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アルカディア学報

No.758

中小規模大学における留学生政策
現状の課題と今後の可能性について

福井就(学校法人大手前学園法人本部副本部長)

 現在、日本では少子化が進み学生募集で苦戦する大学が多い中、学生募集・大学経営の観点から見た留学生は、大学運営の将来に大きな影響を与える大変貴重な資源であり、留学生募集を推進することは、すべての高等教育機関(特に中小規模校)にとっての重要課題の1つである。
 その一方、留学生募集を推進していくうえで今後解決すべき問題も散見される。留学生募集における課題の1つとして、中国の一極(一国)集中があげられる。JASSOのデータによれば、日本の教育機関に在籍する中国人の留学生数は約10・3万人(2022年度)で、この数字は留学生全体の44・9%を占め、中国に大きく依存している状況であるといえる。受け入れる留学生を中国人に依存するリスクとして、オーストラリアにおける中国人留学生の事例を紹介したい。
 オーストラリアは世界的有数の留学生受け入れ国の1つであり、オーストラリアの国際教育は、自国経済に多額の外貨収入を生み出している。さらに、収入の内訳をみると中国人留学生からの収入は全収入の1/4以上を占めている。
 その一方で、現地の報道によると、COVID-19が世界的に流行し始めた2020年2月初旬から3月下旬にかけて、中国人留学生に対し反アジア、反中国的な差別があったことを指摘している。この様な状況に対して中国教育省は、人種差別のためにオーストラリアに留学することを慎重に検討するよう、8か月の間に2回、学生に指示をしている。さらに、中国の代理店は、オーストラリアへの留学を推奨せず、何千人もの学生を英国に誘導するとしていた。
 留学生を受け入れるオーストラリアにも課題がある。Human Rights Watchは、オーストラリア留学中の民主派中国人留学生たちが、中国政府に監視され、嫌がらせや脅迫を受けているにも関わらず、オーストラリアの大学は、留学生への教育は主要な収入源であることから、中国政府からの反発を恐れて、この問題を曖昧にしてきたと指摘をしている。
 日本も同様に、中国人留学生からの学納金収入等の経済効果は非常に大きく、一極(一国)集中を進めた場合、オーストラリアと同様のリスクが想定される。中国に限った話ではなく、ある事柄が引き金となって他国と日本との関係性が急激に悪化することも十分考えられる。今後、留学生獲得政策を進めるうえでは中国に限らず一国(一極)集中ではなく、多国籍かつ、学修への意欲の高い諸国からの受け入れがリスクヘッジとして望ましい。
 今後、日本が留学生募集を強化すべき有力候補の1つがベトナムである。現在、ベトナムからは中国に次いで3万7405人(2022年度)の留学生を受け入れており、日本留学への関心は非常に高い国の1つである。
 先行研究によると、ベトナムにおいて日本語の学習機会は増加している。ベトナムでは「2008年~2020年期国家教育システムにおける外国語教育・学習プロジェクト」が開始され、大学および職業訓練学校の卒業予定者全員の外国語運用能力を向上させることを目指しており、その中でも日本語教育に力を入れている。さらに、2013年に中等教育日本語教育試行段階が完了し、日本語教育が中等教育において完全に普及段階になり、2016年9月からは,小学校5校で日本語教育が第一外国語として学校教育に導入され初等教育から高等教育まで、日本語が学べる機会は拡大している。また、日本語学習機会の拡大も相まって、ベトナム人の日本語学習者数は全世界6位に位置している。
 また、ベトナムでは外国語学習の動機として若者層の失業問題が挙げられる。ベトナム国内の大学進学率の高まりに伴う大卒労働力供給の急増によって、20歳代前半を主体とする若年層の失業率は7%台の高水準となっている。この様な背景から、高給の獲得を目的に、比較的近隣の先進国・地域である台湾、日本、韓国などに向かう若年層が増加している。
 日本とベトナムの経済交流が拡大するにつれ、来日するベトナム人も増加傾向にある。これは近年、日本とベトナムの間で良好な関係が築かれているからであり、今後もベトナム人の日本語学習者は増え続けることが予想される。
 日本の留学生政策は、留学生30万人計画達成後、在留資格審査の厳格化やCOVID-19の影響によって、留学生数が激減したことを受けて、文部科学省は2022年7月「「高等教育を軸としたグローバル政策の方向性~コロナ禍で激減した学生交流の回復に向けて~」において「2027年を目途に激減した外国人留学生・日本人学生の留学を少なくともコロナ禍前の水準に回復。」と明確な指針を示している。さらに、2023年3月の「教育未来創造会議」においては、「留学生30万人計画」を抜本的に見直し、2033年までに、外国人留学生の受け入れを40万人に増やすことを目指すと、新たな計画の案が示された。この様な背景からも、2033年までは入国を目指す留学生にとっては追い風の状況となると予想されよう。
 日本では固定化された序列の中で大学選びが行われていることが指摘される中、ベトナムでの留学生募集は日本国内における大学知名度と現地での知名度は関係ないといった指摘や、海外では研究内容や個性で大学を選ぶことが珍しくないといったことが報告されている。海外からの留学希望者の場合、日本人とは異なる視点で大学選びをする可能性が高く、各校において留学生政策を再考することは中小規模大学にとって生き残りをかけた1つの指針となることは間違いないだろう。日本の将来を考えると、優秀なベトナム人が日本において働きやすい環境を整える事は必須であろうし、語学・文化習得の支援の側面からも、彼らが社会に出るまでの教育を担う高等教育機関の果たすべき役割は極めて大きい。
【引用文献】
Australia,Department of Education(2020).
Gailberger,J.(2021).
China's Ministry of Education has issued another warning to students wanting to study in Australia.THE AUSTRALIAN. February 6,2021.
Qi, GY.;Wang, S.;and Dai, C.(2020).
Chinese Students Abroad during the COVID Crisis:Challenges and Opportunities.
Global-E Journal13(65).
Bagshaw,E.;Hunter,F.;and Liu,S.(2020).,Chinese students will not go there,: Beijing education agents warn Australia.The Sydney Morning Herald.June 10,2020.
岡本輝彦(2022)「ベトナムの大学日本学科における日本語教育の現状と課題―ホンバン国際大学を中心に―」『中国学園紀要』Vol21、197-204ページ。
酒向浩二(2018)「ベトナムの若年層失業問題 給与水準の高い海外での就労を目指す」
タン・テイ・ミビン(2019)「ベトナムにおける日本語教育事情および日本留学の動向と課題」
『シリーズ 新しい日本語教育を考える』8巻、107-130ページ。
宮崎里司、ウォン・ティ・ビック・リエン(2019)「第11章 ベトナム 日本語教育の質向上に向けた対応に苦慮する―大留学生派遣国 1.ベトナムにおける日本語教育の現状」『持続可能な大学の留学生政策 アジア各地と連携した日本語教育に向けて』宮崎里司;春口淳一(編)、68-87ページ、明石書店。