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アルカディア学報

No.757

大学と金利を考える
大学経営と学生の視点から

研究員  川崎成一(名古屋産業大学教授/東京大学大学院教育学研究科教育学研究員)

 長い間、ゼロもしくはマイナスで推移してきた日本の金利に変化が生じつつある。多くの資金の貸し借りの基準となる長期金利は、2014年1月以来となる0.7%台をつけた(2023年9月11日)。これは近年のインフレを受けた、日銀の金融政策(日銀が国債を市場から買い入れることで金利を低く抑えてきた政策)の修正を受けたものであり、日本でも本格的な金利上昇の兆しがみえる(短期金利は△0.1%とするマイナス金利政策を継続)。そこで、本稿では、金利が大きな曲がり角を迎えつつあるいま、遠いようで近い関係にある、大学と金利との関係を次の視点から論じる。
 まずは、大学経営上の視点から、資金調達における金利を考えてみる。日本の私学は、もともと借入金が少なく、日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)を主な借入先とする大学が多い。私学事業団は、長期・低利・固定であることから、即座に現在の借入金に影響を及ぼす訳ではない。むしろ、金利の上昇局面では、その優位性が際立つ。しかし、市中金融機関等から変動金利で借入れを行っている場合には、注意が必要である。変動金利での借入金利は短期金利に連動しているケースが多く、今後、マイナス金利政策が解除されると金利は上昇基調となるであろう。現在の変動金利での借入金利には有利さが目立つが、金利は上がり始めると、その上昇スピードは思いのほか速いため、金利の動向には注視する必要がある。
 一方で、やや悩ましいのが資産運用である。大学における資産運用への関心は、金利低下とリスク管理の必要性と相俟って、特に2008年に起こったリーマン・ショック前後から急速に高まってきたように思われる。振り返ってみれば、日本の私学は、金利が低下するに連れて、かつては金利が相応にあった預貯金・公共債(国債・地方債・政府保証債)を出発点に、徐々に仕組預金や仕組債、社債・外債(ヘッジあり・なし)等の金利商品を中心に裾野を拡大してきた。そして、いまでは、オルタナティブ運用を始め、株式を組み入れたポートフォリオ運用へ舵を切る大学もみられる。しかし、金利がこのまま上昇を続けた場合、日本の大学の資産運用は先祖返りをみせるのであろうか。金利が上昇する過程においては、債券価格が下落し、債券の時価評価額が貸借対照表計上額を下回るケースも出てくるかもしれない(ただし、通常は、満期保有目的の債券であることが多く、また貸借対照表計上額に対して著しく時価が下落するような減損処理を伴うものでなければ、財務上の問題が生じることはないように思われる)。
 しかし、ある程度金利が上昇し、相応の利回り水準が確保できる段階になれば、無理に運用リスクを上げずに、かつてのような金利商品を中心とした運用に回帰することも十分に考えられる。ただ、ここで忘れてならないことは、金利が上昇するということは、一般的に、景気の拡大インフレの経路を辿っていることが多いということである。
 インフレになるということは、資産の実質的な購買力が低下し、現在の購買力を将来に亘って維持することが困難となることを意味している。そうなれば、世代を越えた公平性の確保、すなわち、現在と将来の学生・教職員への、公平かつ安定的な財政的支援が担保できなくなる恐れが生じる。それを考えると、インフレに弱いといわれている預貯金や債券等を中心とした金利商品への、単なる先祖返りは必ずしも正しくないのかもしれない。もちろん、資産運用には、各大学の資産運用方針やリスク許容度など、様々な考え方、制約条件等があり、正解は一つとは限らない。だが、改めて、資産運用は何のために行うのか、資産運用収入を大学経営上の、短期的な、経常的な収入の一部として捉えるのか、それとも、中長期的な資産の購買力維持に求めるのか、このどちらに力点を置くのかを問い直すことが必要になるのである(もちろん、トレード・オフ関係にある両者を同時に満たすことが理想的であると思われる)。その意味で、この金利上昇は、自らの大学の資産運用の目的やその意義を改めて問い直す、一つの良い契機になるのではないかと思われる。
 次に、学生の視点からみた金利について考えてみる。まず一つは学費(授業料+諸経費)と金利の関係である。日本では、長期間に亘り、金利が低位安定していたことから、その関連性を捉えることはやや難しい。しかし、筆者が米国を例に1988~2022年までのデータ(Source:College Board , Annual Survey of Colleges.)をもとに金利と学費との関連性を分析したところ、米国金利(米国債10年物金利)と学費(公立2年制)の相関係数は0.54、同じく公立4年制で0.56、私立4年制で0.65となっており、相応に相関が見られる。同じことが、必ずしも日本で起こるとは限らないが、金利が上昇するような局面においてはインフレ懸念が高まり、それに連動するかたちで学費の上昇圧力が強まる可能性がある。
 しかし、実際に学費が上昇し、しかも金利が上昇した場合、大学進学の経済的メリットは得ることができるのであろうか。大学進学行動の分析としてよく知られている方法は、大学教育を学生の能力を高める投資活動とみなして考えるということである。
 つまり、日本では、大学進学の費用負担は、大学進学者本人ではなく、親がそれを負担するケースが多いが、子供を大学に進学させるメリットが得られないと、家計として大学進学の投資を手控えるということが考えられる。
 大学教育への投資決定に際しては、内部収益率法がよく使われるが、この内部収益率は教育投資の費用と収益の合計の現在価値を等しくする割引率であり、教育投資そのものに対する収益率といえる。家計にとって、これの意味するところは、教育投資収益率(内部収益率)>市場金利であれば教育投資の優位性が高まるが、反対であれば、その資金を使って資本市場で運用することが合理的であるということである。ちなみに、近年みられる論稿によれば、国立大学の内部収益率は8.6%、私立大学で6.4%(島 2017)、さらに、高偏差値ランク大学で9.1%、低偏差値ランク大学で4.0%となっており(いずれも平均値)、偏差値が相対的に下位に位置する大学においても、一定の教育投資効果が認められている(島 2021)。
 しかし、インフレが進行し学費が増加、市場金利が上昇するとどうなるのであろうか。理屈上、自己資金が不十分であっても、教育投資収益率が市場金利を相応に上回っていれば、教育投資資金を資本市場で借りて教育投資を行うことは経済的には合理的である。だが、現実の資本市場は不完全であり、一定の市場金利で自由に資金を借りることはできない。
 それゆえ、家計が資金調達をする場合には、市場金利にいくらかのプレミアム(スプレッド)を上乗せして借入れを行うのが現実であり、実際、ある市中金融機関では市場金利に1.225%または3.225%を上乗せしている。ということは、これまでの教育投資収益率と市場利子率の大小関係が逆転する、もしくは微妙な位置関係に変化する可能性がある(当然ながら、借入れをせずに大学に進学した場合においても、借入れに伴う費用がなくなるだけであり、同様の変化が生じるかもしれない)。
 ただし、教育投資の効果は金銭的な便益のみならず、大学生活で得られる心理的な効果等の非金銭的な便益もあり、これらも含めれば教育投資の効果を過小評価している可能性がある(さらに、インフレの進行等により、緩慢ではあるが将来の賃金(所得)も上昇する可能性がある)。
 その意味では、教育投資収益率と市場金利との大小関係が逆転したからといって、それだけで大学進学へのインセンティブが減退するとは考えにくい。
 このように、本稿では、一見、大学とは縁遠いと思われる金利を切り口に、大学と金利との関係を大学経営と学生という2つの視点から論じてみた。
 長期間、当たり前のように続いてきた「金利のない世界」から「金利のある世界」への変わり目として、金利の上昇が大学にどのようなインパクトを与えるのか、一度頭の体操をしておく必要があるように思われる。
 参考文献
 島一則,2017,「国立・私立大学別の教育投資収益率の計測」『大学経営政策研究』7:1-15.
 島一則,2021,「大学ランク・学部別の大学教育投資収益率についての実証的研究―大学教育投資の失敗の可能性に着目して―」『名古屋高等教育研究』21:167-183.