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アルカディア学報

No.704

大学の組織開発(2)
―大学を機能する組織とするためには

研究員  岩田雅明(新島学園短期大学学長)

独自の強みを持つ

 組織が備えるべき三つの要素の一つ目である、「共通の目的を持つ」ためには組織の目指すべき姿を明確にすることが必要であり、その際には、まずは「顧客満足」という視点が大切であると前回述べたが、今回は、二つ目の視点である「独自の強み」について考えたい。
 なぜ独自の強みが求められるのかといえば、目指すべき姿が顧客や市場にとって必要とされる存在となるためである。他の大学等と同じ強みであるならば、買い手市場の中にあっては進学先として選ばれる基準とならないため、持つべき適切な共通の目的とならないからである。独自の強みを考える際には、「強み」ということと、「独自」という二つの面から考える必要がある。
 まずは、そもそも「強み」といえるかということである。個別の大学を対象とした広報の研修等で「貴学の強みは何ですか」と質問すると、さまざまな答えが返ってくる。「緑が多い」、「静かな環境である」、「歴史ある街にある」とか、中には「学長がスリム」といったことも挙がってくることがある。もちろんこれらはすべて利点ではあるが、目指すべき姿を描く際に求められるのは誰かにとっての強みということではなく、顧客である受験生や学生にとって意味のある強み、すなわち進学先選択に際して重視する強みであるかどうかである。この点検を経て、各大学の「強み」を明らかにすることが求められる。
 次に必要な点検は、「独自」の強みといえるかどうか、というものである。例えば近隣の大学が就職に強いということをアピールしていて、すでにそれに伴う実績も挙げているというような状況の中で、就職に強いということをアピールしても独自のものとなりにくいし、自学の実績のほうが劣っているというような状況であれば、競合大学の強みを浮かび上がらせるというような、好ましくない結果ともなってしまう。競合と比べて異なっている、もしくは重なっていても勝っているというような強みを明らかにしなければならない。

教職員の満足度

 三つ目の視点は、大学で働いている教職員の満足度を意識した目指すべき姿を描くということである。学生満足度の向上といったことは、どこの大学でも掲げていることであるが、それを生み出す働きをする教職員の満足度というものは、見落とされがちなことである。その理由は、経営している側の視点に立てば、学生は学費を払ってくれるお客様であるが、教職員は大学が給与を払っている相手であるから、大学のために一生懸命働くのは当たり前ということになるからである。
 もちろん給与をもらっているのだから、その組織のために働くのは当然ともいえるが、やはり人間、それだけでは意欲が長続きしないのである。働く意欲というものは、その人の気持ちに左右されることになる。大学側が、その人の満足度や成長といったことを重視した対応をしてくれたならば、それに報いようと一生懸命に働くことになるが、そうでないならば必要最低限の働き方で済ませようということになってしまう。
 前回も紹介した、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏は、「会社のために働くな」といったメッセージを社内に発信していた。会社のためだけに働くのではなく、自分のプラスになる働き方をすることが、会社にとってもプラスになるということである。そして、この自分にとってプラスになる働き方を、組織が支援、促進してくれるということが、働く人の意欲を高めることになるのである。私も以前の職場では、「組織の成果と自己の成長」といった言葉を、部屋の壁に掲げていたが、これも同様な趣旨であった。
 最近、「エンゲージメント」という言葉をよく聞くようになった。「エンゲージメント」とは婚約を意味する言葉で、婚約している二人の関係を組織と構成員との関係に置き換え、それぞれがどれだけ相手のことを思い合っているかを測る指標として使われている。そして日本の企業では、残念ながらこの指標が大変低い状況になっているのである。
 米ギャラップ社が2018年に実施した、世界各国の企業を対象とした従業員のエンゲージメント調査によると、調査対象139ヵ国中、日本は132位と最下位レベルであることが報告されている。具体的な内容としては、日本では「熱意あふれる社員」の比率がわずか6%と低くなっているのに対し、米国は32%と高い率となっている。また、「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の比率は24%、「やる気のない社員」の比率は70%と、組織の状態としては極めて深刻なものとなっている。
 これまでのイメージとしては、日本人は組織に忠誠を尽くす、いわゆる滅私奉公という面が強く、アメリカ人は割り切った働き方というものであったが、現状は逆の結果となっている。これは、どのような理由からなのだろうか。私自身は外国の働き方について何の知識も経験もないが、先日、世界展開している企業の人事責任者の方の話を聞く機会があり、そこで、日本企業においてエンゲージメントが低くなってしまっている理由の、ヒントになる話を聞くことができた。
 それは、単身赴任制度についての話であった。日本では単身赴任と聞いても、大変ですねと同情はしても、その人の所属している企業がひどいことを行っているというようには思わないのが一般的であろう。ところが、その人事責任者の人が単身赴任の話を外国の企業の人に話したところ、「それは何かのpunishment(処罰)なのか」という質問が返ってきたという。それを聞いたその人は、日本の常識では特に疑問に思わなかったが、家族の在り方、子育てのことといった人生の重要な事柄に与える影響を考えると、単身赴任をせざるを得ない状況を放置するのは適切なことではないということで、その会社では、一定期間、勤務地を固定する制度と、希望勤務地へ転勤できる制度をつくったといっていた。
 雇用関係という視点に立つと、働く人に多少の犠牲を強いることに、あまり違和感を覚えないことになってしまう。しかし、目指すべき姿に向かってともに進んでいく同労者という視点に立つならば、働く人の成長や幸せといったことに、おのずと意識が向くことになる。このような視点に立つことが、共有できる目指すべき姿を描くためには特に大切なこととなる。

社会との調和

 大学は非営利組織であり教育機関であることから、もともと高い社会性を有している組織といえるので、四つ目の視点である社会との調和という関係では、「この大学が、この地域にあって良かった」という状況になることを目指すということが、社会との調和を図ることになるのではないかと思っている。
 そのためには、法令順守や環境保全といった社会からの養成に、きちんと対応するということはもちろんのこと、大学の持っている人的・物的な資源を活用しての社会貢献といったことにも、積極的に対応していく必要がある。
 また、大学ならではの社会的な責任としては、教育・支援の内容を充実させ、入りたい大学になることにより、地域の人の高等教育へのアクセス権、十分に学ぶことのできる権利を充足することが挙げられる。そして、その大学で学んだ学生たちが、地域の経済や生活の質向上のために貢献できるような人材となることのできる、成長の場となることも求められることになる。
 この社会との調和といった視点を、大学の目指すべき姿を描く際に取り入れることで、組織が備えるべき要素の二つ目である、貢献意欲を引き出すことにもなるのである。
(つづく)