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アルカディア学報

No.775

教学マネジメントを実質化するために
学位プログラムの重要性

研究員 鶴田弘樹(名城大学事務局次長・総合企画部事務部長・大学教育開発センター事務部長)

1.人口減少社会における高等教育機関への期待の高まり

 2024年2月27日、厚生労働省の2023年の人口動態統計結果「出生数最少75.8万人(外国人含む速報値)」という衝撃的なニュースが飛び込んできた。厚生労働省の発表によれば、同様の減少傾向が続けば我が国の2035年の出生数は50万人を割る見通しになるという。
 言うまでもなく、急激な少子化は労働供給の減少を招き、社会経済に大きな影響を及ぼすこととなる。今後の我が国の経済成長を考えれば、外国人労働者の積極的な受け入れ策を真剣に考えなければならないが、一方で国民一人ひとりの生産性の向上も欠かせない。その時、特に学生を社会に直接送り出す高等教育機関の役割は極めて大きい。企業側からは、成長分野を支える専門人材などの即戦力が求められてきており、学生の採用時には大学での学びにおける学修成果にも関心が高まってきている。
 一方、大学側は学齢人口の減少により、年々学生確保に苦心しており、今や半数以上の私立大学が定員割れを起こし、財政面にも大きな影響が出てきている。受験生に選ばれるためにも、卒業時までに何を学び、何を身につけることができるのか、自大学ならではの教育の特色の明確化、競合校との差別化を図らなければならない。つまり、これまで以上に学生が大学での学びを通じてどれだけ成長できたのかが問われてきている。
 本稿では、我が国における生産性向上や大学間の競争激化という問題がある中で、各大学において、教育の質保証の観点から教学マネジメントを実質化させるための方策について論じてみたい。各大学が頭を悩ませているこの問題について、本稿が一助になれば幸いである。

2.各学部等の主体性をいかに引き出すか

 本稿のテーマになっている教学マネジメントは、学修者本位の教育の実現を目指した「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(2018年11月26日中央教育審議会)を契機に広く知られることとなり、その後、「教学マネジメント指針(以下「指針」という。)」として纏められた。指針では、教学マネジメントを「大学がその教育目的を達成するために行う管理運営」と定義づけた上で、高等教育機関には学修者本位の教育実現のための諸活動について、自らの責任で点検・評価を行い、その結果をもとに改革・改善に努め、これによって、その質を自ら保証するという内部質保証体制の確立が必要であるとしている。
 具体的に見ていくこととしたい。指針では、5つの項目、①「三つの方針」を通じた学修目標の具体化、②授業科目・教育課程の編成・実施、③学修成果・教育成果の把握・可視化、④教学マネジメントを支える基盤、⑤情報公表、について、それぞれ「大学全体レベル」、「学位プログラムレベル」、「授業科目レベル」の3つの階層毎に取り組みの方針が示されている。さらに「大学全体レベル」は学長・副学長等、「学位プログラムレベル」は学部長等、「授業科目レベル」は個々の教員といった具合に実施主体についても明記されている。加えて、教学マネジメントの確立に向けて、学長の果たす役割は決定的に重要と位置付けた上で、「学修者本位の教育の実現のため、各大学の既存のシステムを学修者目線で捉え直し、改めていくという包括的な改革に取り組むためには、学長が強力なリーダーシップを発揮し、全学的な視点の下で教職員一人ひとりの意欲と能力を最大限引き出していく必要がある。」と提言している。ここで、敢えて「強力なリーダーシップ」としており、表現上、トップダウンのイメージを抱きかねないが、重要なことは教職員一人ひとりの意欲と能力を最大限に引き出していくことにあると考える。
 リーダーシップ理論については、これまで時代の変遷とともにリーダーの資質や行動、組織の状況など様々な切り口で研究が進められてきており、特性理論、行動理論、条件適合理論、変革型リーダーシップ理論、倫理型リーダーシップ理論などがある。リーダーシップの在り方は、その組織の置かれている状態によっても異なるため、一様に語ることはできない。しかしながら、この教学マネジメントにおける学長のリーダーシップに求められることが、各学部等や個々の教職員が主体的に取り組むことにあるとするならば、細部まで指示・命令する専制型よりは、方針の明示と「信頼関係」を基盤とした「対話」が重要であると筆者は考えている。
 ただ、ここで一つ考えておかなければならないのは、ディプロマ・ポリシーを卒業生の資質・能力を保証するものとして実質化させるためには、個々の教員が意欲をもって担当科目の教育改善を図っただけでは十分ではないということである。学部等のレベルにおいて、単なる科目の集合体ではなく、意図してデザインした「教育課程」がプログラムとして機能しているかどうかを組織として検証し、改善していくことが重要である。認証評価では大学全体として内部質保証の推進に責任を負う組織の役割と権限、すなわち全学レベルの司令塔としての活動に目が行きがちではあるが、各学部等の主体性を引き出すためには、3つのレベルの中でも特に「学位プログラムレベルのマネジメント」を機能させることが最も重要であり、そのために、学長が全学レベルでどのようなリーダーシップを発揮するかが問われることとなる。

3.名城大学における教学マネジメント

 学位プログラムレベルのマネジメントを機能させるために、学長や学長支援スタッフがどのように各学部等と関わっていくべきだろうか。僭越ながら、筆者の勤める名城大学の事例を取り上げてみたい。
 名城大学(以下「本学」という。)では、内部質保証の体制として、全学レベルでは学長を委員長とする「大学評価委員会」、個々の学部・研究科には学部長・研究科長を委員長とする「学部等評価委員会」を設置している。それとは別に、外部有識者による「質保証外部評価委員会」を設置し、高等教育の専門家からの助言を改善に役立てている。
 本学の場合、学長が全学の方向性を示し、その方向性に基づいて各学部長等が学位プログラムレベルでリーダーシップを発揮しているが、学内のそれぞれの階層を繋ぐコミュニケーションツールとして位置付けているのが、カリキュラムマップである。このカリキュラムマップという言わば教育課程の設計図をもとに、個々の教員は、シラバスを通じてディプロマ・ポリシーと授業の到達目標を紐づけ、常に科目間の体系性を確認している。また、組織としてこの設計図をもとにディプロマ・ポリシーに掲げる能力が身につくよう教育課程として機能しているかどうか、学長と学部長等とが対話を重ね、定期的に検証している。この検証に有効なのがIRデータであるが、本学ではこのIRデータを学長支援スタッフが中心となって整備し、見せ方の工夫をしている。具体的には、全学、学部、学科等のカテゴリー別に、スポットの経年変化はもちろんのこと、同一年に入学した学生集団の追跡調査に基づいて卒業時までに身についた能力等を可視化し、これらの複数のデータを直感的に理解できるようグラフなどでまとめたダッシュボードを作成している。このダッシュボードは、直接評価と間接評価を組み合わせて学修成果を一覧で確認できる掲示板のようなものである。
 敢えて課題を言語化しなくても全体の傾向が一目瞭然となり、数値の変化から「気づき」が得られるようデータの見せ方を工夫することで自然に教職員間で議論が生まれ、各学部等においても主体的な教育改善活動に繋がっている。
 実際にダッシュボードの活用により、教育課程を見直した事例が増加した。学長を委員長とする全学の「大学評価委員会」において、データを活用して教育課程の見直しを行った学部のノウハウを共有することで、他学部の自主的活動を促進する効果があった。また、全学の委員会での情報共有は、エビデンスに基づいて議論する文化を根付かせるという副次的効果をもたらした。本学では、2022年度に大学基準協会による認証評価を受審したが、具体的な教育課程の改正にダッシュボードを活用している点が長所の一つとして認められた。
 このように、各学部等における主体的な教育改善を引き出す上で、学長、学部長等のリーダーシップは勿論のこと、IRデータによる「気づき」と「改善に向けた方法論の共有」が極めて有効であった。

4.最後に

 2025年度から、認証評価は第4期に移行する。これまで以上に「学修者本位の教育」が求められることは必至である。型にはめたマネジメントを形式的に実施するだけでは通用せず、教育する側の主体性があって初めて実現できるものである。昨今、「学修成果の可視化」が声高に叫ばれるが、可視化しただけで、それが個別の教育改善、学生の省察、社会的説明責任等、具体的に活用できなければ意味をなさない。畢竟、学部・学科レベルで現場の教員を巻き込んだ主体的なカリキュラムマネジメントに取り組めるかどうかである。個々の授業の教育改善が重要であることに加え、教育課程が体系的にデザインされていなければ、ディプロマ・ポリシーに掲げる力は身につかない。教育課程の設計図とも言えるカリキュラムマップを基に学部内、或いは学科内で教育改善に向けたFD・SD活動を活発に行う組織文化を醸成することも重要となる。
 学齢人口の減少期において、経営的観点から、学生確保に向けた即効性のある手段を求めがちである。しかし、今一度大学の本来のミッションに立ち返り、学修者本位の大学づくりに力を注ぐことが、中長期的には、受験生から選ばれる大学につながるのではないだろうか。