アルカディア学報
私立大学における監査
―内部監査の重要性について―
私学法の改正
2019年、2023年と矢継ぎ早に私立学校法が改正され、私立大学における理事会、評議員会の位置付けや監事の権限、選任方法までもが大きく変わった。これらの内容については各所において詳細に説明されているので、ここでは詳述しないが、2023年の改正の中で本稿に関連する項目について簡単に整理すると表―1のようになる。
筆者は監事に就任して1年あまりの新米監事であるが、日頃の監査業務の中で特に感じているのが、表―1の最下行に記載した内部統制システムを効果的に運用することの重要性である。
内部統制システムとは、学校法人を適切に運営するための様々な学内組織や制度の総称と言えるが、監査に関してその重要な役割を担うのが内部監査部門である。筆者が勤務する千葉工業大学(以下、本学)では、理事長直属の部署として監査室を設置し、室長を含め専任職員2人、パートタイム職員1人を配置して、監査業務の重要な一翼を担っている。
内部監査の重要性
もとより私立大学にはそれぞれ設置の趣旨があり、建学の精神がある。私立大学の経営陣はこの建学の精神に基づいた具体的な達成目標を定め、教職員一丸となって目標に向かい邁進するのが理想である。大学は非営利組織であるからこそ、経営陣はこの全員一丸となって達成すべき具体的かつシンプルな目標を、組織構成員の末端にまで浸透させなければならない。努力の成果が数字で明確に表れる営利企業とは異なり、構成員のモチベーションを維持し、組織の発展を図るには、この構成員の一体感、目標達成への推進力が何より重要なのは言うまでもない。
ここで内部監査部門に求められる役割としては、役員、教員、職員、ときには学生も含め、組織として一体感を持って同じ目標に向かっているか否かを、日常的な監査業務を通じて把握することであろう。一般的に大学における監事による監査の内容としては、業務監査、財産監査、理事の業務執行監査など、不正や不祥事を未然に防ぐ、あるいは早期に発見するための監査が最低限求められるが、更に一歩踏み込んで、組織全体が同じ目標に向かって健全に努力していることを客観的、俯瞰的に把握する必要がある。内部監査部門が内側から組織全体を鼓舞する姿勢をもって監査業務を行うことで、組織の健全性の維持に貢献できるとともに、監事の監査を側面から支えることができる。
本学の内部監査
本学の監査室では「自己管理型点検評価チェックシステム」を構築し、毎年2回全教職員を対象にWEB上でのアンケート調査を実施している。教員向けの調査項目は、研究費の執行・管理、ハラスメント、教育関係、その他個人情報保護など多方面にわたり20問ほどの質問項目があるが、その中には「学生対応について新たな知識の修得に努めているか」、「FD関係の講習会に参加したか」といった質問も含まれている。常に学生目線であることを最も重視する本学にとっては、欠かせないチェック項目である。また自由記述欄に大学への意見や提案などを自由に記載できるため、これが新たな気付きや、問題点の発見につながることもある。
事務局向けのアンケート調査は、部署ごとに回答する項目、全ての部署が回答する項目など、合計すると100あまりの項目に及んでいる。ここではそれぞれの部門長が各項目に対する点検評価を行うほか、問題点があればその内容を具体的に記載する。アンケート項目は毎年見直しを行い、常に最新の問題点が把握できるように工夫されている。
忙しい業務の合間に年2回のアンケート調査に回答するのはかなり煩雑と思われるが、ほぼ全ての教職員から回答を得ている。事務職については、部門ごとに部門長が取りまとめて、業務の一環として定められた期限内に確実に実施できるが、特に教員については、ともするとやらされ感が生じがちである。重要なのは自己点検を次の改善につなげるという高い意識を持ち、教職員自らが自主的に自己点検・評価のサイクルを続けることである。
このような作業の意義を学内に説明し、理解を得て円滑に進めるのが内部監査部門の役割でもある。内部監査部門が組織の一員として、内側から組織の改善を慫慂するような継続的なモニタリングを行うことは、リスクの早期発見のみならず、大学の健全な発展を促すために必要不可欠なのである。
三様監査とは
監事による監査、会計監査人による監査、内部監査部門による内部監査を併せて、三様監査と呼ぶ。表―1に示したとおり、大臣所轄学校法人等は今回の私学法改正により会計監査人の設置及び内部統制システムの整備が義務付けられているので、学校法人の監査形態はこの三様監査が主流になると思われる。
また、今回の私学法改正以前にも、文科省は2021年に「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン」を改正しているが、改正にあたって不正防止対策強化の3本柱のひとつとして「不正防止システムの強化」をあげ、監事・会計監査人・内部監査部門の連携を強化し、不正防止システムのチェック機能を強化することとしている。ここでも既に三様監査の重要性が指摘されているのである。
会計監査人による客観的な会計監査、財産監査はもちろん不可欠なものであるが、数字だけでは組織の強さを計ることはできない。組織内の一体感といった数字で表せない空気感、勢いのようなものは、組織の内側で日常的に業務監査を行っている内部監査部門でなければ感じ取ることはできず、こういった要素も監査においては大きな意味を持ってくる。独立した客観的な立場で監査の公正性を担保する会計監査人と、組織の内側から評価する内部監査部門、それに監事を含めた三者のコミュニケーションを密にすることで、コンプライアンスの推進を図ることが可能となる。
コンプライアンスという言葉が一般的にそのままカタカナで使用されているのは、日本語に適当な訳語が無いためと言われている。和訳として「法令遵守」という言葉があてられることが多いが、法令を守ることだけがコンプライアンスではなく、それ以上の倫理的な実践も含まれ、企業ではSDGsへの取り組みなども機関投資家による企業評価の対象とされている。教育・研究を通じて社会に貢献することが求められている大学に於いては、不正や不祥事の防止にとどまらず、大学が社会にどのように貢献しているのかを具体的に把握し、社会に明示するのがコンプライアンスの実現であり、そのためには三様監査を有効に機能させる必要がある。
おわりに
大学のガバナンス改革が繰り返し求められている昨今ではあるが、どのように法律やシステムを改変したとしても、それを活かすのは結局は人である。監査に係わる制度も今回の法改正で大きく変更されるが、これまでと同様、様々な立場の人と人とのコミュニケーションによってガバナンスも強化され、監査の透明性、公正性も保たれると考えている。
社会は常に激しく変化する流れの中にあり、大学も社会とともに変革を続けなければならない。変革を続ける社会に対して大学はしっかりと貢献できているか、監査を通じて今後も様々なステークホルダーに向けて大学の健全性を明示できるよう心がけたい。