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アルカディア学報

No.744

大学関係者の意識
近年の大学受験状況を踏まえて

井尻裕之(岡山商科大学経済学部准教授)

〈近年の少子化についての整理〉

 日本経済はバブル崩壊以降、失われた20年とも呼ばれる長期経済停滞が続いており、近年では新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の蔓延に伴う世界的な経済活動の停滞、ロシアのウクライナ侵攻により未曽有の不安定な国際状況にさらされている。さらにはこれらに端を発した資源価格の高騰や円安によるコストプッシュ型のインフレにより、日本の企業の生産活動や家計の消費活動に対して、非常に大きな影響を及ぼしている。このような経済的、社会的に不安定な影響を受けてか、厚生労働省の「人口動態統計速報(令和4年12月分)」によると、日本の出生数は令和4年1月から12月までで80万人を下回り、79万9728人と過去最低の水準となった。また厚生労働省の「令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況」では、日本の合計特殊出生率は1.30と非常に低い値であり、今後より一層の少子化が進行することは目に見えていることであろう。さらに国立社会保障・人口問題研究所による「日本の将来推計人口(平成29年推計)」によると、2050年頃には総人口が1億人を割り込む推計結果も出ている。しかもこれは新型コロナウイルス感染症(COVID―19)が蔓延する前に推計されたものであり、現状を踏まえると早まることが予想できるだろう。
 少子化に伴う人口減少は、国内市場の縮小や労働力人口の減少をもたらし、日本経済の活力を低下させる。公益財団法人日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2022」によると、特に1人あたり労働生産性がOECD加盟国38か国中29位と示されている。労働生産性が他国と比べ、非常に低い水準である日本の人口減少は、なおさら経済に大きな影響を及ぼすことであろう。そして日本経済の活力低下に伴い、家計の消費活動も低迷し、子供1人あたりの家計負担が増加し、より一層の少子化に拍車がかかることも明白である。
 このような一層の少子化が現実的に進行し、今後の経済への顕著な影響が懸念される中、政府は1月4日に岸田首相の会見にて異次元の少子化対策に挑戦する旨を公表した。また、東京都の小池知事も昨年4月に子供政策連携室を新設し、チルドレンファーストの政策を掲げ、少子化対策の機運は高まってはきている。

〈少子化がもたらす大学経営への影響〉

 少子化の進行に伴い、政府による新たな政策が模索される中、少子化による大学経営に対する影響について整理してみよう。大学経営においては、入学者の確保が至上命題である。18歳人口は少子化によって、より一層の減少傾向に進むことは間違いないが、大学進学率や大学入学者数の推移についてはどうであろうか。実際に図に示しているように大学進学率は2021年までに54.9%と伸びてきており、また大学進学者数も伸びてきている。そのため、このまま大学進学率や大学進学者数が上昇トレンドを描く状況が続くことは大学における入学者数確保にとっては望ましい状況となるだろう。しかし、その一方で受け皿である大学の入学者定員も増加している。そのため、大学進学率がいかに上昇トレンドを描こうが、大学定員数と大学入学者数の差が小さくなってきていることからも今後の大学間での入学者確保競争は更なる激化となることは明白であろう。
 このような状況下で受験者動向や入学者確保に向けた大学の対応も変化してきている。文部科学省がとりまとめた「令和4年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」では、総合型選抜については国公私立大学のすべてが増加傾向にあり、学校推薦型選抜については公立大学と私立大学において増加傾向にあることがまとめられている。特に私立大学における総合型選抜と学校推薦型選抜をあわせた入学者は、令和4年度について私立大学の入学者数全体の57.4%、令和3年度は56.2%、令和2年度は56.5%を占める。私立大学を中心に総合型選抜と学校推薦型選抜の年内入試が主流となりつつあり、早い時期での入学者確保に動いていることが見て取れる。

〈大学関係者の意識変化を〉

 以上にあげた少子化による影響や受験者動向の変化について、あらためて大学関係者は状況の整理を行い、現状に対する認識を再度改めなければならないと考える。特にわれわれ大学教員の多くが受験生として入試を受けていた頃、筆記試験を主とした一般選抜を経験している教員が多いであろう。しかし、現状は先述したように筆記試験を通じた学力選抜にて合否判定を行う一般選抜を経て、入学する学生は減少し、総合型選抜や学校推薦型選抜を経て入学する学生が増加している。その際に一般選抜と、総合型選抜や学校推薦型選抜では入試で測る学生の資質は大きく異なる。そのため入学者の資質が異なってきているのであれば、従前のカリキュラムや教授方法、学生対応をはじめとした大学における教育サービスを少なからず入学者の資質にあわせて変化させていく必要はあるだろう。特に総合型選抜や学校推薦型選抜では、学生自身の積極性や主体性などを面接等で評価項目としている大学も多いだろう。そうであるのならば、それらに優れた学生に対して、例えばアクティブラーニングを多く取り入れた講義や演習をカリキュラム内に多く設け、資質をより伸ばすことが大学により一層求められると考える。
 また総合型選抜や学校推薦型選抜をはじめとした入試で、受験生個々に対する評価において、どれだけ資質を見極めることが大学側で現状できているであろうか。一般的にほとんどの大学では、多くの受験生を短期間の入試日程の中で短時間の接触を通じて評価を行っていかなければならない。総合型選抜や学校推薦型選抜での受験者数の増加に伴い、入学にあたっての資質を正しく見極めることは、より一層難しさが増してきていると考えられる。そのため総合型選抜や学校推薦型選抜での評価方法自体についても、より一層の検討を進めていく必要はあるだろう。現状として、受験生の多くは複数の大学を受験する。その場合、評価のために個々の大学が受験期間を延ばすような対応は難しいと考えられる。そのため、例えば受験に至るまでに学生自身がどのような生活を行い、どのような取り組みを行ってきたのかについて、目に見えるような評価(資格や課外活動、ボランティア等)を『多く』の大学でより一層、評価項目として重視されるようになれば、受験生にとってもその準備が行いやすく、大学にとっても評価材料が増えることにつながるとも考える。
 以上を踏まえて大学関係者は各々が今一度、状況を整理し、今後の来るべき近い未来(もしくは現在)に備えるためにも自戒とともにこの変化に対応していかなければならないことを意識する必要があると考える。