アルカディア学報
新規プロジェクトの成功要因を探る
―名城大学におけるオナーズプログラムの開発事例から―
不確実性の高まり
新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るい、未だ事態の収束は見えない。医療従事者の負担増加のみならず、テレワーク推進や外出自粛などの生活様式の変化など、私たちの日常生活にも多大な影響を与えている。高等教育もその例外ではなく、オンライン授業や学生のケア等の対応は多忙を極めた。以前より高等教育機関を巡っては、学齢人口の減少、デジタル化、およびグローバル化など厳しい課題が山積の状態であったが、コロナ禍において新たな課題に直面することとなった。
さて、令和元年の私学法改正により私立大学等に中期計画の策定が義務付けられた。しかし、今日の「先の見えない」社会情勢において中長期の経営戦略の策定および遂行は容易ではない。
一般的に、社会のいわゆる「不確実性」が高まるほど、組織は目先の課題解決に注力し、イノベーティブな新規の取り組みを切り捨ててしまう。しかしながら、コロナ禍の今こそアフターコロナを見据え、自大学の理念に立ち返り、中長期の視座で変革を継続させることが重要ではないだろうか。
本稿では、経営ビジョンの実現に向けた取り組みの一例として、筆者が本務校である名城大学において携わった「オナーズプログラム」の立ち上げの要点について紹介したい。
オナーズプログラム開発の端緒
本学では、開学100周年にあたる2026年を目標年とする戦略プラン「Meijo Strategy-2026」【通称:MS-26】を2015年に策定し、そのビジョン「多様な経験を通して、学生が大きく羽ばたく学びのコミュニティを創り広げる」の実現に向けて施策に取り組んできた。例として、正課授業に関して学内公募制の「学びのコミュニティ創出支援事業」を立ち上げ、アクティブラーニングを中心とした教育プログラムの創出を支援した。また正課外教育においては、社会課題の解決に取り組む学生チームの活動を支援する「Enjoy Learningプロジェクト」を立ち上げている。
これら取り組みは、意欲ある教職員や学生のアクティブな学びにフォーカスを当てたものである。各種媒体を通じて成果を広く社会に発信したことで、本学における「学びのコミュニティ」事業の学内外の認知度の向上や本学がKPI指標の一つに掲げる学生満足度の上昇にもつながっている。
その一方で、毎年、新入生の23%前後の学生が本学を第3志望以下として入学してくる現状がある。こうした不本意入学の学生の帰属意識の向上は以前より重要な課題の一つであった。2017年、筆者が務める学長室では、不本意入学の学生達が、気持ちを切り替え、意欲的な学生と共に自己実現に向けてチャレンジできる「学びのコミュニティ」を作り、帰属意識を高めていきたいという思いから、学長の下に教職員7名(教員4名、事務職員3名)を招集し、検討プロジェクトを立ち上げた。副学長を座長に、学長室を所管部署とし、学務センターや国際化推進センターの事務組織と連携しながら議論を重ねた。2017年10月の立ち上げから2018年度の制度導入に至るまで、約半年という敏速さであった。
プログラムの内容と成果
オナーズプログラムは、時代感覚を研ぎ澄ますとともに、「グローバル」「キャリア」「リーダーシップと連携・協働」の3つのマインドを涵養し、困難な時代を主体的に生き抜く力を養成していく選抜型自己実現支援プログラムである。(名称:名城大学チャレンジ支援プログラム)
9学部を擁する総合大学としての多様性を生かし、全学部の1年次の学生から前期成績上位者(各学部・学科上位30%)のうち30名程度を選抜する。また、2年次以上の学生には特別枠として、入学後の課外活動やボランティア活動などで顕著な実績を有する学生5名程度を選抜する。
プログラムの概要は、以下の図のとおりである。国内合宿「オナーズ・セミナー」等を経て、半期の集大成に海外研修を実施している点に特徴がある。シリコンバレーの在米日系企業を中心とした米国研修と在タイ日系企業を中心としたアジア研修の2コースから学生に選択させている。プログラムの最後には、在学中の自己形成計画を立案させ、2年次以降のブリッジプログラムにつなげる。さらに、参加者の中から特に優秀な学生を選抜し、ケンブリッジ大学のリーダー養成プログラムに無償で派遣させる等、オナーズ同士で切磋琢磨できる仕組みを整えている。
短期間で魅力あるプログラムを構想するポイント
短期間で魅力あるプログラムを構想し、成果を上げるにはいくつかポイントがある。
まずは、副学長が、事業の成功に向けた強い信念をもってリーダーシップを発揮し、多様な背景をもつメンバーをまとめ上げた点。メンバーは、学部や所属が異なる教職員であり、多様な知見と学内外のネットワークをそれぞれが有している。これにリーダーが方向を与えることで、チーム内で大学のビジョン、プログラムの目的と成果イメージの共有が進み、大学が掲げるビジョンの実現を前提においた前向きな議論を進めることが可能となった。結果として、本学ならではの特徴的なプログラムの作成に成功した。7名という人数も意見出しには最適で、検討チームの規模の重要性を改めて認識した。
もう一つ重要なポイントは、組織の境界を超えた協働のプロセスである。例えば、本プログラムの特徴として「魅力ある海外研修」があげられるが、実現に際して部署間のスムーズな横連携が重要な役目を果たした。予算確保を例にすると、財務部門と理念・目的を共有し、協働のプロセスを経ることで必要分の経費をスムーズに確保することに成功した。日頃から、事務職員間の横のネットワークが構築できていれば、困難な課題について、互いの立場から意見を重ねることで解決の糸口を探ることができる。このように、部署の境界を超えて協働する空気を作ることは、アイディアを深化させるだけではなく、業務遂行の実働部分の円滑化という恩恵をもたらすのである。
これらの検討プロセスの要点は以下の5点となる。
①まとめ役のリーダーシップ
②チームメンバーによる大学全体のビジョンの再認識
③具体的な成果イメージの共有
④多様なバックグラウンドをもつ少人数のメンバーによる教職協働
⑤部署横断の日頃のコミュニケーションとネットワークの構築
本プログラムは、学生アンケートを通じてプログラム参加者と一般学生との比較等を行い、当初目的の達成度を検証している。参加者の入学当初とプログラム終了時点で比較したところ、本学に対する好感度の高い学生(「好き」「やや好き」と回答)の割合は64%から71%に上昇した。参加者の半数以上は、本学の志望順位が第3志望以下であったことから、これは非常に高い割合である。参加者は入学後も正課授業の成績を高い水準で維持できているが、それに加えてディプロマポリシーにかかげる学生生活における「分かち合い・成長」が「できている」(「かなりできている」「ある程度できている」の合計)と回答した学生の割合は、2年次時点で、一般の学生と比してかなり高い数値を示した。本プログラムを通じて「分かり合い・成長」を実感する機会を提供することができているといえよう。
継続してモニタリングしていく必要はあるものの、当初の目標としていた学力上位層の帰属意識向上には一定の成果があったものと考えられる。
2020年度は、新型コロナウイルスの影響で、プログラムの募集は行わなかったが、2021年度より再開予定である。今年度は、第1期生の就職状況についてもフォローしていきたい。
最後に
本事例は学長の下の取り組みであり、複数の部署が自主的に連携し、新たな付加価値を生み出せればより理想的である。イノベーティブな取り組みと聞くと、何か特別なもののように聞こえてしまうが、アイディアの種は現場の通常業務の中に転がっている。そうした種を現場の教職員が見過ごすか、拾い上げられるかは、組織文化に依拠するところが大きい。失敗を学びとして許容する文化か、減点される文化か、経営トップ層やマネジメント層は、この点を意識する必要がある。合意形成を重視するあまり、革新が生まれづらい意思決定プロセスになっていないか。学内ルールを意識し過ぎて、攻めの取り組みを躊躇してはいないか。挑戦できる風土がなければ、新規事業は生まれない。挑戦する人が損をしない仕組み作りが肝要である。
コロナ禍に目先の課題解決のみに終始するか、未来を見据えた行動ができるかの違いによって、アフターコロナの大学ポジショニングは二極化する。不確実性が高まっている今を競争優位が獲得できるチャンスととらえ、新たな取り組みにチャレンジし続けたい。