アルカディア学報
躍進するNY大学―オンライン教育で全人に開放
米国の大学の中で、いまニューヨーク大学(以下NYU)の躍進ぶりが注目されている。
NYUが創立されたのは、1831年。アイビー・リーグの大学に比べれば、約200年から150年遅れた設立で、それほど古い大学ではないが、米国の高等教育の歴史上、重要な意義を持っている。
創立者の一人で、トーマス・ジェファーソンのもとで財務長官を務めたアルバート・ギャラティンは、当時の大学がエリート階級の子弟だけを対象にしていることに疑問を抱き、社会的な地位や宗教、出身にとらわれない「全ての人に開かれた、魅力ある高等教育機関」をミッション(使命)として設立した。つまり、米国における高等教育の大衆化に取り組んだ初めてのケースとして特筆すべきことである。
この理念は今日まで連綿と受け継がれ、現在でも出身、階層にとらわれず全米50州と124か国から学生が集まり、まさに多様で国際色豊かな学生構成となっている。キャンパスは、本部のあるワシントン・スクエア地区をはじめマンハッタンの六か所に点在している。いずれも街中のビルに教室や学生寮が設けられており、NYUの旗が出ていなければ大学なのかオフィス・ビルなのか区別がつかない、典型的な「都心型キャンパス」である。
都会の喧騒の中にあるキャンパスについてエンロールメント担当のリチャード・アビタビル副学長補佐は、「NYUのすばらしさは、都会にあるということだ。したがって、広大な土地と緑の多いキャンパスを持つ大学を競合校だとは思っていない。質の高い教育とニューヨークというエキサイティングな街が、学生たちの満足度を高めている」と語っている。
このNYUが大学関係者から注目を浴びている理由は、2つある。
1つは、ここ10年で受験生からの資料請求が11万件から17万件にまで50%以上増加、また志願者は1万人から3万人と3倍に増えて全米の私大のトップに躍り出たことである。それに伴って合格率は60%から28%にまで低下、一方SATのスコアは1200点から1340点に急上昇、USニュース社の大学ランキングは最新版で33位までランクを上げている、というエンロールメント・マネジメントの成功である。
もう1つは、近年目覚ましい技術革新が進んでいるIT技術を利用したオンライン教育(インターネットやE-メールを使って非同時に行う遠隔教育の総称)で大きな成果をあげていることである。
<変わる高等教育>
「ITは、21世紀の高等教育を劇的に変化させる」と、ワシントンにあるAGB(全米大学理事者協会)のトーマス・ロンジン副会長が語るように、オンライン教育は、2つの点で従来の大学教育を根底からくつがえそうとしている。
1つは、物理的な制約からの開放である。オンライン教育は、時間と場所を選ばない。キャンパスも、教室も基本的には必要ない。教員もキャンパスにいる必要はない。入学式も、卒業式もなければ、学年もなくなる。もちろん国境も関係なくなるから、面倒な入国審査も必要ない。これまで「遠いから」とか「忙しいから」といって高等教育を諦めていた人たち全てが対象になるわけで、巨大なマーケットが出現する。
2つめは、教授団中心から学生集団中心への明確な転換である。伝統的な大学教育は、学生が教室へ出かけ、教員から講義を受け、テストをパスして完結するという、いわば教員中心のシステムであった。もちろん、マーケティング手法の導入で学生集団を顧客として位置付け、学生たちの要望や要求を取り入れた大学運営への変化はみられるが、オンライン教育は全く新しい視点が求められている。年齢も、国籍も、学習動機も異なる多様な学生集団を満足させるためには、コースの内容のみが問われる。提供される内容が最新のもの、正しいものであったとしても、受け手の学生が理解しやすいか、また消化しやすいものか、という視点が重要になる。それは、学生を中心に考えることによって、初めて実現可能になるからである。
<NYUのオンライン教育>
米国では、現在約1000校が、IT技術を利用したオンライン教育をスタートさせているが、必ずしも統一した方向性が示されているわけではない。しかし、受講する学生は年々増加しており、1998年の50万人から2002年には220万人にまで伸びている。アクレディテーションを実施する各地区基準協会も、オンライン教育に対するスタンダード(基準)の必要性を認めながらも、まだ検討の段階だという。そのなかで、NYUのオンライン教育は、取り組みの姿勢、提供される内容、実績などから全米のトップとして高い関心を集めているのである。
NYUでオンライン教育を担当しているのは、SCPS(スクール オブ コンティニューイング アンド プロフェッショナル スタディーズ)と呼ばれる生涯教育学部である。オンライン教育は①トラディショナル・コース=高校卒業後、いったん社会に出たが、大学卒の資格を取るためのコース。②エンリッチメント・コース=人生を豊かに過ごすため、絵画や音楽など趣味を生かしたコース。主として年配者。③エンハンスメント・コース=既に企業で働いているビジネスマンが、専門分野に関する資格を取ったり、より高度な知識を身につけて社会的な地位の向上を目指すコース――の三つに分けられており、受講生は全体で6万5000人。このうち6万人がエンハンスメント・コースに属している。
オンライン・コンサルタントのロバート・エマニエル氏は「エンハンスメント・コースは、1コースの授業料が1000ドルと高いが、企業が学費を負担する場合が多いので高いことはそれほど問題ではない」という。それよりも「企業や受講生が求める、質が高く、また理解しやすい教育を提供できるかというコンテンツが重要である。それができれば授業料はいくら高くても学生は集まる。NYUのオンライン教育は、それを実現している」と自信をみなぎらせている。
具体的なコース設計の方法は、まずコースを担当する教員が1コース(10~12週)分の講義内容を作成する。それを教育学の資格を持ち、コンテンツを作成する能力のあるインストラクション・デザイナーに持ちこんで具体化の検討を行う。さらに、ここにプログラマーが加わって最終的なコンテンツが完成することになる。
この過程で最も重視されるのは、質の高さはもちろん、スクロールしなくても一画面で理解できるような簡潔な文章と画像で構成することである。また、講義の途中で学生が理解できているかどうかを確認できるようなシステムも欠かせない。つまり、オンライン教育では、従来の対面授業以上に途中のプロセスが重視されるわけである。これらのことをオンライン教育に携わる教員すべてに徹底するため、NYUでは教員を対象にしたトレーニングに力を入れている。その費用は年間約四〇万ドルにものぼるという。
「オンライン教育を担当する教員は、これまでの経験や体験をすべて取り払って、全く新しいものを作り上げていく、という意識改革が必要である。オンライン教育は、教員の役割にも変化を求めているからだ」(ロバート・エマニエル氏)
*筆者がNYUを訪れたのは、昨年9月、日本私立大学協会が派遣した米国研修団の一員としてである。訪問翌日、世界貿易センターへのテロが発生し、多くの方が犠牲となった。謹んでご冥福を祈りたい。