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アルカディア学報

No.771

大学の社会的役割と評価
―国民意識調査から見えてくること―

研究員 福井文威(鎌倉女子大学学術研究所教授)

 近年、大学の活動は、高等教育政策のみならず、科学技術イノベーション政策、産業政策、社会保障政策、地域政策といった政策目的と関連づけられ、一部では大学の社会経済的インパクトを評価しようとする動きも見られる。伝統的には、大学の経済的インパクトは、①教育を通じた人と社会への便益、②研究によるイノベーションの創出、③大学がその地域に立地することによる消費活動や雇用の経済的効果といった3つが想定され、米国や英国の大学では、それらを定量的に計測するという試みがなされてきた。日本においても、教育の収益率に関する研究の蓄積により、偏差値レベルに拘わらず大学への進学がプラスの投資効果があることが指摘されている※1。ただ、こうした客観的指標による大学の経済的インパクトが必ずしも社会的に認知されているとは言い難い。したがって、このような客観的評価に関する分析を蓄積すると同時に、各国の国民が大学に対してどのような眼差しを向けているのか把握することもまた政策立案や個々の大学の経営判断にとって重要な視点であろう。

米国・英国における大学に対する国民意識調査

 日本ではあまり紹介されることが少ないが、大学に対する国民意識を把握しようとするプロジェクトが米国や英国で進行している。例えば、米国ではピュー・リサーチ・センターというシンクタンクが大学に対する世論調査を経年的に実施してきたし、民間調査会社ギャラップによる世論調査においても大学に対する国民の信頼度が経年的に調査されてきた。また、より詳細に大学の社会的便益や私的便益に対するアメリカ国民の意識を把握しようとする調査研究が、2017年と2023年にコロンビア大学ティーチャーズカレッジによって実施された。英国においても2021年以降、University Partnership Program Foundation(UPP Foundation)という財団によって、大学に対する国民の意識調査が行われているといった状況にある。
 これらの調査の背景にあるのは、知識基盤社会の進展に伴い、大学で創出された知をアカデミアの中にとどめるのではなく、経済的、社会的、公共的価値の創造に結びつけることが求められてきたことに加え、その源泉となる大学の教育研究活動を政府や社会が財政的にどのように支えていくかという問題関心である。
 事実、これらのプロジェクトは、米国や英国の大学が置かれている社会的文脈を理解する上で、興味深い情報を提供してくれる。これによれば、米国や英国の社会において大学の教育研究活動の重要性は社会的に根強く支持されているものの、大学に対する信頼度は近年低下傾向にある。
 例えば、コロンビア大学の調査によれば、大学が米国社会の学術の進歩に貢献していると考えている者は81%を超え、大学で学んだ人の経済的な豊さや成功に貢献していると回答している者は71%いる。また、UPPの調査においても、英国で大学が研究やイノベーションの創出に重要であると捉えている者は77%おり、個々人の成長にとって大学が重要と考えている者は68%いることが報告されている。他方で、ピュー・リサーチ・センターの調査によると、米国の大学が社会にポジティブな影響を与えていると捉えているアメリカ国民は、2015年には63%いたものの、2024年の調査では53%と低下している。特に、2017年以降の調査において共和党支持者からの大学への評価が急落し、2024年の調査では、民主党支持者の74%が大学は社会にポジティブな影響を与えていると回答しているのに対し、共和党支持者のその値は31%にまで低下している。英国は、長期的な傾向を把握するためのデータがまだ十分蓄積されていないが、2022年の調査において、大学がイギリス経済にとって重要だと考える人が減少し、5人に1人が大学の学位は時間の無駄と考えている。
 大学改革のモデルとして、しばしば参考にされるべき規範として紹介される米国や英国も、さまざまなジレンマを抱えながら、その時代の社会情勢を踏まえた新たな大学像の構想を模索していることは注目しておいてよい。

日本社会における大学に対する国民意識

 さて、日本社会おける大学への国民意識はどのようなものであろうか。今回、2022年に筆者が日本人の成人男女(学生を除く)5053人を対象に実施した調査結果を紹介したい※2。
 まず、先のコロンビア大学の調査と同様、大学の社会的便益や私的便益に対する評価を尋ねたところ、大学が日本社会に寄与する学術の進歩に貢献していると回答した者は全体の57%、日本の繁栄と発展に貢献しているとする回答者が53%、大学で学んだ人の経済的な豊かさや成功に貢献していると回答している者は48%という結果が得られた。米国の調査結果ほどは高くはないものの、約半数程度の回答者が大学の公共財・私的財としての役割を評価していることを看取することができる。
 次に、高等教育財政に関する質問として、大学・大学院に対して政府からの教育支出を増やすことへの賛否を尋ねたところ、増やした方がよいとする回答者は全体の46%、現在のままと回答した者が44%、政府からの支出を減らした方がよいと回答したものは10%にとどまった。2023年に実施された米国の調査によれば、増やした方がよいが39%、現在のままと回答した者が39%、減らした方がよいが22%となっており、高騰する授業料が一部で社会問題となっている米国と比較して、大学・大学院への政府からの教育支出に関する国民意識は日本の方がより寛容と見ることもできよう。
 しばしば、日本では高齢化社会に伴う世代間の政治的影響力の差が教育費拡充に対する政策的合意の障害となっていると指摘されることがある。確かに、自身の生活に関連する事柄以外への政府支出には反対の姿勢をとるという前提に立てば、高齢世代の教育費支出に対する反応は否定的なものになると予想されるところであるが、世代別に大学教育への公的支出に対する意識を集計したところ、増やした方がよいと回答した者の割合は、20代が47%、30代が40%、40代が44%、50代が43%、60代以上が50%と、意外に大学教育への公的支出への肯定的態度が高齢世代ほど低下するという傾向は確認できなかった。高齢者は教育費支出を歓迎しないという言説を強調することが、かえって行政当局や政治家の判断を歪める可能性もあり、この点はより慎重に考える必要があるだろう。
 無論、国民意識調査というものは、ある一時点の様子をスナップショット的に捉えたものでしかない。世論というものは移ろいやすく、一つの社会的事件により大きく変化してしまうし、サンプリング方法、調査票のワーディング一つで結果は大きく変動してしまう脆さもある。特に国際比較調査は、アンケートそのものへの回答傾向が各国の国民性によって異なることも指摘され、その厳密な比較は難しい。
 こうした課題があることを認識しながらも、メディアの発達に伴い、極端な言説が注目を浴びやすく、そして拡散されやすい現代においてこそ、社会全体として、大学の国民意識がどのような状態にあるのか、国際的な動向を把握するとともに、その観測を継続し、後世の国民のための検証材料を遺していくことが必要であるだろう。
 
 ※1 島一則(2021)「大学ランク・学部別の大学教育投資収益率についての実証的研究:大学教育投資の失敗の可能性に着目して」『名古屋高等教育研究』21:167―183.
 ※2 本調査は、科学研究費助成事業『大学への寄付意識に関する日本的特質の解明』の一環として実施した。性別、年齢、地域を国勢調査の分布に合わせWeb調査で行った。