アルカディア学報
「審議まとめ」実現の課題
―質保証システム部会に参加して
このほど、中央教育審議会大学分科会質保証システム部会より「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について(審議まとめ)」(令和4年3月18日)が出され、同月28日の大学分科会で了承された。質保証システム部会は「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(平成30年11月26日)で質保証システムの見直しについて指摘されたことを受け、その専門的な調査審議を行うことを目的に、令和2年7月より1年9か月にわたって14回の審議を重ねてきた。
筆者は、大学設置・学校法人審議会大学設置分科会の専門委員、特別委員として、大学等の設置認可審査や設置計画履行状況等調査(AC)に当たってきた経緯もあり、本部会発足時より部会およびその中の作業チームの臨時委員として審議に参加した。本紙では、筆者の所感も交えて、審議過程を踏まえたうえで「審議まとめ」の意義や今後の課題について述べたい。
国が関与する公的な質保証システムとは、主に「大学設置基準」「設置認可制度」「認証評価制度」「情報公表」を指す。第10期(令和2年度)は関係団体や有識者からのヒアリングを中心に質保証システムについての共通認識を深め、そこでの論点に基づき、第11期(令和3年度)に各制度を議論した。部会発足時はコロナ禍に見舞われ、大学が全面的にオンライン教育に移行した時期である。当初は、withコロナ・postコロナを見据えて、遠隔教育拡充のための単位数制限の見直し等に議論が流れがちであった。また時折、議論が錯綜したが、それは委員の間で前提とする大学像や目指すべき方向性にずれがあり、大学設置基準の捉え方などに食い違いがみられたことによる。グローバル化や競争的環境の中でより先進的で大胆な取組を行いたい大学にとっては現行の設置基準は足枷になる。かといって、あまりに規制を緩和すればそれが悪用され質の低い大学の参入や放置につながりかねない。そもそも、設置者、規模、分野、財政基盤等の多様な高等教育機関が存在する中で、一致点を見いだすのは容易でなかった。
こうした議論を集約した結果が、2つの検討方針(①学修者本位の大学教育の実現、②社会に開かれた質保証の実現)と4つの視座(①客観性の確保、②透明性の向上、③先導性・先進性の確保(柔軟性の向上)、④厳格性の担保)である。「審議まとめ」に述べられた「厳格性の要請」と「柔軟性の向上」が「時にトレードオフの関係となること」への留意は、先の議論とも重なり両立の難しさを示している。しかし、「審議まとめ」全体としては大学や国の責任を強く求めつつも、大学の自主的・自律的な取組を尊重した大学への前向きな応援メッセージとなっている。「質保証システムの見直し」というと、ともするとこれまでのシステムを厳格化するようだが、むしろその逆である。「審議まとめ」では現行の質保証システムを「一定程度機能している」と評価し、表題も「見直し」から「改善・充実」に変更された。大学設置基準を「抜本的に見直す」と述べたグランドデザイン答申よりも温和で現実的な内容にまとめられ、軟着陸したと受けとめている。
実際、今回の目玉の一つとなる「特例制度」はごく一部の卓越した取組だけを認めるのではなく、一定の要件を満たす、先導性のある意欲的な取組を広く奨励する方向で考えられている。認められれば、遠隔授業による修得単位上限、単位互換上限、授業科目の自ら開設の原則などの教育課程に関する規程等を緩和する措置である。また、これは全大学に関わることだが、大学設置基準を改正し、「専任教員」から「基幹教員」(仮称)に改め、常勤以外でも一定以上の授業科目を担当し教育課程の編成等に責任を負うのであれば、規定の範囲内で教員数の算定に含められるようにする。これによって、他機関・他部局の教員等も活用して、教育課程の充実を図ることも可能となる。さらに、定員管理については収容定員に基づく複数年度の算定とし、一定の条件を満たせば留年者を控除する等、成績管理の厳格化と両立させる。このように柔軟性をもたせつつ、厳格性を担保するために歯止めをかける策も検討されている。
前述の通り、遠隔授業については単位数の上限撤廃を求める声もあったが、「審議まとめ」ではガイドラインを整備して検討を続けるとの慎重な対応を示している。こうした遠隔授業の扱いなども含め、特例制度は将来的な大学設置基準の改善に資するように、各取組の効果検証を求める試験的な措置と位置づけられる。
大学設置基準の他、省令の改正や通知等に関する提言は、「審議まとめ」で確認いただきたいが、作業チームではそこまで多くの改正は必要ないとの判断であった。現行制度でもかなり柔軟に運用できる面はあり、今回、別添参考資料として「各大学の運用等で実施可能な取組例」を周知している。併せて参照されたい。
文部科学省は今年度中の改正を予定している。実現の際は、できるかぎり大学の現場への影響に配慮し、十分に実行可能性(フィージビリティ)のある制度設計を期待する。質の評価は容易ではない。とりわけ大学評価基準への追加が検討されている「学修成果の把握や評価」については研究途上の段階にあり、全てを把握・可視化できない限界があることは、「教学マネジメント指針」(令和2年1月22日)でも指摘されている。本部会の有識者の発表では、国内でも有数の先端的な学修成果の保証や質保証の取組が複数紹介された。そうした取組でさえ、社会からの理解を得ることは難しく、現場の苦労が絶えないことなどが聞かれた。質保証をめぐる現場での負担・疲弊は大学の教職員の問題にとどまらず、翻って学生に跳ね返ってくる。「学修者本位」と言いながら、評価ばかりに重きがおかれ、肝心の教育研究活動に支障が出るようであれば、それこそ本末転倒といえる。このことは制度設計する文部科学省だけでなく、その制度を運用する認証評価機関も同様で、細部にわたって過度に厳格な対応とならないことが重要である。「審議まとめ」でも、認証評価機関には「大学の自己改善のプロセスに伴走」する在り方が期待されている。
認証評価は適切に情報公表している大学には簡素化する方向だが、情報公表への要請自体は高まっている。「審議まとめ」では、「教学マネジメント指針」を踏まえて、学修成果・教育成果に関する情報の例等の一部について認証評価で確認することを求めている。本来、情報公表は大学の自主的・自律的な判断と責任で行い、積極的な公表が社会からの理解を得て奨励されることによって、さらに情報公表が促されるのが望ましい。「教学マネジメント指針」の情報もあくまで例示である。大学も認証評価機関もそれだけにとらわれず、各大学に応じた情報の収集と公表の仕方を認めていくことが必要ではないか。
筆者は大学ポートレートステークホルダー・ボード委員の経験から、受験生、保護者、高校、学生、企業、大学等、情報利用の目的が異なる多様な対象者に向けて、どのような情報をどのような手法、形式で公表したらよいか、それが一つの媒体で可能なのかと考えさせられてきた。情報の一覧化や比較は以前より求められているが、同時に、数値が独り歩きしてしまうことの危険性や安易なランキング化への懸念、情報の読み取り方への注意喚起なども指摘されている。今後、こうした情報公表に関する議論を深めていくためにも、実証的な研究成果の裏付けのもとに、その効果や問題点を検討することが重要と考える。