アルカディア学報
多様なガバナンスの実情
「私立大学のガバナンスに関する研究調査」結果より
文部科学省の「学校法人ガバナンス改革会議」は、私学の一部の不祥事を理由にして、私立大学のガバナンス制度を大きく変更する報告書をまとめた。
この報告書では、私立大学の管理・運営の現況をよく認識しないままに社会福祉法人の制度をそのまま導入しようとしているため、大学の運営に混乱を招き、大学改革や経営改善に支障を生じる恐れが大きい。私立学校は、戦前の反省を踏まえて国の過度な規制を受けることなく教育活動の自主性と経営管理の自律性が期待されている。時代の推移や社会の要請にこたえて、私立大学のガバナンスの仕組みも度々強化されてきた。令和2年度から施行された改正私立学校法では、学校法人と役員の責務の明確化などが定められたばかりであり、実施後の5年以内の検証が附則で規定されている。しかし、今回の改革会議の報告書では私立大学の経営の実状や改正法の見直しを行うこともなく私立学校法の性急な再改正が提起されており、私学政策の継続性や一貫性が全く見られない。
ついては、私立大学の経営の実状を踏まえた適確な改善の方向性を検討するために、当研究所では、2021年10月に全私立大学を対象とした「私立大学のガバナンスに関する現況調査」を緊急に実施した。その調査結果の概況を以下に報告する。私立大学の経営の実状を把握して、今後の経営改善の有効な方策を追求するためのエビデンスとして活用できることを願っている。
《調査の概要》
調査日時:2021年10月6日(水)~11月2日(火)(約1ヶ月間)
調査方法:Webフォームによる調査
調査対象者:全私立大学(株式会社立を除く)622大学の理事長・学長
回答大学数及び回収率:451大学(72・5%)(11月2日の集計時点)
【不祥事への対応】
改革会議で想定されている改正方向が不祥事の抑制の効果があるかどうかについて、私立大学の経営の担当者に質問したところ、回答408校中、非常に望ましくない、望ましくないが併せて28%、どちらもでもないが47%となっており、抑制効果はほとんど見られないと認識されている(図1)。
不祥事の抑制のためには、各大学でガバナンスの公正化や透明化を図って、役員の資質や高潔性を向上させ、説明責任を発揮させることが最重要である。特に問題となった法人に対しては所轄庁が措置命令や役員解任勧告を行うことで適正化すべきである。法律で私学全体を規制することは、却って健全な私立大学の足かせとなり、積極的な経営改善にマイナスとなる。
【理事と評議員の兼務と監事の責務】
評議員に理事の兼務者がいることにより理事会と評議員会との調整と連携が密になり、大学全体の一体化に有効であり、兼務が良くないとは必ずしも言えない。もちろん、評議員会の議決において、利害相反する場合には利害関係者は排除すべきであり、既に、令和元年の私立学校法の改正で措置されている(図2)。
これまでの法改正で、監事の役割は飛躍的に増大しており、理事の業務執行の監査が新たに追加されている。理事会に監事はほぼ出席しており、理事会のチェックは監事の最重点責務である(図3)。監事の監査機能の強化と理事の相互チェック体制の実質化が不祥事抑止の基本であり、評議員会の監査機能だけでは十分ではない。
【評議員会の役割】
現在の私立大学に置かれている評議員会は、大学運営の当事者である教職員、同窓生、地域社会など様々な関係者で構成されている(図4)。大学の経営運営への内外の意見や要望を集約し、大学の進むべき方向を検討する諮問機関であり、大学を支える重要な会議体である。大学の歴史や環境に応じて、そのメンバー構成は各法人の寄附行為などで多様に定められている。評議員会の役割を更に充実させるためには、教員、職員、同窓生、その他などの構成比を見直すことも重要ではあるが、一律の割合や制限を課すことは好ましくない。評議員会の構成が偏り、一部のグループの利害に偏らないようにすることも必要である。
今回の改革会議で議論されている学外者のみで構成される少数の「評議員会」の構想は、現在の諮問機関としての評議員会とは異質の機関と見ることもできる。外部のチェックという意味では、理事会における外部理事、監事、外部監査人などの仕組みも法定されており、評議員会とこれらの整合性が連携が求められる。
【設立者及び理事の親族】
理事長が設立者及び理事の親族である割合は15・8%、理事の平均では4・2%である(図5)。評議員で親族が1人以上いる割合は38%となっており、親族がいない大学の方が多い(図6)。大学の創設後の経緯や特色によって様々であり、是非の判断はできない。寄附行為などの学内規程で大学ごとに人数や手続きを適切に定めればよい。建学の精神の継承という観点からは創設者の意思を継承する親族の使命感、貢献意欲などで有効なことも少なくなく、その就任が不当ということではない。親族に限らず、学内理事、外部理事を含め、その者の姿勢や資質が適正であるかどうかであろう。
【多様な私立大学】
役員や評議員の選任方法や構成割合は私立大学によって様々である。このことが私立大学の多様性を示す要因の一つであり、高等教育のダイナミズムに繋がっている。多様性が求められる社会において、私立大学の経営体制の一律規制は発展を阻むことになる。大学ごとの歴史的経緯や風土を踏まえて、それぞれに合った適切な制度を定め、公正な経営管理と説明責任を果たすことが望まれる。