの増加。そしてもう1つは、宝くじが新たに始めた「クイックワン」である。
 「クイックワン」は、「その場で当たりのわかるナンバーズ・ゲーム」とでも表現するべきだろう。スマホを媒介としてオンラインで行われている宝くじである。人気俳優がCMを行っていることもあり、くじに「はまる」若い女性が急増している証拠が存在する。当たるまでボタンを押し続けることで、口座の残高が減少することなど気にしていないのである。ギャンブル等依存のホットラインの相談の多くの割合を占めている。そして急増中のアイテムはクイックワンなのである。

対策資格

 筆者は専門家として、多くの海外論文をチェックしている自信はあるが、ギャンブル依存症に関し、ほとんどすべてのデータやメタ・データが示している事実がある。それは、新たにギャンブル場(特にカジノ)がスタートした地域において、「3年も経てばそれ以前よりギャンブル等依存症で苦しむ人々は減っている」という事実である。たとえば2011年にカジノを合法化・スタートしたシンガポールで、スタート前に集められたデータでは、ギャンブル等依存症あるいはその予備軍と考えられる割合が大人の3%ほどいた。2014年、2017年と3年おきに同じ質問をしたところ、2017年には1%未満にまで減っていたのである。他の地域も同じ傾向を示している。
 新たなギャンブル場がスタートした1年目は、予備軍も含めたギャンブル等依存症の統計は上昇するのが常である。これはおそらく、新たに相談窓口やホットラインが周知されたことによる効果であろう。むろん新たに参入した患者もありえるが、それよりそれまで自分が病気であることに気づかなかった人々、あるいは気づいていてもどこに相談すればよいのかわからなかった人々(およびその家族)が、初年度の統計値を押し上げたものと考えられる。ただし前述のように、中・長期的に見れば実際に苦しむ人々や家族は減っているのである。
 ギャンブル等依存症を理由にカジノに反対する人々は、カジノ業界がギャンブル等依存症への対策(Responsible Gaming;RG)を言い始めたことを知らないのか、あるいは忘れているふりをしているのかもしれない。事実として、合法カジノはまだ日本で1人の患者も出していない(合法カジノがない)。今ある相談や治療施設も、RGキャンペーンのおかげで立法化され、やっと開設されたのである。
 それとも現在助けられ、立ち直った人々に与えられた機会は、なかった方がよかったのだろうか。あるいは将来助けられる人々はなくてもよいというつもりだろうか。
 「ギャンブル等依存症の資格制度」が、この冬からスタートすることをお知らせしたい。そしてこの資格は、これから学校現場でも重要性を増やすことが予見される。と言うのも、野放しのギャンブリングはオンラインの世界でこれからも伸びるものと思われるし、新NISAのようなギャンブルに見えないものも存在するからである。誰もその本質(危険性)を認識できていないと思うからである。
 おそらく学校のカウンセラーには有益な資格となっていくだろう。
 写真の著作はそのテキストだが、ちなみに責任編者の一人は私である。