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アルカディア学報

No.734

不確実性が高まる中での大学経営
ビジョン経営の重要性

研究員 鶴田弘樹(名城大学事務局次長・総合企画部事務部長)

環境変化への適応力

 コロナ禍を経験した現在、想定外の社会の変化に柔軟に適応していくことが、いかに組織運営にとって重要かを痛感したのではないだろうか。
 高等教育界は、これまでにも、学齢人口の減少といったクリティカルな問題から、グローバル化、DX、競合校との競争激化などの多くの経営ストレスに晒されてきた。学齢人口の推移以上に社会変化のスピードが加速しており、経営における不確実性は増していく一方である。社会が混迷を窮めるとき、多くの組織は中長期の視点を忘れ、見通しの立ちやすい目先の課題解決に気を取られがちになる。コロナ禍のような危機的状況を乗り切るためには、経営資源を一点に集中させて直近の課題処理を優先することも組織の存続においては重要である。しかし、コロナ禍が収束さえすれば、変化と不確実性のない平穏な時代が訪れるわけではない。非常時にこそ、中長期・短期の両面から今後訪れるべき環境変化にいかに立ち向い、そして組織を成長させていく条件と方向性を検証することが求められる。
 この際、重要となるのが将来のビジョン、つまりは目指すべき組織の将来像が明瞭に描かれており、これが重要事項を決定する際の構成員の判断基準になっているかどうかである。このコロナ禍において、中長期的な視点で課題に取り組めた大学は果たしてどれくらいあるのだろうか。本稿では、計画とビジョンの意義について、筆者が勤務する名城大学の事例を交えながら考えてみたい。

遠近両用の大学経営

 現在、大学に限らず、民間企業においても先行き不透明の中での経営戦略の策定、見直しについては頭を悩ませていることであろう。最近では様々な要素から複数のシナリオを描くシナリオプランニングの手法が用いられるケースが多い。高等教育機関においても複数のシナリオを用意しておくことは有効ではあるものの、まずは未来を想像しながらメインシナリオを中心に計画自体を柔軟に見直していくことが重要と考える。
 ここで、シナリオを描く上での「計画」の位置づけについて確認しておきたい。一般に、戦略計画策定にあたって、内部環境(強み、弱み)と外部環境(機会、脅威)の要素で分析する「SWOT」、市場・顧客、自社、競合の3つの視点で分析する「3C」、政治、経済、社会、技術の4つの観点からマクロ環境を分析する「PEST」等の分析手法を用いて現状分析を手始めに行うケースは多い。しかし、精度の高い分析ができたからといって、新たな戦略計画が生み出せるとは限らない。分析をもとに、組織の将来のビジョンを描くとともに、他大学ではなく自大学がなぜそのビジョンを目指す必要があるのかについて説明できなければならない。ビジョンは単に将来像を示すだけではなく、その組織の志であるとも言える。このビジョンの実現に向けて、現状とのギャップを埋めるための実行ツールとして位置づけられるのが「計画」である。過去の分析の延長線上に将来のビジョンは生み出せない。
 したがって、常に計画を進める意義に立ち返るべきであり、過去の一時点に策定された計画を自己目的化し、計画通りに遂行することだけに気をとられてはならない。学齢人口も安定し、社会の変化も緩やかで将来予測が可能な時代にあっては、いかに緻密な計画を策定するか、そして、いかにその計画を遂行するかで事足りた。しかし、不確実性と変化の時代では、計画ありきの思考では組織はたちまち機能不全に陥る。求められるのは社会の変化を敏感に察知した上で未来を想像し、計画自体を柔軟に見直す姿勢である。この見直す際に起点となるのはビジョンである。計画は、現状の強みとなる取り組みからの帰納的アプローチと、実現したいビジョンからのバックキャスティングによる演繹的アプローチとの融合によって策定され、検証されるべきである。たとえ単年度の取り組みであっても、常に中長期の視点を併せ持つべきである。計画の現在地をPDCAサイクルによって検証しても、短期の視点にのみに捉われていては、当初計画の改善レベルに留まってしまう。そこで、中長期の視点を持ちながら、既存の前提や枠組みを疑うことにより問題解決方法を探る「ダブルループ学習」を取り入れることで、計画自体の妥当性や代替案についての視点も加わり、よりスピード感をもってビジョンを実現していくことが可能となる。
 ただし、ビジョンが明確であっても構成員の行動に結びついていなければ用をなさない。経営トップがビジョン実現を推し進めようと息巻いても、ビジョンが構成員に浸透していないときに危機に見舞われれば、目の前の課題解決のみに追われ、環境変化に柔軟に対応できなくなる。特に教育機関では目に見える成果を出すまでにかなりの時間を要する。コロナ禍においてもビジョンの実現に向けた新規事業の種まきができなければ、数年後のポジショニングにも影響する。ビジョンを実現するという意識を組織文化として根づかせるためには相応の時間がかかる。組織の強み・弱みを把握した上で、理念に基づいて主体的に行動する組織を作り上げて、不確実性の高い時代を乗り越えていかなければならない。
 令和元年の私立学校法の改正により中期計画の策定が義務化されたものの、大学によってはビジョンと計画との関連性が曖昧で、計画が組織や個々人の業務レベルまで落とし込めていないケースも見受けられる。その場合、建学の精神やビジョンはお題目に留まり、その時々の文教政策や環境変化に振り回される可能性は高くなる。不確実性が高い状況にあるときこそ、組織のゴールとしてのビジョンを意識して取り組むことが求められる。

名城大学における中期事業計画策定の取り組み

 名城大学(以下「本学」という。)では、中期計画が義務化される前から中長期の視点による戦略経営を進めてきた。2003年には中長期の戦略プランの検討を開始し、MS-15(Meijo Strategy 2015)と通称する2015年までの戦略プランを策定して進めてきた。2015年には、このMS-15の後継として、開学100周年にあたる2026年を目標年とする戦略プラン「Meijo Strategy-2026」【通称:MS-26】を策定した。現在、このMS-26で掲げるビジョン「多様な経験を通して、学生が大きく羽ばたく学びのコミュニティを創り広げる」の実現に向けて様々な施策に取り組んでいる。共有する価値観として掲げられた「生涯学びを楽しむ」は、創設者の言葉を踏まえて現代的に解釈したものであり、本学の組織の強みとして広く構成員に認知されている。この「生涯学びを楽しむ」の主体は学生だけでなく、教職員も含まれている。詳細は省略するが、ビジョンの浸透に向け全学で各種事業を展開する等の工夫を行うことで、構成員の行動に結びつけている。戦略プラン自体の大きな特徴として、成果体系図を活用し、ビジョンの実現に向けて目的と手段の連鎖で表現されていることが挙げられる。平たく言えば、ビジョンを起点として学内すべての活動が位置づけられているのである。
 本学ではMS-26をもとに、全学レベルおよび部署レベルで単年度ごとの事業計画を策定しているが、これらは毎年度、戦略プランに照らして見直しを加えている。従前、これら見直しは、達成した事業の削除や進捗に合わせた目標値変更等の小規模なものであった。しかし、戦略プランの目標年2026年までの中間地点である2020年度ごろには、ICTの急速な進展や国際競争の激化などにより、プラン策定当時の未来予測と社会の実像の乖離が顕著になってきていた。これらを踏まえ、2020年9月から学内にWGを設置して2026年までの中期計画の再検討を加え、2021年4月から改定後の計画を始動させることにした。検討に際しては、目下の課題への対処に留めず、将来起こりうる変化にも耐えうるプランとなるよう留意した。従前の戦略プランの構造を崩さないことを見直しの大前提とし、ビジョンを実現するための手段の見直しや既存計画の洗練化に重点を置いた。具体的には、急速に進むデジタル化社会を見据え、新たな学びのコミュニティを創出するという観点からの学部新設、オンラインを活用した新たな教育プログラムの開発なども盛り込んだ。また、検討途中において新型コロナウイルス感染症の影響が出始めたこともあり、こうした要素も踏まえることとなった。
 本学が常に意識してきたことはビジョンの実現であり、重要視してきたことは遠近両用の視点である。確かにPDCAサイクルを回すことは重要ではあるが、これだけでは不十分だと考えている。まずP(プラン)は何を実現するための計画なのか。それは組織が目指すビジョンを実現するための計画でなければならない。当初のプランがうまく進まない場合、プランを改善することは良くあるが、ビジョンと照らし合わせた時に、プランそのものが適切なのかも検証すべきと考える。

最後に

 コロナ禍を経験し、改めて組織のビジョンの重要性を再認識することとなった。環境変化に対応して計画を見直したとしても、明瞭なビジョンが構成員に浸透していない限り、目先の短期的な課題解決に留まり、組織は存続できたとしても成長までは叶わない。人は不確実性が覆いつくすと、目先のことに逃げ込みがちであり、進むべき道を見失いかねない。そのようなときこそ、ビジョンから光を照らし、組織を導いていくことを意識すべきではないだろうか。
 未来の正確な予測は不可能だが、未来を想像しながら環境変化に柔軟に対応していくことは可能である。たとえ年度の途中であったとしても予算上の予備費等も持ちながら、計画を見直していくような柔軟さも求められる。
 不確実性の高さは、一方では競争優位を獲得するチャンスの大きさをも示している。構成員一人ひとりがビジョンの実現に向けて、失敗を怖れずいかにチャレンジを続けることができるかがコロナ禍後の高等教育機関の明暗を分けるであろう。