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アルカディア学報

No.715

激動するミャンマーの教育
大学入学試験の現状

客員研究員 大澤清二(大妻女子大学名誉教授)

国を2分する対立が続くミャンマー

 ミャンマーのコロナ感染者数は年末には21年7月のピーク時の約15%程度に低下し、ヤンゴンの町も概ね平静に戻りつつある。しかし政治的には21年2月1日以来、国軍(暫定政府)と対する民主派および少数民族軍2派を主とした勢力との局地的な戦闘が続いており、出口の見えない膠着状態となっている。
 政変の直前まで両者は20年に行われた国会議員選挙結果の調整交渉を繰り返していたが、これが不成立だったことが直接的な原因の引き金になったと言われている。お互いに譲れない利害の対立と不信感が根強く、両派トップ同士の話あいを切望する声は日増しに大きくなっている。20年2月以後国軍によってデモに参加した市民1400人以上が殺害され、一方民兵によって多数の橋、道路、鉄道、電波塔などの公共施設の破壊や、出勤しようとした女性教員を始め役人、僧侶、市民200名以上が殺害されている。一般市民は巻き添えを恐れて夜間の外出などを避けている。
 ミャンマーの政情については正確な情報が乏しく、日本で流されている情報は欧米のやや偏向した報道の焼き直しのようでもある。ここでは政治的な話題はこれくらいにして、学校教育と大学の現状について知り得たところからお伝えする。情報不足のために、あるいは不正確な情報も含まれているかもしれないことをお断りしておく。

教員の不服従運動と教育機能の停止

 国を2分する対立の中で、21年2月の政変以降、暫定政府への不服従運動が起きこれに参加する小中高大学などの教員は多数にのぼっている。彼らは現在停職となっており、復帰する可能性は殆ど無いという。停職教員数は基礎教育13万人、高等教育で19万人であるというから、全教員の71%に当たる。ミャンマーの教育機能は一昨年来のコロナ禍に加えて、教員の授業ボイコットによって、長期にわたって麻痺しており、11月1日から再開した基礎教育学校の授業にも90%の子どもたちは参加していない。学校で学習しないことが軍事政権への抗議であるという風潮があり、事態は非常に悩ましい。
 暫定政府は教員不足を補充するために6月に1200人の公募をしたところ3万人が応募し、新規教員の採用が始まっており、最近では、全国の教員養成大学が基礎教育学校の新規採用教員の研修を始めたという。コロナ禍が落ち着いてきたこともあって、11月には科学技術省管轄の高等教育機関に新たに採用された999名の教員と、2000名あまりの専門学校や技術学校の教員新任式が行われた。今後も大量の教員採用が行われるであろうが、いずれにしても教員の質の確保が急務である。

一部大学の授業再開

 過去1年間はコロナ禍と政変の影響でミャンマーのほぼ全ての大学で授業が実施されておらず、高等教育機関の研究教育の機能は大幅に低下している。このような状況ではあるが、国境省所管の民族発展大学は5年生については授業を継続して11月に272名の卒業生を送り出した。同大学は82民族1600人が全寮制で、衣食住、授業料全てを国が負担して5年間のエリート教育を行っている。今年度の卒業生は全員が教員不足の高等学校に赴任するという。4年生以下の学生はコロナ禍のために、現在出身地に一時帰省しているが、予定としては1月以降授業を再開する方向である。
 また文化省所管の芸術文化大学や農業畜産灌漑省所管の大学でも授業再開を1月中旬に予定しているという。しかし高等教育の中軸である教育省等が所管する大学の再開は今のところ情報がない。ミャンマーでは専門分野別に10省が大学を所管しており、大学には独自に授業再開する決定権はない。

大学入学試験が抱える深刻な問題

 ミャンマーの大学入試はマトリキュレーション試験とよばれ、高校卒業試験と大学入試を兼ねた全国一斉の国家試験である。この制度では大学進学希望者は必ず受験しなければならず、地域ごとに合格者の中から、成績順に入学する大学に振り分けられる。このために教育省には専門の試験局が置かれ、毎年2月に1週間をかけて行われるこの国家的行事を管理運営している。
 試験科目はミャンマー語、数学、英語を必須とし、物理、化学、生物、地理、経済、歴史、選択ミャンマー語の中から3科目を選択するが、選択ミャンマー語受験者は殆どいない。合計6科目である。いずれの教科も40点以上が合格とされ、1科目でも40点未満があると不合格となり、次年度に全科目を受験しなおすことになる。また95点以上は特に成績優秀者とされて、これは合否判定に大きく貢献する。
 ところが一度6科目の合計得点によって合格判定が出てしまうと、次年度に再受験することは出来なくなる。そのために、試験期間の前半で行われた英語などで成績不振であったことが自己採点で予想される場合は、その後に行われる科目を受験しない者が続出する。その証拠に最終日に行われる科目(生物)の受験者数が物理や化学の35%程度に激減している。彼らは低得点合格を避け、自発的に不合格となり、次年度にかけるのである。この試験は7日間にわたる人生をかけたテストであり、受験生にとっては身心共に大きな負担である。
各科目は100点満点で合計得点は600点であるが、各大学はこれらの粗点をもとに、独自のウエイトをかけて合否判定している。最難関のヤンゴン工科大学では当然理科系科目のウエイトが重くなっている。

入試とその後の人生

最近のマトリキュレーション試験不合格者は66%に及ぶが、一昨年まではこれらの若者には高卒資格が与えられなかった。一方、一度合格した者は再受験ができないので、その成績で振り分けられた大学に行くしかない。受験生の多くが志望大学には入れず、希望しない大学や学部、通信教育大学に振り分けられるので不本意な入学者が大量に出現する。諦めきれない者は大学卒業資格のために通信教育大学に入り、経済的に許されるなら私立の専門学校で希望する実務教育を受けるというダブルスクールを行うということになる。
 高校には就職課などは無いので、試験に失敗した若者の多くが肉体労働者となり、一次産業に従事するか工事現場などで働くこととなる。近隣のタイ、マレーシアなどへの出稼ぎ労働者となるものも少なくない。マトリキュレーション試験は英国の制度を倣ったもので、選ばれた少数の選良が大学進学することを前提にしたシステムである。ミャンマーが民主化し、高度な産業社会に移行するためには、まずこの旧制度を見直す必要があろう。

これからの課題

 ところで、今春の同テストには25%程度の受験生しか受験登録していないという。例年は90万人近くが受験しており、とくに民主化が進んでいた一昨年までは受験生が急増していた。残り75%の若者達の進路はどうなるのであろうか。筆者は同国の若者の能力が近隣諸国より低いとは決して思わない。何らかの形で日本への留学が可能となるような方途はないものだろうか。幸い20年度から試験不合格であっても、高校の単位終了証明が出るようになったので一歩前進したといえる。しかしミャンマー社会では、それをマトリキュレーション試験不合格の証明と受け取る向きもあるらしい。偏見をなくすには時間がかかりそうである。
 1月7日現在、民主派が独自に標榜する「教育省」は現行の学校教育制度を否定して、新たにオンラインによる教育制度を実施すると発表しており、当分学校教育は混乱しそうである。