アルカディア学報
私大ガバナンス
―有識者会議の提言から考える
1.これまでの私立学校法の改正
この20年ほどの間の一つの大きな高等教育政策の課題はガバナンス改革であり、私立大学のガバナンスについてもたびたび議論が行われ、私立学校法の改正も何度も行われてきた。詳細は別のところでも整理したので(両角2020a)、ここではごく簡単に紹介するにとどめるが、改革を後押しするための議論と不祥事等を抑制するための議論という二つの方向性から検討がなされてきた。2004年改正では理事会の法定化と最終意思決定機関化、評議員会を原則として諮問機関化すると同時に、外部理事の導入の義務化や財務目録等の関係者への閲覧義務化、事業報告書や監事報告書を閲覧対象にするなど事項が盛り込まれた。2014年改正では理事の忠実義務の規定化が盛り込まれ、措置命令や役員の解任勧告などが可能になった。
最近では2020年4月に改正私学法が施行され、様々な改正が行われた。改革を後押しするための改正としては、中期計画の作成の義務付け、中期計画策定の際に評議員会の意見聴取をするなど評議員会への諮問事項の拡充などが盛り込まれ、不祥事等を牽制する制度改正としては、監事の牽制機能の強化、役員の職務と責任に関する規定が整備され、情報公開の対象となる文書も拡充した。学校法人のガバナンスの基本的な考え方は変えずに、可能な範囲での不祥事防止のために牽制機能や透明性を強化した制度改正がかなり盛り込まれたと評価できるであろうし、この制度改正に対して多くの学校法人もすでに対応している。また、2019年には日本私立大学協会、日本私立大学連盟など、各私立大学団体によりガバナンス・コードも作成されるなどの動きもある。
2.ガバナンス改革に関する有識者会議
このように私学法はまさに改正されたばかりのタイミングであるが、改正私学法の施行前からさらなる私立学校法改正のための議論が文部科学省の「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」で行われ、2021年3月19日には「学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取組の基本的な方向性」として取りまとめられた。私立大学のガバナンスの考え方を大きく変える方向性も含めた多様な議論された会議体であったが、どれくらいの私学関係者が高い関心をもってこの会議の行方を見守ったのであろうか。この会議の話をすると「私立学校法が改正されたばかりなのに、まだ議論していたのか」という反応を受けることも少なくなく、大きな議論が行われていたことを十分に把握していない私学人も意外といたのではないかと感じている。
改正私学法が施行される前から、再び、学校法人のガバナンスについて議論されたのにはもちろん理由がある。2019年の私立学校法改正時における国会の附帯決議において、監事として適切な人材の在り方や理事長・理事に対する第三者性・中立性の確保、理事長の解職に関する規定の追加の検討など、社会の変化を踏まえた学校法人制度の在り方や学校法人の不祥事が繰り返されることのないよう、より実効性のある措置について速やかに検討することが明記された。また、自民党・行政改革推進本部の下の「公益法人等のガバナンス改革検討チーム」が2019年6月28日にまとめた提言では、学校法人制度の改革が提言された。これらを踏まえて「経済財政運営と改革の基本方針2019」に盛り込まれた学校法人制度改革のための検討を行うことになり、2019年12月に文部科学省が学校法人のガバナンスに関する有識者会議を設置した。筆者も大学経営の専門家の委員としてこの会議に参加した。学校法人のガバナンスに関する有識者会議は、2020年1月から計11回の会議と1回の委員懇談会が行われた。不祥事等の個別事案に関わる部分以外は原則として会議は公開で、会議の様子は一定期間、YouTube MEXT channelにて公開され、ウェブサイトには議事要旨も掲載されている。
2020年度私学法改正についての議論は、大学設置・学校法人審議会学校法人分科会学校法人制度改善検討小委員会で行われたが、この時のメンバー構成と今回の有識者会議のメンバー構成を比較すると、大きく異なっている。前者は13人の委員から構成されるが、うち10人は学校法人関係者、残る3人は経済界、弁護士、会計士だが、いずれも中央教育審議会の委員等を歴任したメンバーで、学校法人に詳しい人物が登用されている。それに対して、今回の有識者会議は10名の委員のうち、学校法人関係者は2名のみ。残る委員の多くは法律や会計等の分野で高い業績を上げた優秀な人物が選ばれているが、必ずしも学校法人の実情に詳しい委員が選ばれているわけではない。公益法人としての学校法人制度について、社会福祉法人制度改革、公益社団・財団法人制度の改革を踏まえ、同等のガバナンス機能が発揮できる制度改正のための検討を行うために設置された会議の目的に合ったメンバー構成といえるが、これまでの学校法人のガバナンスの議論の土俵とずいぶん異なっていた。
3.有識者会議の提言内容
有識者会議の詳しい提言内容については、取りまとめを直接ご覧いただきたいが、内容を簡単に紹介しておく。基本的には、学校法人は各種の公的支援や優遇措置が講じられているのだから、それに足る公益性が法的に担保されて、社会からの信頼を得なければならないという認識がある。しかしながら、現実には、一部の私立大学における不祥事も起きており、他の公益法人と同等以上の法的な仕組みを設けなければならないという強い問題意識が背景にある。この会議の議論の中心は評議員会のあり方をめぐるものであったが、以上の問題意識を具現化するために、制度改正に向けた提案が取りまとめに盛り込まれた。様々な提案がなされたが、以下では3つの主要な点をまとめておく。
第一は、理事と監事の選任・解任は評議員会が行うことを基本にしていくべきである。先の改正私学法で、監事機能の充実・強化が行われたが、監事の選任は評議員会の意見は聞くものの、最終的に理事長が行うことになっており、監事の独立性に疑問が持たれた。過去の不祥事の多くは理事長や理事などの経営サイドによる利益相反や私物化という形で行われていたことが多いため、そうした不正をできない、不正があれば見破る仕組みが担保されていることが重要と考えられた。また、親族や特殊関係者が評議員に就任することを禁止すべきともされた。これまでも「特定の同族が多く専任されることがないように」通知で求められてきたが、法人としての公益性を担保するために、法律で明記すべきとされた。
第二は、理事と評議員は兼任しないことを原則とすべきという考え方が示されたことである。法人としての牽制機能、自律的な自浄能力を持つために、評議員会が理事の選任・解任を行うとなれば、当該理事が評議員として理事会の業務を監視・監督することは自己監視に陥り、望ましくないため、評議員会による理事への選任にあたり、評議員を辞任することを求めるべきとされた。
第三に、監査機能のさらなる充実のための、監事の独立性、会計監査人による監査、内部統制システム、内部通報の仕組みの導入と改善などが提案された。
議論の過程では、よりラジカルな提案も多くなされた。最も大きな論点として、学校法人も他の公益法人等に倣って、評議員会を議決機関にすべきだといった提案もなされた。しかしながら、評議員会は学校法人に関わる様々なステークホルダーが集まり、学校の現状や将来について議論を交わしていく重要な場でもあり、理事会の牽制機能だけが期待されているわけではないと筆者は考えている。民間企業や他の法人の制度には学ぶべき視点が多いが、それをそのまま援用することには弊害も大きいため、双方の立場から議論が繰り広げられた。議論は、校長理事制度や教員評議員のあり方にも及んだ。理事会を監視・監督する役割が評議員会に付されることになれば、使用人が評議員になるのはおかしいという法律的な立場からの問題提起がなされた。私立大学のガバナンスを見ている者からすれば、校長の職に関連付けて理事として法人の業務に関与させることは、経営と教学の連携や安定的な学校運営の実現のためにも不可欠なことであるし、学校法人の設置する学校を取り巻く多様なステークホルダーが集い、現状や今後のあり方について活発に議論を行ううえで、教職員が評議員となることを現在の私立学校法では必須とし、重要な役割を果たしているという実感もある。大学は他の組織とは異なる、と主張するだけでは説得力がないので、教員は他の組織の使用人とは概念が異なり、普通の私立大学であれば、教授会等で業績等による評価・審議に基づいて採用されており、雇用者である理事の顔色を窺って、適切な判断ができないことはないといった共通理解が広まる中で、そうした問題提案は取り下げられたりした。ガバナンスの理論や理念だけでいうと反論しがたい論点も少なくなかったが、人材確保等の観点から現実的に可能なのか、あるいは学校法人の特性から考えて適切なのか、といった意見を出して、委員同士の意見が対立することも少なくなかった。最終的には事務局の努力もあり、手前味噌だが、良いまとめになったのではないかと感じている。このとりまとめがどのように活用されているのかの具体的な姿は不明だが、今後の方向性を示したものとして一定の影響を及ぼしていくと考えられる。
4.この議論から考えさせられたこと
この有識者会議での1年強の議論に悩みながら参加してきた中で、様々なことを痛感させられた。
第一は、学校法人や私立大学の悪質な不祥事は本当にごく限られた一部の事象であり、大半の学校法人は健全な運営をしているにもかかわらず、一部であれ、そのような事例を防げなかったことにより、全体の枠組みを変えようという力学が強く働くことである。過去の私学法改正も、必ずといってよいほど、不祥事が議論の発端に存在し、国会等でも取りあげられてきたが、今回の議論でも、一部の不祥事が全体に与えるインパクトを強く感じた。不祥事を防ぐための制度改正は必要だが、それをやり過ぎることは多くの健全な運営を行っている私立大学の制約や大きな負担になる。しかも、学校法人のガバナンスは、企業等とは異なり、大学内ガバナンスのみならず、認証評価制度、経常費補助金の配分過程など、学外から様々な点で評価・チェックを受けており、そうした重層的な仕組みの中で、ガバナンスの質も担保されている。筆者は日本高等教育評価機構の大学判定委員会の委員を務めているが、そうした場面でもピアレビューの意義を強く感じることも少なくない。しかし、学校法人関係者が時間と労力をかけて意義ある活動が行われているにもかかわらず、大学外から見れば、内輪の甘い評価といった見方がなされることへの理不尽さも感じたし、そうした大学外ガバナンスの枠組みの中で、悪質な事例には毅然とした態度を示していくことの重要性も改めて感じた。
第二に、そうしたジレンマを感じつつも、これほどの議論や批判が大学外からなされたことの背景として、大学側の発信不足や説明不足もあるのではないかという思いを抱いた。別のところでまとめたが(両角2020b)、たとえばガバナンス・コードも導入自体は進んでいるが、その本質は十分に理解されていないためか、現在では誰のためにあり、どう有効に機能しているのか、疑問を感じている。今回の会議の中で、たとえば「寄付行為」という用語もわかりづらいので「定款」に変えた方がよいのではないかといった議論も学校法人の理事等を経験したことのある委員からなされ、学校法人関係の委員が反対意見を述べるというやり取りが何度かなされたが、筆者が抱いた率直な感想は、「学校法人は理事に就任を依頼する人に対して寄付行為の意味や内容さえも説明していなかったのか」という驚きであった。
第三は、学校法人のガバナンスに関する基礎的なデータがこれまで十分に公開されていなかったことから、基礎的な実態も十分に把握しきれておらず、こうした議論において十分な根拠を示せなかったことである。「理事と兼ねている評議員がたくさんいるのはおかしい」「評議員会や理事会は内部者ばかりで構成されている」といった一部の事例のみを見聞きした印象で語られるケースも少なくなかった。しかし、実際にどのような人が理事や評議員になっているのかといった情報は少なくともこれまでは十分に公開されておらず、研究者が全体の状況を把握し、分析することができなかった。2020年4月の私学法改正によって、多くの経営関連情報が公開義務となったので、今後、そうした基礎的な研究を蓄積することは研究者がすべきことではないかと考えている。
第四に、今回は私立学校法のみを議論したこともあり、私立大学の学長のあり方についてはとりまとめには入れなかった。私立大学にとっては理事長をどのように選ぶのかは重要であるが、筆者はそれ以上に、優秀な学長をどのように選ぶのかがきわめて重要な課題だと考えている。2014年の学校教育法改正において学長権限等に関する議論は一定の決着を見ているが、私立大学における学長のあり方を考えるには、私立学校法と学校教育法をまたいだ議論が行われる必要がある。そうした認識を持つ委員も少なくなく、今後、私立大学における学長、理事会と学長の関係について、どこかで議論が行われるのではないだろうか。過剰な制度的介入や統制を防ぐためにも、各法人において求めるべき学長像を明確にし、候補者のビジョンを確認したうえで、それぞれの主体的な判断で学長選考方法を再点検し、社会に説明していくことが重要であると考える。
参考文献
両角亜希子(2020a)『日本の大学経営―自律的・協働的改革をめざして』東信堂
両角亜希子(2020b)「大学ガバナンス・コードとは何か」『IDE現代の高等教育』
No.626(2020年12月号)、11―17頁