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アルカディア学報

No.732

2030年代に向けた大学入試

西郡大(佐賀大学教授)

2020年代における大学入試の幕開け

 社会的な関心を集めた2010年代の大学入試改革は、紆余曲折を経て2021年度入試を目前に、英語民間試験の活用や共通テストへの記述式導入が立て続けに見送られた。さらに、当該年度入試は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにも見舞われ、当時の大学進学希望者は、受難の高校3年生だったといえる。翌年の2022年度入試では、大学入学共通テストが前年度よりも難化し、大学入試センター試験時代も含めて7科目の平均点が過去最低となった。特に、「数学Ⅰ・A」では,平均点が前年度より約20点下がるなど、「数学ショック」なる言葉も聞かれた。さらに,前年度から続く新型コロナウイルス対策に加え、東大前での受験生刺傷事件、共通テストの試験問題流出事件、トンガの大規模火山噴火による津波の影響なども発生した。こうした2020年代の大学入試の幕開けは、きっと多くの人の記憶に残るはずである。この波乱の2年間に続く2023年度以降の大学入試は、どのような未来予想図が描けるのだろうか。 

18歳人口が100万人を切る時代を間近にして

 わが国の18歳人口は、1992年の205万人から減少し続け、あと10年ほどで100万人を切る時代に突入した。日本私立学校振興・共済事業団がまとめた2021年度の入学志願動向調査によると、定員割れとなった大学は93校増加して277校となり、大学全体に占める未充足校の割合は15.4ポイント上昇して46.4%になったとされる。2016年度以降の私立大学の入学定員の厳格化により、一部の大学で入学難易度の急激な上昇などがみられたものの、2023年度入試以降は、その基準も緩和されることになり、学生獲得に関する状況は厳しさを増すだろう。筆者は国立大学に所属しており、福岡県という九州の大都市にも隣接していることから、志願者の確保という点では恵まれた環境にあった。しかし、この数年の入試結果を振り返ると、特に一般選抜において従来と比べて志願者が集まりにくくなっており、「とうとう始まったか」と18歳人口減少の加速を肌身で感じている。
 そんな折、『IDE 現代の高等教育』(No.643)に掲載された横山晋一郎氏の「取材ノートから」に、早稲田大学の田中愛治総長の「今の定員のままでは学生の質は落ちざるを得ない。海外から留学生を入れても厳しい。財務的手当てをしながら学生定員を徐々に減らすしかない。その時に東京大学や京都大学などのライバル校が現状定員を維持していたら、早稲田がいくら削減しても学生の質は下がってしまう」という言葉が紹介されていた。まさに,わが国のトップ大学でさえ18歳人口の減少がもたらす学生の質の低下と向き合わなければ、現在のステータスを保てないという危機感を感じさせるものである。最近の社会的風潮には、目に見える成果を大学に強く求める雰囲気がある。受け入れる学生の質の低下に伴い、社会へ輩出する学生の質の低下も進めば,高等教育機関としての存在意義を問われかねない。選抜性の高い低いに関わらず、すべての大学は2020年代を安穏とは過ごせないはずである。

年内入試への募集人員移行は進むか

 学生の質の担保や定員充足を何とかしようとする場合、2月以降の一般選抜よりも年内に実施される総合型選抜や学校推薦型選抜を重視することが一般的な入試戦略と言える。私立大学の一般選抜入学者の割合の変化(2000年の60.1%から2020年の43.3%への減少)からも理解できるだろう。こうした戦略は、安定的に志願者を確保してきた国公立大学にも当てはまる。学力の3要素の多面的・総合的評価の手法として、総合型選抜や学校推薦型選抜を工夫する動きもあるだろうが、一般選抜の競争率や難易度を維持するために一般選抜の募集人員を移行する大学も出てくるだろう。
 また、コロナ禍の影響もあり、一般選抜が実施されるか不安を感じる受験生にとって、「年内入試で手堅く進学先を決めておきたい」という安全志向もあり、一般選抜シーズンまでに受験生が減少するという状況が生じている。こうした動きも年内入試への募集人員移行を後押しするかもしれない。
 ちなみに、2020年度の国公立大学の全募集人員は、国立大学が9万5302人、公立大学が3万1806人であり、一般選抜の入学者は前者が83%、後者が71%であった。仮に、国公立大学の全募集人員の1%を年内入試の募集に動かせば,前者で約950人、後者で約318人となる。つまり、多くの国公立大学が一般選抜から募集人員を数パーセント年内入試へ移行するだけで、相当な募集人員数の移行となり志願動向へ与える影響は決して小さくない。さて、国公立大学はどのような入試戦略を描いていくのだろうか。年内入試の動向を注視したい。

新学習指導要領と大学入試

 戦後最大の改革と言われる学習指導要領の改訂が行われ、2022年度4月の高等学校入学者より適用される。彼らが受験する2025年度入試に向けて各大学は対応を迫られているだろう。筆者は、入試の観点からみて2点の関心事がある。1つ目の関心は、大学入学共通テストで新設される「情報」の取り扱いである。大学教育においては,文部科学省が認定する「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」に選定される大学が増加するなど,学問分野を問わず高等教育の新たなリテラシーとしてデータサイエンスやAIに関する教育プログラムを充実させる大学は多い。厳しい学生獲得競争を強いられる中で、各大学が「情報」を入試にどのように位置づけるかは興味深い点である。
 一方、国立大学協会は,大学入学共通テストの利用を原則として6教科8科目に改め、「情報」を課すことを必須化した。「情報」以外の科目でも学習内容が増えるため、受験生にとっては大きな負担となる。18歳人口の減少によって全体的な受験競争圧力が弱まるなかで、受験生が学ぶべき各教科・科目の学習内容の定着は大丈夫だろうか。選抜性の低下を懸念する地方国立大学の立場としては、入学してくる学生の学びの密度が低下しないように工夫が必要だと考えている。
 もう1つの関心は、探究型学習に代表される高大接続を意識した学力観に基づく入試だ。最近では,内閣府科学技術・イノベーション推進事務局と文部科学省によって『探究力評価への挑戦』(2022年4月)という報告書がまとめられ、入試における探究力評価が注目されている。高等学校において探究活動が積極的に展開されることになれば,その活動を大学が支援するという目的で高大連携が成立しやすくなる。そして、その延長上に入試を位置づけることで志願者層形成と入試をセットにした制度設計が大学にとって可能だ。前述のように国公立を含め年内入試に募集人員を移行する大学は増える可能性がある。
 新学習指導要領の方向性を理解し、その流れをつかむことが入試戦略の鍵の1つとなるかもしれない。
 18歳人口が100万人を下回る2030年代から「今」を振り返ったとき何が見えるだろうか。もしかしたら、100万人を下回る程度であれば何も影響がないのかもしれないし、これまで経験したことがない深刻な学生確保の問題が生じるかもしれない。
 いずれにしても、2010年代に行われた政策主導の入試改革ではなく、大学の問題意識を起点にした入試改革が行われるべきである。各大学の入試改革がじわじわと積み重なれば、2030年代に改めて振り返ったとき、意外と大きな変化が見られた10年間であったと、私たちは気づくことになるかもしれない。