アルカディア学報
修学支援新制度による大学への影響
財務の影響と見直しの後の機関要件について
修学支援新制度について
修学支援新制度(以下、新制度)が2020年度から始まった。今年で開始から4年が経とうとしている。この制度によって、大学進学のための費用が軽減され、家庭の経済状況にかかわらず、大学進学できるチャンスを確保することができるというものである。
一見、新制度は、低所得層家庭に大学進学の機会を与える素晴らしい制度のように思える。しかし、新制度の対象大学になるための条件である「機関要件」が、経営の厳しい大学にとっては厳しい条件になっている。
著者は新制度の課題の中でも大学に与える財務的な影響について注目した。資金がなく、経営の厳しい大学にとっては、新制度はプラスにもマイナスにも影響を与えうる。
例えば、大学で独自の奨学金を設置していた場合、その支出分が新制度に置き換わり支出が減少するケースがある。しかし、修学支援新制度の授業料減免制度の対象から外れた学生に対して新たに大学独自の奨学金制度を設置した場合は支出が増加してしまう。また、機関要件から外れてしまった大学は奨学金制度を新たに自腹でやらなければいけない。
本稿では、著者の論文をもとに大学の新制度による大学財務への影響について論じていく。(橋本侑樹,2023,「修学支援新制度による私立大学への影響」『桜美林大学大学院提出修士学位論文』)
新制度による大学への財務の影響
分析対象校について、全国の私立大学を確認大学、確認大学の取り消しを受けた大学、未申請の大学、1年後に申請した大学の4グループに分けた。この4グループについて説明したい。
まず1つ目は、「確認大学」である。新制度の機関要件をクリアし、確認大学として認定を受けたグループである。文部科学省の令和4年8月31日の時点では国公私立の大学・短期大学全体の97.8%が確認大学となっている。(文部科学省,2022,「高等教育の修学支援新制度機関要件の確認(更新)申請・審査の概要」)
2つ目は、「確認取り消し大学」のグループである。このグループは一度確認大学になったのだが、機関要件をクリアすることができず、確認大学の認定を取り消されてしまった大学である。
3つ目は、「確認未申請大学」である。新制度の開始から現在まで確認大学に申請をしていない大学である。
最後の4つ目は、「一年後確認大学」である。このグループは新制度開始の2019年には申請せず、一年後の 2020年度以降に確認大学として認定された大学である。この中で、「確認大学」を除いた3つのグループを分析した。分析の詳細については著者の論文を参考されたい。
分析の結果、多くの大学の財務に影響はなかったがいくつかの大学においては影響があったといえる。教育研究費支出の減少がみられたのは、1年後確認大学の2校であり、事業報告書等で確認しても大学独自奨学金制度が新制度に置き換わっていた。また、取り消し大学の2校では新制度の代わりとなるような大学独自奨学金制度を新たに設置しており、教育研究費支出が微増していることが確認できた。したがって、新制度によって財務の影響があったことがわかった。
次に日本私立大学協会 私学高等教育研究所が実施した授業料と奨学金に関する現状調査「奨学金等に関する現状調査」データについて分析した。詳細な分析の結果については著者の論文を参照されたい。
分析の結果から、新制度は大学独自奨学金制度の総額や対象人数の減少につながったといえる。また、大学独自奨学財源で一番多いのが「同窓会・後援会等からの寄付金」で、その次に「個人からの寄付金」と「収支上の余裕資産」であることがわかった。入学者の増減と経済的理由による中退者増減でみると小規模大学において入学者数が増加し、中退者数が減少した効果があったことがわかった。
また、ニードベース奨学金の総額・対象者数増減と経済的理由による中退者では、経済的理由による中退者と奨学金の総額とも減少した大学が多いのがわかる。この結果から、独自の奨学金制度を新制度に移行させ、奨学費を減少させて支出を減らしている大学が一定数あることがわかった。
まとめと今後について
以上、新制度による大学財務の影響を中心に論じてきた。著者の論文の分析は制度が開始して数年での分析であることと消費税の増税、物価上昇、コロナ禍など様々な要因が加わっているため一概に影響があったとは言い切れないことを考慮しなくてはいけない。しかし、新制度によって予測をしていたほど大学の財務に大きな影響が無かったが、いくつかの大学には影響があったことが明らかになった。今回の分析から修学支援新制度によって財務的負担が軽減されることがわかったように、確認大学になることで一部の大学では財務的負担軽減になる。
また、確認大学から取り消されることでその支援を受け取れず、徐々に経営が厳しくなり、閉校してしまう可能性が考えられる。本来、学生支援は機関要件のような機関側に条件付けをする必要なく、学生全員が支援されるべきものである。しかし、修学支援新制度の機関要件を設けることで、経営状態の悪い大学を支援から対象外にし、経営状態の良い大学のみを残そうとする要件設定のように思われる。
経営状態の悪い大学を排除することで、果たして高等教育の質やサービスの向上になったといえるのであるか。そもそも経営状態の悪い大学には公的負担を増加し、財務的負担は国が支えていくべきではないのか。小規模大学でその地域の知の拠点であった大学がこのような制度によって生き残るべき大学が淘汰されてしまうのは、高等教育の将来性を欠いてしまうものではないのか。制度設計時に学生側の視点だけでなく、大学側の視点に立って制度設計されていないものだと感じざるをえない。
また、「高等教育の修学支援新制度の在り方検討会議」によって、新制度の見直しによる機関要件のさらなる厳格化が決定した。
分析対象にした大学で見直し案の機関要件にした場合に、機関要件をクリアするのかどうかを表1 にクリア表として示した。機関要件のクリアの部分でアミかけになっているところが、見直し案の機関要件によってクリアから外れる大学になる。今回分析対象にした大学でも7校が見直し案の機関要件によってクリアから外されてしまうことになる。
その結果、現在確認大学に認定されている大学でも新たな機関要件によって確認大学から外れてしまうことがわかった。このことから見直し後にさらに多くの大学が財務的な影響を受けることが予想される。
次に、修学支援新制度について情報公開の義務があるにも関わらず十分に公開している大学が少ない現状がある。情報公開については様々な議論があるが、情報公開は進めていくべきである。私立大学は国から補助金による支援を受けており、その点で私立大学は公共財としての機能が確立しているといえる。
しかし、私立大学は国や政府から独立している組織であることも指摘される点である。そのため、その大学の学生、保護者や研究者等の一部に限定して公開をしていくことが必要があり、情報をまとめたデータベースの作成も重要である。
今後、修学支援新制度が学生と大学にとってどのような影響を与えていくのか、注視していきたい。