アルカディア学報
米国の「地域アクレディテーション」をめぐる政策
―トランプ政権の置き土産―
●小さな大事件
米国の高等教育機関の適格認定には大きく分けて地域アクレディテーション、全国アクレディテーション、専門アクレディテーションの3種類があります。このうち地域アクレディテーションと全国アクレディテーションが機関単位の適格性を認定するもので、専門アクレディテーションは分野別に課程や科目などの適格性を認定します。地域アクレディテーションは独立前のニューイングランドに始まって、開拓に沿って南へ、西へと広がっていったため、時宜に応じて「地域」が形成され、地域ごとにアクレディテーション団体が生まれました。いま地域の数は6つです。高等教育機関は本部の存在する州をカバーする地域アクレディテーション団体に適格認定されることによってまっとうな高等教育機関としてみなされ、また学生の連邦奨学金の受給資格も発生します......、というようなことを、米国の適格認定制度の概要として説明する機会はこれまで何度もあり、この先もこのような説明をしていくのだと思っていた。2020年7月、それがそうではなくなった。地域アクレディテーションの「地域」の枠が破られたのである。トランプ政権の置き土産だった。
デヴォス長官率いるトランプ政権下の連邦教育省による高等教育政策の改革の中に、地域アクレディテーションの地域分けに手を付けるという試みがあった。地域の大きな組みなおしなどは起きなかったが、連邦規則の改定により、地域アクレディテーション団体は連邦政府の認可を受けることなく、認定を行う機関の所在する州を広げることができるとされた(連邦によるアクレディテーション団体の認可は連邦奨学金の受給資格と連結している)。逆に言うと、高等教育機関の側では所在地の州を所轄する団体以外の地域アクレディテーション団体に適格認定を受けることによっても、学生の連邦奨学金の受給資格を担保することができるようになったというわけである。1924年にカリフォルニア州とハワイ州を所轄する西部協会が成立してから約100年間、不動だったといってもよい「本部キャンパスの所在する州を所轄する団体から地域アクレディテーションを受ける」という原則は、連邦規則の上では終焉した。その背景には、地域アクレディテーション団体間の競争を創出して、高等教育の質の向上を図るという政権の意図があったとされる。また、この規則の成立を以て、連邦は「地域アクレディテーション」や「全国アクレディテーション」といった語を用いることを停止し、これらを統一して「機関アクレディテーション」と呼ぶとされている。
●アクターたちの反応
この規則改正については、各地域の社会経済的背景に知悉した従来の地域アクレディテーション団体による適格認定の枠組みが好ましいという陣営と、全米を射程に入れた機関アクレディテーションの枠組みを拡大することによってイノベーションが生まれるなどの利点が多いとする陣営で議論があり、各団体の反応もさまざまであったことが知れる。地域アクレディテーション団体の連合組織であるC―RACは2019年10月に声明を出し、連邦規則改定案がどの州からの認定の申請を受けるかについての自律性を各団体に認めている点を評価し、おおむねの同意を表明している。これまでの各団体の適格認定業務を傍観してきた筆者としても、地域の枠が取り払われたからといって、いきなり互いを商売仇のように扱いだすとは思われない。団体においてもまた高等教育機関においても、今後しばらくは地域アクレディテーションの「地域」の認識は共有され続けると考えられる(したがって本稿ではこれ以降も「地域」の語を用いる)。
しかし、この規則改正を受けて、すでに他地域のアクレディテーション団体からの適格認定を受ける動きが出ていることは見逃せない。ニューヨーク州にある5つの高等教育機関が、所在地を所轄する中部協会ではなく、隣のニューイングランド協会からの適格認定を目指しているという報道がなされたのは2022年初頭であった。これまでニューヨーク州において例外的に可能であった州による適格認定を以て連邦奨学金の受給資格を確保していた機関が、州の方針変更により新たな適格認定先を見つける必要が生じたのである。これら5校のうちの1校は、ニューイングランド地域内に存在する他の高等教育機関との紐帯の強さを、隣の地域を選んだ理由として挙げている。対して申請を受けた側のニューイングランド協会の会長は、「この変革は我々が望んだものではなく前の政権が言い出したことだ」とし、また協会として他地域の機関を受け入れることを決めたのも遅かった、とあまり乗り気でなかった様子をにじませている(Inside Higher Ed,2022年3月21日)。ともあれ、これら5校は適格認定申請済みの機関としてニューイングランド協会のリストに掲載されている。
もっと趣きの異なる動きもある。フロリダ州では2022年4月に、州知事が、「フロリダの州立高等教育機関は、2期続けて同じアクレディテーション団体から適格認定を受けてはならない」という州法に署名をした。実質的に、州内の既存のすべての高等教育機関が、「次の適格認定」を従来の地域アクレディテーション団体である南部協会以外の協会に申請しなければならないということになる。
州議会議員のなかには「多様な団体の多様な視点で評価されることは大学の便益になる」と語る向きもあるが(Inside Higher Ed,2022年2月11日)、この法改定に対しては審議の段階から強い批判と懐疑論が寄せられていた。
考えられる背景は以下のとおりである。
2021年に、南部協会がフロリダ州立大学に関する2つの事案について疑念を呈し、適格認定基準の違反の可能性を示唆した。
事案のひとつはフロリダ州立大学(FSU)の学長人事で、南部協会は候補者の一人として全集議会下院議長が含まれていることを利益相反として問題視した。
もうひとつは、同じく南部協会が、参政権に関して州を訴えた裁判の原告側の専門家証人として、教員が証言することを州立フロリダ大学(UF)が禁じたことが、学問の自由・言論の自由に反すると指摘したことである。今回の州法改定は、少なくともこれら南部協会から州立大学への指摘に対する、州知事からのある種の意趣返しではないかという見方が強い。
意趣返しであるとすればこのような迅速な意趣返しもありうるのか、と、妙な感心すらしてしまうが、この法律に従うとフロリダの州立機関は少なくとも2つの地域アクレディテーション団体のメンバーシップを持って、サイクルをずらして適格認定を受けることになるのか、という疑念も生じる。すると毎年の会費も2団体分必要になるがその予算は州が保障するのだろうか。それとも1サイクル分のメンバーシップを次々と細切れで申請するのだろうか。その場合、地域アクレディテーション団体の側は「メンバー」とはそもそもどのようなものだったのか、考え直さなければならないのではないか。
トランプ政権による連邦規則の改定に始まる今回の動きは、小さな変化から大きな政争に繋がりうるものであり、かつ大学と政府と第三者評価機関の関係を改めて考え直す好機を提供するものである。その考察のためにも、事態の推移に注目したい。