アルカディア学報
大学の組織開発(1)
―大学を機能する組織とするためには
組織に必要な3つの要素
「我々が共有しているものは、給与システムと空調設備だけである」といった大学関係者の言葉を聞いたことがある。もちろん極端な表現ではあるが、同じ大学関係者として、頷ける言葉でもある。以前、ある大学の学長が、学長というのは野球でいえば監督のようなものだと思っていたが、実際は違っていた。私がバントのサインを出しているのに、みんな構わず打ちに行っている状況だという話も聞いたことがあった。
このように、もともと大学というのは、命令系統が弱く、まとまりの悪い組織であったといえる。そして以前であれば、それが大学らしさだといわれ、肯定的に受け取られていたこともあった。しかし、今日のように大学を取り巻く環境の厳しさが増してくると、買い手市場において選ばれる大学となるためには、大学組織として考え、行動し、成果につなげていくことが求められるようになり、まとまりの悪さを放置していくわけにはいかない状況となってきている。
アメリカの経営学者であるC.バーナードは、組織とは「2人以上の人々の、意識的に調整された諸活動、諸力の体系」と定義している。これだけの文言では、抽象的過ぎて明確なイメージを持ちにくいが、彼は組織が備えるべき要素として次の3つを挙げている。1つ目は、共通の目的を持つ人の集まりであるということである。2つ目は、組織に対して貢献したいという意欲を持った人の集まりということである。そして3つ目は、構成員の意思疎通が図られていること、すなわち円滑なコミュニケーションが確保されているということである。この組織が備えるべき3つの要素を見て、自分の大学は組織ではないと思った人も、もしかしたら、少なからずいるのかもしれない。
なぜ組織をつくるのかといえば、1人ではできない大きなことに効率的、効果的に取り組めるようにするためである。そしてそのためには、構成員同士が補い合い、協力し合い、励ましあいながら成果につなげていくことが不可欠となる。このことにより、個人の力を単純に集めた以上のパフォーマンスを発揮することができるようになり、組織をつくる目的が達成できることになるのである。そして、この組織をつくる目的を達成するためには、前述の、組織が備えるべき3つの要素が必要となるのである。
組織目標を共有する
組織が機能するための1つ目の要素は、構成員が共通の目的を持つということである。大学でいえば、建学の精神や教育の理念といったものになると思われる。組織の要素として共通の目的を持つことが求められる理由は、これによって組織の進むべき方向性が決められることになるので、構成員の考えるべき対象、行動すべき対象が同じものとなり、組織の一体性が生まれることになるからである。
そのような機能を果たす目的となるために求められることは、考えるべきこと、行動すべきことが明らかになるような表現となっているということである。行動に結びつくための計画に必要な要素を表したものに「SMARTの原則」というものがある。次の5つの要素の頭文字をとったもので、この基準を満たすことが、行動に結びつくためには必要とされているものである。
Specific 具体的な内容になっているか
Measurable 進み具合が測定可能か
Agreed みんなが同意(共有)しているか
Realistic 現実的に達成可能なものか
Time-bound 期限が設定されているか
この点から考えると、建学の精神や教育の理念だけでは具体性に欠けるので、もう少し具体的な表現で組織の目的を表すことで、行動に結びつけていく必要がある。組織の目的を言い換えるならば、その組織が目指すべき姿ということになる。どのような大学を目指すべきかということを明確にすることで、教職員の方向性を合わせていくことが、大学という組織を機能させるためには大切なこととなる。目指すべき姿を明確にする際に留意すべきことは、さまざまな関係者の視点に立つことである。そうすることで、多くの関係者に同意され、共有されるものになるからである。具体的な視点としては、「顧客満足」、「独自の強み」、「働く人の満足」、「社会との調和」の4つの要素を入れるということである。
1つ目は、顧客満足という視点である。大学であれば、受験生や学生の視点に立って、目指すべき姿を考えるということである。これは簡単そうであるが、相手の視点に立つということは、よほど意識しないとできないことである。成果を上げている大学を見ると、ここをきちんと押さえているのである。本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏は、「人の心に棲んでみる」という表現をよく使っていたそうである。相手の心理を単に外部者として考えるのではなく、相手の心に棲むような意識で顧客理解に努めることが大切であると説いていたのである。「人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、売れるだろうと言うことが出てくる。それを作るために技術が要る。すべて人間が優先している」と。自動車を開発する研究所の仕事は、人間を研究することだとも言っていたそうである。
また、セブン‐イレブンをコンビニ業界のナンバーワンに育て上げた実績を持つセブン&アイ・ホールディングスの最高経営責任者であった鈴木敏文氏も、「顧客第一主義とか顧客志向を言い換えるとどうなるのか。何ごとも"顧客のために"と考えることと思いがちだが、そのときはたいてい、顧客とはこういうものだと決めつけをしている。本当に必要なのは、常に"顧客の立場で"考えることです」という言葉を残している。
このように、どの業界であっても顧客のニーズをきちんと把握し、それに対応した価値を与えることで顧客の満足度を高めることが、組織の成否を分けることになるのである。買い手市場においては、顧客側が選択の権利を持っているからである。ただ大学の顧客である受験生や学生は、まだ未成熟な消費者であるともいえる。その意味では、大学側が教育的な観点から、まだニーズとしては意識されていないが、顧客にとって必要になると思われる価値を、目指すべき姿の中で示していくといったことも必要な配慮となる。また同じように、自分自身が持つ本来のニーズを適切に言語化できないケースや、顧客の中では表面化していない潜在的なニーズについても、顧客の立場に立って洞察していくといったことも大切なこととなる。
私が今、学長を務めている短期大学がキャッチコピーとして掲げているものは、「就職にも進学にも強い短大です」というものである。これは学長就任時、少しでも学生募集を改善できればとの思いで作成したものなので、十分に吟味したものとは言えないが、受験生、学生がどのような価値を重視して大学を選択するのかを考えてつくったものである。快適な学習環境、楽しいキャンパスライフといった要素ももちろん重要な要素ではあるが、学生生活を終えての卒業後の進路が、確かで豊かなものであるということが、受験生、学生にとって、そして学費を負担する保護者にとっても、最も大切な価値であろうと考えたからである。
まずは、顧客の満足度を重視した目指すべき姿を描くことが、機能する組織をつくるためには、最も大切なことになる。
(つづく)