アルカディア学報
付随事業の可能性―高齢者施設の運営
桜美林大学の事例から
学齢人口の減少や首都圏への人口集中、経常費補助金の上昇見込みの薄さから、私立大学は学納金と補助金以外の収入源を得る必要が高まっている。元来公的補助が少ない韓国や台湾では、大学自ら生き残りをかけて収益事業の展開が活発化している。
一方、日本の私立大学の経営において収益事業・付随事業に対する比重は両国に比べて高くない。具体的な数値を見ると、学校法人において、収入(前受金、前年度繰越支払い資金等を除く)における付随事業・収益事業の割合が10%を超えているケースは、662法人中41法人にとどまっており、そのうち医・歯学部を持つ大学を除くと29法人、全体の4%程度しかない(東洋経済「2021私立大学財政データベース」)。日本の私立大学が付随事業及び収益事業に消極的である理由は、実際学校法人の収益に結びつくビジネスモデルを見つけていないことや、積極的に事業を通じて大学の財政を確保しようとする意識が低いことなどが言われている。このような私大における収益事業に関する課題意識から、本プロジェクトは、大学が行う付随事業・収益事業及び出資会社に関する調査を通じて大学運営の安定化のために多角的な収入の確保できる道を模索したいと思う。
大学におけるUBRCは選択ではなく、必須
団塊世代のリタイアが増加し、老年人口をめぐる社会経済的環境が急激に変化している。このような状況において海外では、高齢者の様々なニーズに応えるために、多様な高齢者住宅が登場しブームになりつつある。特に、地域社会と連携した"介護及び生活サービス提供型の老人住宅団地(CCRC)"が注目を浴びている。"CCRC(Continuing Care Retirement Community)"は、高齢者の健康とその他の生活支援と関連するニーズに焦点を当てたサービス(例えば、余暇、医療、教育)やプログラムを提供する住まいを意味する。
CCRCの中でも、特に教育サービスに焦点を当てたプログラムを提供する大学連携型の"UBRC(University Based Retirement Community)"が急拡大している。UBRCとは、地域の大学が大学内のコンテンツや資源(物的・人的)を活用し、高齢者施設と大学との相互協定を通じて大学の生涯教育プログラムを活用し、住まいと様々なサービスプログラムを提供する形態である。特に、UBRCの先進国として言われているアメリカでは、引退者のコミュニティが大学の教育プログラムを利用することで、引退者のコミュニティと大学の双方がシナジーを得る形の大学の付随事業のモデルとして展開されているのが一般的である。
それでは、日本のUBRCはどうだろうか。今回は、2019年UBRCのコンセプトで"グッドデザイン賞"を受賞した「桜美林ガーデンヒルズ」の事例を、実地調査を踏まえて紹介する。
桜美林大学のUBRC事業の始まり
高齢者施設及び寮、一般住宅から構成するコミュニティである"桜美林ガーデンヒルズ"は同大学の出資会社である"(株)ナルド"によって運営されている。ここでは一先ず、同大学がUBRC事業に参入するようになった経緯から確認してみる。
桜美林ガーデンヒルズの構想は、故佐藤東洋士学園長・理事長が提携校であったアメリカのオハイオ州オーバリン大学の高齢者施設とのカレッジリンクプログラムをみて、いつかは桜美林大学にもカレッジリンクを実現させたいという夢から始まった。その後、学齢人口の減少に伴い、学納金の減少が起こり得ることを踏まえて、学校のリソースを高齢者に向けることの検討が本格化し、2017年には大学関係者と共にアメリカのCCRCを見学し、2018年に開設に至った。
特に、開設にあたっては、東京都の「一般住宅を併設したサービス付き高齢者向け住宅整備事業」に応募し、助成を得ることで初期投資に必要な資本を一部獲得している。また、大学の所在地である町田市とは、介護予防トレーニングや認知症への理解を促す取組など、地域住民も交えて連携を図るということで事業化が進んだ。そして、(株)ナルドが同大学と密接な関係を持ちながら施設運営を担当している。
桜美林ガーデンヒルズの中を見てみると
桜美林ガーデンヒルズは約7300㎡の敷地に高齢者住宅、学生寮、ファミリー住宅、介護サービス事業所や学生と住民の交流スペース、コミュニティレストランなどを幅員6mの通路を介して配置している。子供から学生、高齢者まで幅広い年齢層の人々が集い暮らすことを狙い、桜美林ガーデンヒルズのサービス付き高齢者住宅(60戸)2棟と、学生寮、一般住戸(40戸)各棟の延床面積は約1000㎡の規模で建てられた。そのうち、高齢者施設は1人居住用、夫婦等2人居住用の2パターンで構成されている。このような施設環境の中で、入居者は介護施設ではないので自立した形で生活している。
特に、運営において特徴的だと思われるところは、一日中部屋にこもらないよう、安全確認も兼ねて、朝には室外の掲示板で在室状況を各自が示すことになっている。すなわち、高齢者のコミュニティへの関わりを作る移動のきっかけを作っているといえる。そして、学生寮を設けることで、学生が高齢者施設でアルバイトをしたり、様々な形で高齢者と学生の交流を図っている。このような点から見ると、桜美林ガーデンヒルズは、高齢者、桜美林大学の学生、家族が入居しており、またデイサービスも行っていることから、多世代で1つのコミュニティを形成することを目指し、運営していることが特徴であると言える。また、このような努力の結果の賜物だろうか、高齢者施設、ファミリー向け共に入居率は100%を達成している。ただし、学生寮は空いている部屋もある。
それでは、"カレッジリンク"を夢見て誕生した桜美林ガーデンヒルズと同大学の連携はどのようになっているのだろうか。まず、教育面から見ると、住居者が健康福祉学群の授業やオープンキャンパスに参加することや多目的ホールで住居者向けに学生サークルの発表等が行われるなど、授業を媒介に繋がりが形成されている。同法人の附属幼稚園と高齢者の交流も行われており、大学のみならず、法人全体とのつながりを模索していることが伺える。
さらに、土地・建物の所有から銀行からの借入まで全て(株)ナルドの独立採算で行われている点は財務の透明性の確保という点でも評価できる。一方、運営において大学と(株)ナルド間の人的交流がないことは豊富な大学の人的リソースを活かしていない点でもったいないと思われる部分がある。
期待と課題
桜美林ガーデンヒルズの入居率はほぼ100%である。しかし、社会福祉法人ではないので、補助金が出ない中でCCRCを基盤として事業を展開するとき、入居者をこれ以上増やすことはできない。つまり、今のビジネスモデルだけでは今後収益を伸ばすことは難しい状況であることを意味する。このような課題を乗り越えて収益を確保するためには、高齢者の学びと生活、その家族まで対象を広げた次のビジネスを検討する必要がある。
例えば、海外のケースだと、介護付きの高齢者の旅、子供と高齢者をつなぐ事業や文化及び芸術サービスを展開する企業との連携によるビジネスモデルを模索することが考えられる。しかし、その前に必要なのは、図書館などの大学の施設を高齢者が利用できるように開放されてはいないことが象徴するように高齢者施設と大学の壁を壊し、大学のキャンパス内を高齢者に開放することで、多くの方々の姿がキャンパス内で見かけられる環境を作ることである。
なぜならば、UBRCを展開する上で成功を左右する重要な要素が高齢者のカレッジリンクは空間の共有にあるからだ。日本のUBRCのリーディング大学として桜美林大学の挑戦を応援しつつ、調査にご協力頂いた桜美林大学と(株)ナルドに感謝申し上げる。