アルカディア学報
出資会社の活用を考える
学校法人における経営改善の一方策として
はじめに
「人口減少と公的助成の切り下げが続くなかで、学校法人はあらゆる力を有機的に結びつけ、経営力の強化を図っているだろうか。」
2012年3月に発行された教育学術新聞(2474号)に掲載された「アルカディア学報」での筆者の書き出しである。
あれから10年、ほぼ横ばいで推移していた18歳人口は、2021年から再び減少局面に突入する。昨年9月、厚生労働省は2019年人口動態統計(確定数)の概況を公表しているが、出生数は前年比5万3千161人減の86万5千239人で、1899年の調査開始以来過去最少を更新した。若年人口の減少が顕著となるこの先、進学率との関係はあるものの定員割れ大学の拡大は避けられず、従来の発想や姿勢で経営し続ける学校法人は恐らく行き詰まる。国のこれまでの借金に加え、新型コロナウイルス対策経費も膨らみ、私学への公的補助の増額を期待するのは難しい。予測を上回る勢いで変化する状況から、私立大学を併設する学校法人はこれまで以上に〝経営〟という意識を強く求められることになろう。
注目すべき出資会社の役割
学校法人が財源を確保する方策のひとつに、収益事業の実施や出資会社の設立がある。
収益事業については、私立学校法第26条で「学校法人は、その設置する私立学校の教育に支障のない限り、その収益を私立学校の経営に充てるため、収益を目的とする事業を行うことができる。」と定めている。また、出資会社については、平成13年の文部科学省「学校法人の出資による会社の設立について(通知)」(13高私行第5号)では、「設置する学校の教育研究活動と密接な関係を有する事業(例えば,会計・教務などの学校事務、食堂・売店の経営、清掃・警備業務など)を一層効率的に行うために、学校法人が出資によって会社を設立する場合には、学校法人の出資割合は出資先会社の総出資額の2分の1以上であっても差し支えない」と理事長宛てで、学校法人の経営の一層の弾力化を推進するとともに、経営の健全性の確保等の観点から学校法人の出資による会社設立の際の留意事項について通知を行っている。これらを踏まえて、現在多くの学校法人では、従来の自前主義から外部への業務委託を活用した運営の見直しを図り、収益事業の拡大や学校法人出資会社の設立など経営力向上のために様々な工夫が行われている。
アンケート調査から
愛知県内の私立大学により組織される愛知県私大事務局長会は、2020年1月に「学校法人の収益事業会社に関するアンケート」を実施した。この集計結果では、愛知県内44私立大学法人のうち、寄附行為に基づく収益事業を行っているのは11法人。出資会社を有しているのは17法人(38・6%)であった。両方とも実施しているのは5法人。また、出資会社を有していない27法人のうち、計画中など検討している法人は9法人であった。
出資会社の主な事業内容は、大学等からの事務業務受託、学内食堂・売店等の運営、施設管理(清掃・保守・警備等)などである。特に、最重要事業として推進されているのは施設管理(清掃業含む)、損害保険代理業、ICT関連事業や物品販売であり、中には建築業登録資格の拡大に伴う元請工事全般事業などの新規事業に取組んでいる会社もある。売上高を見ると、約28億円から1千300万円まで差があり、社員数では1名から400名(人材派遣事業として派遣される社員含む)まで運営規模にも大きく開きがある。会社運営スタッフのほとんどが出資法人からの出向者や有期契約社員であり、正社員を雇用している会社は少ない。この状況からか自社が抱える問題の多くは、優秀な社員の確保や人材育成、待遇面など構成員に関するもの。事業課題としては、収益の低さ、事業規模の拡大、競合他社(生活協同組合)の存在などが挙げられている。
一方、収益事業と出資会社のいずれも取り組んでいない法人の主な理由は、人材などの資源に余裕がない、事業ノウハウがないなどの事情や学生数等スケールメリットが小さいことであった。
なお、出資会社間での連携・協業への関心度については、半数以上の法人が興味を示しており、これから学校法人にとってメリットとなる連携事業の具体的な検討が期待される。
運営上の課題
この調査結果から、出資会社は主軸事業の積極的な推進により学校法人のニーズに応え、一定の貢献をしていることがわかる。
その主な役割と収益の捻出構造については、図1のとおり大きく二つに分類できる。一つは法人予算事業モデルで、大学から業務委託(施設管理や人材派遣等)され、従来の運用や費用を見直し、業務を合理化して専門業者への外注費を圧縮し、コスト全体を削減する仕組みである。もう一つは、市場開拓モデルで、学内外をマーケットとして学生・生徒や教職員を対象に大学として必要なサービス(PC販売、食堂<CODE NUM=00A5>売店運営や自販機管理など)を取り扱うものや同窓生や一般顧客まで事業活動を拡大することで利益を創出する仕組みである。
他方、学校法人出資会社を2社運営した筆者の実践からも、出資会社が抱える問題は少なくない。例えば、各種事業の売上高は法人予算への依存が高く、業務委託された予算事業は予算額の上限=売上高であることから早晩頭打ちになること。また、学校法人予算に依存しない新規事業はほぼ未開拓な状況であること。自社独自の強みが持てるよう、外注業務を内製化すること。何より社員数が少ないことから業務が標準化できずに属人化し、特定の外部業者に依存する傾向がある。
出資会社は学校法人にとって、業務の合理化や経費削減、自己収入の拡大等に向けた経営改革手段のひとつである。今後さらに厳しい時代を迎えるからこそ、今一度学校法人は何のために出資会社を設立したのか、目的や位置づけを再確認し、その機能強化について法人自身が主体的・積極的に検討すべきではないだろうか。
また、併設校と出資会社それぞれの活動をいかに連動させるか、これらを実質化する部署や担当者の役割が重要になる。教職員が出資会社の役割や機能を十分に理解し、様々な取組みにおいて有効に活用されるよう学校法人にはその意義を浸透させる取り組みが求められる。そして、会社組織が発展し、より難易度の高いニーズに対応できるように学校法人の持つ人的資源の重点配分も必要であると考える。
おわりに
新型コロナウイルス感染症の拡大により、学校法人においても教育環境が大きく変わりつつある中で、限られた資源で持続可能な経営が要求されている。設置基準などの法令の関係から運用コストの削減は難しく、まして収入の増加は決して容易なことではない。学費の依存率が高く、財政基盤の脆弱な私立大学の場合、補助金獲得への難易度が高まる上に、今後入学者の確保ができなければ、たちどころに財政危機に陥ることになる。変化の激しい時代、学校法人の安定性はいかに担保されるのか。
この数年の間、いくつかの学校法人が分離や統廃合を余儀なくされた。これらの事例は大学や高等学校という設置校単体だけの問題ではない。
筆者は当時のアルカディア学報において「学校法人が存在価値を高め、外部から評価されるには、教職員が一体となり協力可能な戦略化した将来計画とあらゆる経営資源を有効に活用して最大の成果を発揮する組織運営が必要である。一体感のある教職協働での戦略経営の確立こそが、改革の持続性を保証し、激変する環境のなかで自らのミッションを見失うことなく前進することにつながるといえよう。」と結んだ。
今後、あらゆる資源の中のひとつである"出資会社"をテーマに注力し、収益事業との関係を含め現状の実態を明らかにしつつ、貢献の在り方について考えていきたい。