アルカディア学報
デジタルスカラシップ
―教育と学問の総合サービス―
1.デジタル化の推進
小学校から大学にいたる教育のデジタル化は、対面教育との併用が重視されながら、2020年のパンデミック以後さらに進行している。高等教育段階でも、AIやVRなどのデジタルテクノロジーの進歩により教育や学習面だけでなく研究面のデジタル化も進行している。
デジタルテクノロジーの教育への活用は、政府によっても後押しされ、教育未来創造会議の「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について(第一次提言)」(令和4年)では、3つの目標の1つ、「未来を支える人材を育む大学等の機能強化」において、デジタル技術を駆使したハイブリッド型教育が掲げられている。また、第4期教育振興基本計画(2023~27)では、基本的方針の一つが教育デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進とされ、電子化から最適化を超えて、新たな価値を生み出すDXとして、GIGAスクール構想や教育データの分析・利活用の推進という目標を掲げている。このデジタル化の推進に応じ、大学は教育、研究面でどのような機能強化を図る必要があるのか。その1つの方策として、本稿ではデジタルスカラシップに注目したい。
2.大学図書館の動向
筆者はかつて本誌で、大学図書館が「大学に必要な知識と情報を収集・保存・活用ができる学術的基盤となり、優れた人材の育成を通じての社会的課題の解決が求められる」と述べた(立田、2021)。大学図書館は、教育と研究に大きな影響力を持ち、大学生の学問的スキル習得の場としてまた専門的・学術的研究支援の場として、学術情報の基盤となる中核的役割が期待される。
さらに、大学図書館の国際的事例をまとめ、この7月に『世界の大学図書館―知の宝庫を訪ねて』(明石書店)という本を刊行した。同書では、国際ランキングで比較的上位の11大学を選び、世界の大学図書館ネットワークの課題から、オックスフォード大学(チュートリアル)、ケンブリッジ大学(情報や研究のスキル)、マンチェスター大学(ウェルビーイング)、ソルボンヌ大学(オープン・サイエンス)、MIT(専門司書)、ブリティッシュ・コロンビア大学(変容的学習)、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(デジタルシフト)、スタンフォード大学(図書館の物語)、シェフィールド大学(総合的なコンテンツ戦略)、ハーバード大学(知のコミュニティ)、ワシントン大学(キャリアサービス)の各事例と( )内のテーマを中心に説明し、大学図書館の多様な戦略と役割を考えた。
各大学の略史と共に大学の理念、目標と計画を概観すると、大学が重視する価値観の多様性が非常に面白い。図書館の計画や実践にもその影響がみられ、優れた大学における教育の価値観や信念の意義を見直した。
同時に、国際ランキングでも上位の大学を選択したためか、デジタルテクノロジーの先端的事例が多くみられた。ハーバード大学のデジタルスカラシッププログラムやUCLのコネクテッドカリキュラム、ケンブリッジ大学デジタル教育未来センターなどである。特にデジタル化の課題としてはオープンサイエンスやデジタルシフトと同時に電子図書館問題を論じた。電子図書館は情報サービスや電子書籍の提供からさらに発展し、ビッグデータの分析、デジタルテクノロジーの吸収、オープン教育リソースの提供、スタッフと学生のICT活用能力の向上から、電子出版に至る「デジタルスカラシップ」と呼ばれるシステムを提供し、学部や学問領域を超えた大学全体の教育と研究の総合的なサービスを展開していた。
3.デジタルスカラシップ
スカラシップとは奨学金を意味する言葉として取り扱われることが多いが、本来は、学風、学識あるいは学問方法そのものを意味する。つまりデジタルスカラシップとは、デジタルテクノロジーを活用した学術、教育、研究活動を意味する。ただ、デジタルスカラシップとは何か、その概念は大学や研究者により多様な定義がなされている。
前著で筆者が引用したラムゼイの定義によれば、「デジタルスカラシップとは、デジタルによる科学的根拠と方法の使用、デジタル著作権、デジタル出版、デジタル・キュレーションと保存、そして学問のデジタル活用と再利用のことである」(立田、2024、202頁)。また、オックスフォード大学のデジタルスカラシップの定義では、最初に、スカラシップの意味から説明している。「『スカラシップ』とは、必ずしも人文学に限定されず、ある特定の学術研究領域において行われる専門家集団の集合的な成果である。『デジタルスカラシップ』は、学者が有用な資料や方法を強化するためにデジタルテクノロジーを用いる時に生じる」。特に同大は、デジタルスカラシップサービスを学生と教職員、研究者だけではなく、一般市民までを広く対象としている。
4.デジタルスカラシップセンター
このように大学が大学図書館の重要な機能としてデジタルスカラシップを展開するために、近年多くの大学がデジタルスカラシップセンター(DSC)を設置し、デジタル時代における学問と研究の強化に取組み始めている(表1参照)。図書館スタッフと情報支援センターの協力による全学組織として取り組む大学や国際ネットワークもみられつつある。
大学へのデジタルスカラシップの導入については各論がある。小学校から高校までのデジタル教育を受けた世代が大学では旧態依然の教育を受けるのか。大学卒業後デジタル社会で活動するネット世代の学生に学問の面白さをどう伝えるのか。学問領域を超えたサービスをどう提供できるのか。他方、社会全体では旧態依然たる業界もあればテクノロジー習得必須の業界もある。大学間の国際格差だけでなく、国内と地方の格差が拡大する中で、どれだけの予算や人材を投入できるのか。デジタルスカラシップは十分な費用効果を生めるのか。このシステムの普及は、知識の創造、社会的貢献、人材育成など学問と大学教育そのものの再考を求めている。
参考文献
立田慶裕、2021、「大学図書館の挑戦 学術と地域をつなぐ知と文化創出の場へ」教育学術新聞2835号
立田慶裕、2024、『世界の大学図書館―知の宝庫を訪ねて』明石書店
オックスフォード大学(2024年7月10日取得)