アルカディア学報
生成AIの積極的活用で、思考力・文章力の育成を
~大学生のChatGPT 利用実態に基づく提案~
はじめに
ChatGPT等の生成AI(人工知能)の高等教育に対する影響を巡っては、レポートが成績評価に使えなくなるという差し迫った懸念のほか、学生の創造性や批判的思考の育成を妨げるといった主張をよく目にする。だが、後者の高邁な(?)議論は、学生の思考力を育成する理想的な教育が実現しているのであれば成り立つだろうが、理想とは程遠い現実の大学教育や学生の学習実態を踏まえているかは疑問である。端的な例として、日本の大学で学生全員に必修でアカデミック・ライティングの授業を実施している大学はどれくらいあるか。ライティング授業に限らず、日本の大学教育は、学生の文章力とそれに必要な思考力を鍛えるための教育が不十分な現実がある。
このような大学教育の課題を直視すれば、大規模言語モデル(LLM:large language model)を基盤技術とする対話型の生成AIは、伝統的講義中心の教授法の問題と人的資源の不足もあって困難だった文章力・思考力を向上させる教育・学習ツールとして、大きなポテンシャルを有すると期待できる。このポテンシャルを活かすため、生成AIを活用した教材・教授法の開発を進めるとともに、学生・教員に積極的な活用を促していくべきである。
本稿は、このような提案を、大学生のChatGPT利用実態の調査結果というエビデンスに基づいて行うものである。
調査の背景・目的
対話型の生成AIであるChatGPTは、2022年11月30日に公開されて以降、2か月でユーザー数が1億人を突破するなど、それまでに例のなかったスピードで世界的に普及が進んだ。ChatGPTと大学教育をめぐっては、レポートが成績評価に使えなくなるとの危惧、授業・学習における積極的な活用を促す意見など、懸念と期待が混在する現状にあるが、肝心の学生の実態を踏まえないまま、議論が先行している。日本では、大学生のChatGPT使用状況に関する全国的な学術調査データが見当たらない。また、海外の先行研究では、文章力や批判的思考力・創造性等への悪影響も論じられているが、特段のエビデンス(科学的根拠)に基づいておらず、学生が自らの能力形成への影響をどう認識しているかのデータも見当たらなかった。このような現状は、学生の学業不正、学生の批判的思考等への影響、学生の学習支援への活用などについて、当事者であるはずの学生不在のまま、大学や教員の側の思い込みで論じているようなものである。
このような問題意識に基づき、筆者は4人の研究チームを組織し、大学生(学部生)のChatGPT利用状況及び利用に関する学生自身の認識について実証的な把握を試み、その分析・考察を通じ、大学教育におけるChatGPTの取扱いに関する今後の議論に供し得る知見を得るため、調査を企画・実施した。
調査の方法
調査は、全国の大学の学士課程の学生を対象として、インターネット調査サービスを活用し、アンケート形式のWebフォームに非同期で回答してもらう方法で実施した。そもそもChatGPT利用率が不明な中、利用者の行動及び認識を探るための様々な設問の回答データを統計分析に堪え得るものとするのに十分なサンプルサイズを4000人と仮定し、調査は回答数が4000件となった時点で回答受付を締め切る設定とした。調査期間は2023年5月24日から6月2日までであった。
調査結果その1:大学生のChatGPT利用率は4割
ChatGPTの認知・使用率は、図のようになった。
ここで、「使った」「知っている」「知らない」は、それぞれ(ChatGPTを)「知っていて、使ったことがある」「知っているが、使ったことはない」「知らない」の回答を表す。ChatGPTを知っている学生の割合(認知率)は、「使った」「知っている」を合わせ回答者全体の89.8%であり、ChatGPTを使ったことがある学生の割合(使用率)は、同じく回答者全体の32.4%であった。性別では、認知率・使用率ともに、男性が女性よりも高い。学年による違いは見られなかった。専攻分野別では、理工農領域は認知率・使用率ともに全体より高く、医歯薬看領域が全体より低かった。回答者全体の性別分布が学校基本調査(文部科学省 2022)における大学生の性別分布と一致するものとして推計(ウェイトバック集計)すると、全体の認知率、使用率は、それぞれ93.1%、40.2%となった。すなわち、本調査の実施時点では、大学生の9割以上がChatGPTを認知し、約4割がChatGPTを使用していたと推測される結果となった。
調査結果その2:レポート等でのChatGPT利用率は概ね15%
大学の授業科目のレポートその他の提出物(予習・復習の提出物を含む)の作成のためにChatGPTを使ったことがある者の割合は、ChatGPT利用者のうちの43.2%であったが、大学生全体(ChatGPT未利用者を含む)を分母とすれば14.0%となった。やはり男女差はあり、男子学生の22・7%、女子学生の10.3%であった。サンプルに女子が多いこと等を考慮すれば、大学生全体の概ね15%程度と言える。
なお、レポート等での使用のほか、日常学習での使用その他の用途での使用を含め、ChatGPTを使ったことがある大学生の用途ごとの状況を整理すると、表のようになった。
調査結果その3:レポート等での利用者の圧倒的多数は、適切に使い、能力にプラスと評価
レポート等での利用者の92%が、内容が正しいかどうかを確認し、必要に応じ修正したと回答している。また、85%が、文章等を書きかえたり、新たな文章等を書き加えたりすることによって、自分のアイデアを活かしたと回答している。すなわち、レポート等での利用者の9割前後は、批判的思考や創造性を阻害しない使い方をしたと認識していたのである。
ChatGPTをレポート等で利用することが自身の能力形成にどう影響するかについても、肯定的な答えが大多数を占めた。すなわち、レポート等での利用者の77%が自分の文章力の向上にプラスだと思うと回答し、71%が自分の思考力の向上にプラスだと思うと回答したのである。
なお、在学する大学の入学難易度や学年は、このような使い方や能力への影響評価と殆ど相関しなかった
結果の考察
以上の結果からは、一般に論じられていた能力への悪影響や、不適切利用の蔓延といった懸念は,実際にChatGPTを利用した大学生の認識の上では当てはまらなかった。ChatGPTをレポート等に利用していた大学生は、自由記述の記載において、有効性と課題、課題へ対応するために必要な留意点等を具体的に評価しており、設問への回答においても、それと整合する形で、ChatGPTを批判的・創造的に利用し、文章力や思考力に対しても肯定的な効果があると回答した大学生が多かった。調査結果は、大学教育においてChatGPTをはじめとする生成AIを広く様々な場面で適切に導入し、学生がそれらを実際に主体的に使用することを通じて、その適切かつ有効な活用方法を学ぶことの重要性を示唆する。
ここで留意すべき点は、本調査におけるChatGPT活用者は,ロジャースのイノベーター理論におけるアーリーアダプター(早期導入者)であったと考えられ、このまま放っておいても適切・有効な活用方法が大学生の間で普及するとは限らないことである。換言すれば、大学側・教員側の教育における活用と学生の学習支援への姿勢が重要になる。
おわりに
本調査研究は、大学生によるChatGPTの使用に関し、主体的で適切・有効な活用の態様を見い出した。この結果は、教育・学習における生成AIの活用について、これからのテクノロジー社会に適応するためという視点のみならず、学習者の言語能力と思考力を鍛えられるツールとしての視点が重要であることを示唆している。
だが、このことは、成績評価等における大学側・教員側の対応の必要性を否定するものではない。大学のポリシーとともに、各教員による成績評価の工夫改善は、大学教育にとって大きな課題となっている。学業不正のインセンティブの芽を摘むことは、公正な評価を求める学生の多くも望んでいる。
本研究の知見は、教育・学習におけるChatGPTの利用に一定の制限を課す場合、その便益と損失を熟慮し、便益を最大化しながら損失を最小化する制限の在り方を設計する必要性を示唆する。使用法の基準や公平なルールの明示は、大学や学生を含む幅広いステークホルダーが享受する社会的便益を生む一方、主体的な使用を通じて適切な活用方法を学ぶ機会を奪うような制限の在り方となれば、学生の能力形成の損失及び人材育成面での社会的損失は大きいと言えよう。
【参考文献・資料】
大森不二雄・斉藤準・松葉龍一・喜多敏博(2023),「大学生のChatGPT利用状況と能力形成への影響の認識――批判的思考力・文章力等への影響を学生自身はどう認識しているか」,『クオリティ・エデュケーション』,第13巻,1-49頁,http://sfi-npo.net/ise/quality-education/no13-downloadfile-1.pdf.
大森不二雄・斉藤準・松葉龍一・喜多敏博(2023),「全国の大学生のChatGPT利用実態が初めて明らかに~大学生のChatGPT利用状況と能力形成への影響に関する調査結果(速報)~」,『DBERセンター』,https://dber.jp/chatgptsurvey/.