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アルカディア学報

No.695

教育者としての実務家教員の輩出を目指して
産学連携による大学教育改革の担い手育成

客員研究員 大森不二雄 (東北大学 高度教養教育・学生支援機構 教授)

1.産学連携による大学教育改革への機運

 グローバル化が進み、知識経済が到来する中、人口減少社会となった日本にとって、人材育成の質の向上は、コロナ禍前からの懸案である。「失われた30年」とも呼ばれる日本経済の長期低迷と社会の閉塞感、そしてG7中最下位の労働生産性(日本生産性本部2019年12月発表)というエビデンスにかんがみ、人材育成の変革は、我が国にとって喫緊の課題である。産官学が連携して課題克服に向けた取組を急がなければならない。
 長年にわたって変わりそうで変わらなかった高等教育と産業界の関係が、ようやく今、変革に向けて動き出している。経団連と大学による「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」の中間とりまとめと共同提言(2019年4月)が、新卒一括採用に加えてジョブ型採用を含む多様な採用形態への秩序をもった移行、産学共同教育プログラムやリカレント教育の活性化などを謳った(その後、2020年3月に同協議会・報告書が公表された)ことは、前向きな第一歩であった。

2.学びと社会を繋ぐ実務家教員の育成・活用

 筆者を事業責任者とする東北大学が代表校、熊本大学・大阪府立大学・立教大学が連携校となって、文部科学省の「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」(国の補助は2019年度から2023年度までの5年間)に応募した背景には、前述のような問題意識があった。同事業の中身は、実務家教員の育成研修と活用推進である。幸い、同事業全体の「運営拠点」と「中核拠点」として選定された。
 「運営拠点」及び「中核拠点」とは、同事業における文科省の用語であり、いささか分かりにくいが、その意味は次の通りである。実務家教員育成研修プログラムを開発・実施するのが「中核拠点」であり、計4チームが選定されている。東北大学を代表校とするチームのほか、名古屋市立大学、社会情報大学院大学、舞鶴工業高等専門学校、それぞれを代表校とするチームが中核拠点として選定されている。これに対し、東北大等チームのみが選定された「運営拠点」とは、全ての「中核拠点」のプログラム修了者について実務家教員候補者として大学等にマッチングを行う人材エージェントの仕組みを構築・運用するとともに、ポータルサイトの開発・運用(事業全体の情報発信)等の役割をも担うこととされており、いわばナショナルセンター的な機能を期待されている。
 ここでいう「実務家教員」は、企業等から大学教員に転職する人だけでなく、例えば、企業で勤務を続けながら非常勤講師として週1回大学で授業を行う人、クロスアポイントメント制度により社員としての身分を維持したまま大学へ出向する人など、多様な働き方を想定している。
 東北大等のチームは、2020年7月に設立したコンソーシアムに加盟する22の企業・団体等との産学連携により、学生も社会人も学び続けチャレンジし続ける社会の実現、未来を拓く人材の輩出を志し、実務家教員が人材と知の産学間往還を先導することを期待して取り組む。こうした志に基づき、学びと社会を繋ぐ上で中心的役割を担う実務家教員を育成する中核拠点として、企業人等を対象に体系的研修を提供している。また、他の3中核拠点を含む事業全体の運営拠点として、修了者のデータベースを構築し、大学等高等教育機関とのマッチングを行う。

3.実務家教員を「教育のプロ」にするための研修プログラム

 中核拠点として取り組む「産学連携教育イノベーター育成プログラム」が輩出を目指す実務家教員は、幅広い領域で学びと社会をつなぎ、学生の大学教育への動機付けを高めるとともに、社会人をリカレント教育へ惹き付ける上でも中心的役割を担っていく人材である。このため、特定の業種・職種等に限定した取組ではなく、汎用性・普遍性の高い取組となることを基本コンセプトとして、産学両方に可能な限り広範なインパクトを及ぼすことを企図している。このコンセプトに基づき、リベラルアーツ教育(東北大)、インストラクショナルデザイン(熊本大)、アントレプレナーシップ教育(大阪府立大)、リーダーシップ教育(立教大)と、いずれも各申請校の汎用的な専門性(様々な業種・職種で必要とされる専門性)を活かしたコースを設けている。プログラム全体の科目構成・履修構造は、図1の通りである。
 モメンタムを維持すべく、東北大と熊本大の2コースは、申請書記載のスケジュールを1年前倒しし、2020年度より履修証明プログラムとして計60時間の研修(コロナ禍に鑑み、リアルタイム及びオンデマンドのオンライン研修)を提供開始した。2020年11月より、第1期生として、全国の多様な業種・職種から56人の実務家が受講している。図2の通り働き盛り世代が中心で、東証一部上場企業に勤務する者も30%を占める。なお、2021年度からの2期生は、全4コースがそろう。
 産学連携教育イノベーター育成プログラムは、実務家教員に対して、産学間における人材と知の往還について先導的役割を求めるのみならず、学習成果のエビデンスに基づく効果的教授法の産学両方における普及についても役割を果たすことを期待して取り組む。インストラクショナルデザイン(ID)によって設計された研修により、教員・講師が話すことよりも学生・受講者が学ぶことに焦点を置き、学習成果の獲得・向上を図る実務家教員の育成を目指す。

4.実務家・研究者いずれも教育者としての質保証が課題

 高等教育における学修成果のエビデンスに基づく効果的教授法は、本来、アカデミックキャリアのいわゆる研究者教員にも求められる基本的な知識技能である。しかし、そのような基本的資質を獲得させる機会は、博士課程学生対象のプレFDや新任教員研修ほか各種FDを通じて体系的に提供されていると言い難い現状にある。すなわち、この面で実務家教員にハンディがあるとは考えていない。
 しかし、見方を変えれば、研究者教員か実務家教員かを問わず、教育者としての質保証に課題があることを意味する。文科省による「大学における教育内容等の改革状況について(平成29年度)」の調査結果によると、新任教員研修を実施する大学は約半数(実施率52.8%)にとどまる。実施されているとしても、半日程度で、当該大学に関する基礎的知識や学内ルールの最低限の説明にとどまっているケースが多い(両角亜希子,2020,「総論:新任教職員研修の意義と課題」『IDE現代の高等教育』No.619,4―9頁)。現状は、質・量共に十分とは言えない。
 『教学マネジメント指針』(2020年1月22日 中央教育審議会大学分科会)は、「特に、教員としての経験が少ない新任の教員や実務経験のある教員の採用のタイミングで、大学教員に一般的に求められる基礎的な知識・技能や学位プログラムを担う教員として望ましい資質・能力を身に付けさせるためのFD・SDは確実に実施されることが必要である」(36頁)と述べており、その実効性が求められる。

5.質保証のある実務家教員の採用に向けて

 文科省が3年ごとに行う学校教員統計調査によると、直近のデータである2018年度中に新規採用された大学教員1万1494人のうち、採用直前の勤務先が民間企業であった者は1150人で、1割(10.0%)を占める(高等教育機関のうち大学に限ったデータ)。このほか、官公庁が489人(4.3%)、自営業が116人(1.0%)である(それぞれの職種や業種等の詳細は不明)。計15%程度に上り、これらを実務家教員とみなすかは議論の余地があろうが、相当の割合ではある。民間企業出身者だけに絞って経年変化を見ると、2009年度1048人(9.5%)、2012年度1004人(8.9%)、2015年度1152人(9.5%)、2018年度1150人(10.0%)となっており、毎年度約1000人から1100人程度(約1割)の採用が続いていることが分かる。問題は、研究者教員と同様、実務家教員についても、教育者としての質保証が担保されていないことである。
 今後、新制度による専門職大学等だけではなく、大学・短期大学等においても、実務家教員の採用増と研究者教員とのチームワークにより、学びと社会をつなぎ、学生の学修への動機付けを高めるとともに、社会人をリカレント教育へ惹き付けることが期待される。その採用前後において体系的な研修プログラムの受講がスタンダードになることが、我が国の人材育成にとって極めて重要である。