アルカディア学報
病気休職における復職判断時の「労務提供義務」と合理的配慮
地位確認等を求めた早稲田大学事件を素材に
1 はじめに
昨年4月、経営企画室から総務人事部門に配置換えになり、この1年少し考えたことがある。それは、脳梗塞などの脳神経疾患に罹患した教職員の休職期間満了時の復職判断への対応についてである1 。原則は、就業規則に基づき休職期間満了時、病気が回復し、休職前の職務遂行が可能となることが復職の条件となる。この原則については裁判例の積み重ねにより修正が加えられ、職種(職務)を限定しない労働契約の労働者であれば、復職時に軽微な業務や担当可能な配置など、一定の配慮をすることによって、復職を可とする判断が確立している2 。事務系職員であれば、後遺症に応じて軽易な業務に配置換えすることで、復職させ雇用を維持することができる。
一方で、大学教員については、職種(職務)を限定する労働契約を締結している場合があると考えられるため3、前述の判断と異なる復職判断が必要となり、休職前と同様の職務遂行が求められることとなる。この点に関し、近時の裁判例において、休職期間満了時の復職判断にあたり、「債務の本旨に従った労務の提供」の評価と平成28 年4月改正法施行の障害者雇用促進法36条の3に基づく合理的配慮提供義務との関係性が新たな論点となっている 。
本稿では、この論点について一定の示唆を得られると考える、早稲田大学事件5 を紹介する。今後、日本の私立大学等において同種の事例が生じると予測されるため、一つの典型的な事例として取り上げたい。紙幅の関係もあるので、判決内容の解説に主眼を置くが、復職の可否判断と合理的配慮の関係については、若干検討を加えたい。なお、令和6年4月1日施行の改正障害者差別解消法に基づく合理的配慮の提供の義務化は、本稿では射程外であることを確認しておきたい。
2 事案の概要
早稲田大学事件は、Y(被告学校法人早稲田大学)の設置するY大学の教授であったX(原告)が、平成28年2月に発症した脳出血とその後遺症(右片麻痺、重度運動性失語、高次脳機能障害(自発性、注意力低下))により休職していたところ、Yから、Xは復職して授業を行える状態ではないと判断され、休職期間満了を理由として令和2年3月31日付けで解任されたことから、Xが、Yに対し、同解任が無効であると主張して、Y大学の教授としての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、未払賃金等の支払を求めた事案である。
本件では、複数の医師による復職の可否に関する診断を踏まえた上で、Xの復職可能性を判断するに当たり、Xに対して模擬授業の提案がYからなされたものの、Xが拒否したことから、授業は難しく復職不可とYは判断した。裁判所もYの主張を認容し、「Xが休職期間満了時に教授としての職務を通常の程度に行うことができる健康状態に回復していたと認めることはできない(略)。」と判示し、復職不可として解任を有効と結論づけた。
なお、判決の判断枠組みなどの論理構成のポイントについては、次項以下で引用するとおりである(項目名および構成は本稿筆者による)。
3 債務の本旨に従った労務の提供
(1)判断枠組み
本判決は、「休職事由が消滅し、休職していた労働者が復職することとなる場合、当該労働者としては、一旦免除されていた労務を提供する義務を負い、他方で、使用者は、賃金支払債務を負担する関係に復することとなるのであるから、Yの休職制度において、休職事由が消滅したというためには、当該労働者が労働契約の債務の本旨に従った履行の提供ができる状態になっていることを要すると解される。すなわち、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと、又は、それに至らない場合であっても、当初軽易な作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態にあることが必要であると解するのが相当である。」という判断枠組みを提示する。
(2)労働契約における職種(職務)限定性と休職事由消滅の判断
具体的には、「XとYの労働契約は、Y大学において教授として職務を行うことを内容とするものであるから、休職事由の消滅の判断に当たっては、Y大学の教授としての職務を通常の程度に行い得るかという観点から検討する必要がある。」と判示し、大学教授職に限定した論理を展開する。
(3)小括
検討の結果、本判決は、医師の意見書、診断書及び面談や模擬授業実施の提案などの経緯をも踏まえると、「Xについては、休職期間満了時である令和2年3月31日の時点において、Y大学の教授としての職務を通常の程度に行える健康状態にあったとは認められず、また、当初軽易な作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態にあったと認めることもできない。」として、Xの復職を否定した。
4 重要論点と考える判旨の検討
前項で紹介した判決の概要を補足する二つの論点について、判旨の詳細を以下に引用し、若干検討を加える。
(1)大学教員の労務提供義務=「教育提供義務」の程度
まず、本判決は、労務提供義務の程度について、「Y大学の教授としての職務を通常の程度に行うことができるというためには、授業において学生との間で同時性ないし即応性を有する双方向のコミュニケーションを行うことを前提とし、そのための能力を備えていることが必要であると認められる。そして、学生とのコミュニケーションの内容も、高等教育研究機関である大学の授業等に求められる教育効果からすれば、学生に対する適切なフィードバックを含む相応に高度なものが求められると認めるのが相当である(略)。」と判示する。
その上で、学生とのコミュニケーションの程度を確認するために、「Yは、Xにつき休職事由が消滅していないとの判断をしつつも、復職の可否を見極めるため模擬授業の実施をXに提案したものであるところ(略)、Yにおける休職制度は解雇を猶予する趣旨の制度であって、使用者であるYにおいて、労働者であるXの復職可否の判断(......)を行うことが当然に予定されているといえ、......、Yによる上記提案もまた、合理的なものということができる。」と判示し、労務提供義務の履行の程度を見極めようとしたことを妥当であると判断した。
ここでは、前記3(1)の判断枠組みにおいて説示された「債務の本旨に従った履行の提供」の具体化として、前記の労務提供義務の履行の程度を確認するために、模擬授業の実施提案がなされたものであり、労働契約の中核である教育活動の提供は、病気の回復が条件であることが明らかにされた。
(2)合理的配慮との関係
次に、本判決は、「Xの主張に対する補足説明」として、障害者雇用促進法36条の3の合理的配慮の提供義務に関し、「同条ただし書が「事業主に過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない」旨定めていることからすると、使用者において、障害者雇用促進法の趣旨を踏まえた配慮をすべきであるとしても、労働契約の内容を逸脱する過度な負担を伴う配慮の提供義務を課することは相当でない。」との考え方を示した。その上で、本件「面談を経ても、Yにおいて、合理的配慮によるXの授業実施の可能性及び当該配慮の具体的内容につき、判断できない状況にあったといえる。」と判示し、結論として、「Xについては、Yの合理的配慮により復職可能な状態にあったと認めることはできないし、Yの本件解任に至る判断の過程が、障害者雇用促進法に反するものであったとか、不合理なものであったということもできない(略)。」とした。
この合理的配慮の適否に関する判示は、平成28年4月の改正障害者雇用促進法の施行以降、復職時の労働条件における合理的配慮を要求した日東電工事件6 に続き、2例目である。殊に、本判決は、同法のただし書きと労働契約の適用に関する法解釈(判断)を示したものであり、今後、同種の訴訟に少なからず影響を与えるものと考える。5 おわりに ~検討課題
これまで述べたように法解釈としては、まず、労働契約の内容を重視し、復職可否を判断(復職配慮義務)した上で、次のステップとして、合理的配慮の提供義務を検討するという本判決の考え方が妥当である7。一方で、人事労務管理の実態を考慮すれば、障害者雇用促進法における合理的配慮の提供義務を優先すべきとする学説も主張されている 8。この両者のせめぎ合いを収斂させ、大学教員の私傷病休職による復職判断の法理を確立することが今後の検討課題である。
1 私傷病休職等の実態については、労務行政研究所「私傷病欠席・休職制度の最新実態【前編】」労政時報4077号 (2024年5月合併号)16頁以下参照。
2 東海旅客鉄道(退職)事件・大阪地判平成11年10月4日労判771号25頁など。
3 近時の事案としては、黙示の合意による職種限定合意を認めた学校法人国際医療福祉大学(仮処分)事件・宇都宮地決令和2年12月10日労判1240号23頁、また、明示的に職種限定合意を認めた学校法人日通学園(流通経済大学)事件・千葉地判令和2年3月25日労判1243号101頁などがある。
4 日東電工事件・大阪高判令和3年7月30日労判1253号84頁。
5 早稲田大学事件(地位確認等請求事件)・東京地判令和5年1月25日労経速2524号3頁。
6 前掲日東電工事件・労判1253号84頁以下参照。
7 中川純「私傷病を理由とする休職事由の消滅と合理的配慮―日東電工事件」法時95巻3号144頁は、復職配慮義務と合理的配慮については、両者の「特性を意識することなく、混然一体のものとして議論することは、法理の無用な混乱を招く(......)可能性がある。」と説明する。これらの論点を詳細に論じた文献として、佐々木達也「障害を有する労働者における雇用終了と合理的配慮提供義務」名古屋学院大学論集社会科学編第59巻第2号(2022年)43―66頁が参考になる。
8 長谷川聡「労働判例速報復職判定における合理的配慮義務―早稲田大学事件」労旬2046号64頁。