アルカディア学報
女性の活躍からダイバーシティへ
女性活躍を促進する動き
近年、女性の活躍促進を加速する動きが活発にみられる。2016年4月に施行された「女性活躍推進法」は、①女性の活躍に関する状況把握、課題分析、②①を踏まえた行動計画の策定、届出・周知、③女性の活躍に関する情報の公表を義務化した。2022年4月からはこれらの義務の対象が常時雇用する労働者101人以上の事業主に拡大、2022年7月からは「男女の賃金の差異」の情報公表が常用労働者301人以上の事業主に対して義務化された。また、育児・介護休業法は2021年6月に改正され、2022年4月から段階的に施行されている。
これらの他にも次世代育成支援対策推進法や男女共同参画社会基本法など、女性活躍支援は様々な政策によって重層的に取組まれている。しかし、世界経済フォーラムによる「ジェンダー・ギャップ指数2022」の順位は146カ国中116位と低く、明確に実感できるほどの変化はみられない。そこで、次世代を担う若者を育成し、社会を先導するという重要な役割を担っている大学、とりわけ日本の大学の約8割を占めている私立大学の職場はどのような状況にあるのかみてみる。
学校法人における女性活躍推進の取組み状況
四年制大学を設置している学校法人のホームページから、2022年9月30日現在で有効な女性活躍推進法に基づく行動計画のデータを収集した。女性活躍推進法には情報公開も義務の一つとされているが、罰則規定がないこともあってデータを収集できたのは、わずか189法人であった。行動計画は2年から5年までの範囲に区切って策定することが望ましいとされており、期間を5年間としている法人が最も多く全体の64%、次が4年間の18%であった。
行動計画には事業主の規模に応じて「①女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供」と「②職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備」の区分ごと、もしくはいずれかから、数値目標を1から2項目設定することとなっている。労働者に占める女性の割合、管理職に占める女性の割合、平均残業時間数、有給休暇取得率、育児休業取得率、平均継続勤務年数等が数値目標として多く設定されていた。育児休業については半数近くが男性の取得率であった。ここでは女性の管理職比率に注目してみる。女性の管理職比率の現状値と目標値注)の分布は図1のとおりで、それぞれの平均値は現状値(n=129)が26.6%、目標値(n=160)が30.6%であった。女性活躍の情報を公開している法人は、公開していない法人よりも積極的に女性活躍推進に取り組んでいる可能性が高いというバイヤスはあるものの、厚生労働省による「教育、学習支援業」の平均値20.7%と比較すると、四年制大学を有する法人の女性管理職比率は相対的に高いといえよう。
女性管理職比率の現状値と目標値の差(n=105)の全体平均値は5.8%で、5~9%の法人が最も多かった。大学の専任職員数(医療系職員を除く)による規模別でみた場合、規模の小さい法人ほど女性管理職比率が高い、女子大学を有する学校法人は女性管理職比率が高いという傾向がみられた。
基盤づくりが中心
図2は学校法人の行動計画で女性管理職比率向上のための取組として挙げられていたものを分類し、目標達成のプロセスに沿って示している。最も件数が多かった取組は研修であった。研修は、女性対象と管理職対象の2種類に分けられる。前者は、管理職になるためのマネジメントやリーダーシップといった研修、ロールモデルとの交流などである。後者は公正な評価や育成、ダイバーシティの意識を醸成するといった内容であった。
意外に少なかったのは昇進基準や人事評価制度を見直すことや、新しい基準・制度を導入することであった。
単なる数字合わせではなく男女共に公正な評価をした上での積極的な登用でなければ、現場の不満は解消されないばかりか、今とは異なる歪みが生じてしまう。女性登用に直接的に関わることよりも、まずは組織風土や支援体制など、女性が活躍できる環境づくりが中心の計画となるのは理解できる。とはいえ、先述の現状値と目標値の差5・8%というのは、管理職者数が30~40人という法人であれば、女性管理職をたった1人か2人増やせば目標達成できる数値である。
厚生労働省のホームページには、女性活躍推進法に基づく行動計画策定について丁寧な説明があり、具体的なモデルを示した取組例も様々なパターンで示されていて、とてもわかりやすい。裏を返せば、何も考えず数字を入れ替えるだけで計画を策定できてしまうのである。学校法人の中にも紋切型の行動計画が散見された。学校法人には、ぜひ各々の組織の実情に合った行動計画を自身で策定し、本気で取組んでいただきたい。
ダイバーシティが大学の将来をつくる
大学の運営において女性活躍を推進する目的は、単に労働力不足を補うためだけではない。人口減少や競争激化など、大学経営は将来にわたって極めて厳しい環境にある。その一方で、教育の質保証をはじめ社会が大学に求めるものはますます増え、大学に向けられる目も厳しくなっている。今後さらに不確実性が高まる世界で大学が何よりも必要とするのは、新しい価値を生み出す力、すなわち多様性であろう。
ただし、性別や年齢、人種、国籍といった表面的な多様化だけを進めても意味がない。同じ情報しか持たず、同じ価値観、同じ能力の人ばかりであれば、そこから新しい価値やアイディアは生まれてこないだろう。女性であっても男性と同じように考え、同じように働くというのでは女性として活躍していることにはならない。一人ひとりの個性と能力が十分に発揮され活躍できる組織の構築は、学校法人にとって喫緊の課題である。
【注】
目標値は計画終了時の数値である。現状値も最新のデータを公開している学校法人もあれば、計画開始時の数値を掲載している法人もある。したがって、目標値、現状値とも特定の一時点での数値ではない。また、大学だけではなく設置校すべてを含む学校法人としての数値である。