アルカディア学報
「ジョブ型」採用の可能性
新規大卒採用に対する影響
コロナ禍にかき消されてしまったが、2020年の労働界での流行語は「ジョブ型」であった。現在流通している「ジョブ型」とは、現在の日本企業での正社員の働き方を「メンバーシップ型」とした時の写し鏡であり、様々な意味で使われている。成果主義と同じような意味で使われることもしばしばであり、自由に解雇できるというイメージすらつきまとっている。新規大卒採用における「ジョブ型」採用も多義的であるが、採用時に職種を特定して採用・配置するという点が共通点であろうか。
目まぐるしく変化する新規大卒採用の一つのムーブメントである「ジョブ型」採用であるが、実際のところ一時の流行で終わる可能性もある。とはいえ「ジョブ型」採用が想起されるキャリアに対する需要は、意識が高い学生だけでなく、今後は普通の学生の間でも高まってくるようにも思われる。以下では「ジョブ型」採用の見通しについて述べたい。
周知のように大学から職業へ移行する際、インターンシップやアルバイト等によって社会経験を積み、その経験が評価されて安定した仕事を得られるようになるというのが日本以外の社会では通例となっている。しかし日本では新規学卒一括採用によって、特段のスキルを持たない学生が安定した仕事を得ることが可能な時期が長く続いてきた。今回の「ジョブ型」採用は、これまで文系の総合職として採用されてきた学生までも特定の職種に配属することを前提としており、まだ数社ではあるが有名企業が「ジョブ型」採用を行うことを表明している。では他の企業にも広がっていくのだろうか。
「ジョブ型」採用についてもっとも知られているのは、採用と大学教育の未来に関する産学協議会の報告書「Society 5.0 に向けた大学教育と採用に関する考え方」(日本経団連2020)であろう。本報告書は日本経団連が「採用選考に関する指針」(いわゆる就活ルール、昔の就職協定・倫理憲章)を廃止することに伴い、新規学卒一括採用ではない大学から職業への新しい移行のありようについて大学と経団連が議論して作成したものであり、アクションプランの一つとして大学院生対象の「ジョブ型」インターンシップが進められることになった(なお本稿脱稿後に最新の報告書『ポスト・コロナを見据えた新たな大学教育と産学連携の推進』が発行された)。
売り手市場になると経済団体が就活ルールを放棄し、買い手市場になると復活するというのはお馴染みの構図だが、今回の出来事は1997年の就職協定廃止を彷彿とさせた。というのも1997年頃にも就職協定廃止に伴い、経済団体も今後の大卒採用のありようを探っており、その一つの解としてインターンシップが「三省合意」として策定されたのもこの時期であったからである。むろんそれまでも理系の職場実習や教育学部の教育実習はあったわけだが、大学で学んだことと仕事が直接に結びつかない人文社会科学系にまで、採用を前提としない就業体験としてのインターンシップが導入されたのであった。
しかし今回は「ジョブ型」インターンシップ、すなわち大学で学ぶ内容と職業との円滑な接続を企図している点が当時とは異なっている1。「ジョブ型」インターンシップは、採用とは結び付けないことが前提となっている日本の教育機能に特化したインターンシップを変える可能性があるとして、新規学卒一括採用がなくなるという報道もなされていた。
では今回の提言によって、採用を前提としたインターンシップによる就職が一般的になるかというとそういうわけではない。大学側のカウンターパートである就職問題懇談会座長の山口宏樹埼玉大学学長に対するインタビューも「ジョブ型採用につながるインターンシップ」についてはかなり歯切れが悪い(月刊経団連 2020年6月号)。その後中央教育審議会大学分科会で「三省合意」の解消が提案されたようだが、大学側は採用に直接結びつくようなインターンシップを容認するには至っていないことを示している。また経団連側も今のところは、大学院生(修士・博士)を対象としているようなので、当面は人文社会学系の学部生において新たなジョブ型採用につながる長期インターンシップが大きく広がる感触はない。なおこれまでも採用直結型のインターンシップがなかったわけではなく、2000年代初めには、松下電器産業が採用直結のインターンシップを行うなど、大企業においても様々な取り組みがあったが、結局のところは様々な事情からうまくいかずに現状に至っている。
他方でデジタル人材の「ジョブ型」採用も盛り上がっている。これまで横並びであった初任給を特別に高くして人材を集めようとするものであり、そもそも今回の「ジョブ型」採用導入の大きな動機は、外資系企業と奪い合いになっているデジタル人材を採用するためだったと推測される。しかし日本の大手企業の新卒一括採用は、男性の大卒総合職については全員を同じように扱うことを旨としており、初任給が高額であるデジタル人材の「ジョブ型」採用者はこの規範から大きく逸脱することになる。中途採用であればともかく、新卒採用においては前例もなく人事管理がきわめて難しいため、こうした採用では早期離職が避けられないのではないか。
ところで企業側にとっての「ジョブ型」採用であるが、あらかじめ職種を区分して採用し、配置しなくてはならないというのは人事において大きな制約となる。企業にとって新規学卒一括採用の良い点はフレキシブルな労働力を確保できる点にあるので、採用時点から様々な点で制約のある新卒正社員は採用しづらい。
ではなぜ様々なデメリットが目に付く「ジョブ型」採用は注目を集めているのか。改めて考えてみるに筆者は、「ジョブ型」は日本社会に生きる人々にとってよくわからないながらも、これまでにない働き方ができそうだという期待を抱かせるニュアンスを持っているためではないかと推測する。また昇進の可能性があるとしても入社後に何をさせられるのか分からないよりは、明確な職種を選ぶことによって、自分のキャリアの透明性を高め、キャリアの自律性を保持したいという若者側のニーズもありそうである。過去にはこうしたニーズは就職活動において多くの内定を勝ち取るような「意識が高い」学生に多くみられるものであったが、「ジョブ型」概念によって、普通の学生にも働く場所や職種を限定して、自分の生活を大事にしながら働きたいというニーズが強まっていることが顕在化されていくようにも思われる。
かつて似たような趣旨の専門職制度は成功しなかったが、若者の価値観も変化している。またこの4月から高年齢者雇用安定法の改正により、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となった。新卒から「ジョブ型」採用ではないものの、様々な経験をつんで専門性が明確になり、家庭責任が重くなる中高年期になって「ジョブ型」雇用に転換し、昇給もストップするが長く働き続けられるというキャリアが今後は求められるようになるかもしれない。
先述したように、今のところ「ジョブ型」は定義が明確ではないまま、それぞれの期待が投影されているにすぎない。また実際の企業社会において「ジョブ型」採用が急激に普及するわけでもないだろう。とはいえ「ジョブ型」議論をきっかけに、中庸の働き方を望む層に対するキャリア教育が重要性を帯びてくるように思われるので、大学にとっても今後注視が必要になるテーマと言えるのではないだろうか。
1 なお報告書の注によれば、ジョブ型とは、「特定のポストに空きが生じた際にその職務(ジョブ)・役割を遂行できる能力や資格のある人材を社外から獲得、あるいは社内で公募する雇用形態のこと。ここでいう「ジョブ型」は、当該業務等の遂行に必要な知識や能力を有する社員を配置・異動して活躍してもらう専門業務型・プロフェッショナル型に近い雇用区分をイメージしている。欧米型のように、特定の仕事・業務やポストが不要となった場合に雇用自体がなくなるものではない」と定義されている。