アルカディア学報
2020年代高等教育の課題
リカレント教育で新たな展望を
2021年の新春を迎えた。今年は21世紀の第3千年紀の始まりの年、コロナ禍の問題を別にしても、今後の10年ないし15年は高等教育界とりわけ私立大学・短大にとっては波乱万丈の時期を迎えるのではないだろうか。私は以前から、高等教育を取り巻く環境の変化を15年周期で特徴づけて論じてきたが、2000年代半ばから2020年までを、認証評価や国公立大学の法人化、大学のガバナンス改革など重要な制度改革と体質変革に明け暮れた15年間だとすれば、これからの15年間は、本格化する18歳人口減少の中で、高等教育機関の生き残りと淘汰の時代なのではないかと考えている。注1M
18歳人口は予想以上に減少見込み
国(厚生労働省)が2017年に公表し、中教審の2018年答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」でも採用された「2040年時点での18歳人口は88万人」という大前提は、ここ数年の予想を超える出生率の低下が災いし、早くも打ち消されようとしている。なぜなら、厚生労働省が2020年9月に公表した2019年の出生者数は86万5千人で、前年の91万8千人から5万人以上の減少となり、18年後の2037年には88万人を下回ることが確実になったからである。さらに2020年以降もコロナ禍の影響などが加わって、出生者数が減少することが危惧されており、我々は更なる18歳人口減に備えなければならないのである。なお、2020年から30年までの10年間という比較的近い未来においても、18歳人口は2020年の116万7千人から30年の105万人程度に減ることが見込まれており、各大学・短大は地域ごとの予測値を念頭に、必要な対策をとる必要がある。
さて、昨年12月、文部科学省「学校基本調査(確定値)」と日本私立学校振興・共済事業団「私立大学・短期大学等入学志願動向」の2020年版が相次いで公表された。学校基本調査によれば、大学(学部)在学者数は前年度より1万4千人増加、短期大学は5千人減少、大学・短大合計で入学者数は前年度より2千人近く増えている。過年度卒業生を含む大学・短期大学進学率は58・5%で、前年度より0.5ポイント上昇して過去最高とのことである。その他、関係のありそうな数値をまとめて下図に整理してみたが、大学・短期大学を巡る厳しい競争環境がよく見える。下図にある大学・短大志願者数は実人数であり、高校新卒者(現役)と過年度高校卒業者(浪人)に分けて表示してあるが、18歳人口が200万人を超えていた1993年時点では120万人もの志願者が80万人の入学枠(入学者の実人数)を巡って熾烈な競争を繰り広げていたことが想像される。
受験生と大学との立場が逆転
その後、18歳人口の減少に伴い志願者数が急激に減り、大学側でも入学定員の厳格運用などによって入学者数を減少させたが、ついに2000年頃を境に現役の志願者数が入学者数を下回るという逆転現象が始まり、その傾向は今日まで続いている。大学・短大の学生確保状況は悪化し、現在では大学の3割、短大の7割が定員割れの状況である。これらの学校では、受験生と大学との立場が従来とは逆転してしまった。もちろんこれは学校によって事情は異なり、人気のある専門分野たとえば医学部や看護学部では定員は堅実に確保されている。また、首都圏や関西圏など都市部に立地する大学とりわけ大規模校は、他の学校よりも有利な状況にある。進学率が伸びてより多くの学生が大学・短大を目指すように見えるが、実際のところは高校卒業者や18歳人口を母数にした入学志願率はさほど伸びてはおらず、入試の容易化によって入学者数を伸ばしているに過ぎないとしか思えない状況が続いている。浪人生を含めた志願者数も、実際の入学者数にますます近似しつつあり、受験生がえり好みしなければほぼ全入という状況にまで近づいている。各大学・短大ではアドミッション・ポリシーを定め、これに見合った学生を選抜することにはなっているが、この窮状化の中で、果たして実態はいかがなものであろうか。
12月に公表されたもう一つの調査である私学事業団の入学志願動向調査によれば、私立大学について、「受験者は昨年度と比較し減少したが、入学定員、合格者、入学者は増加した」とある。入学定員充足率は昨年より0.06ポイント下降したが、定員未充足校の比率は昨年度より改善して31.0%とのことである。前者の下降にも関わらず後者が改善してきているのは、大規模校が、補助金交付や許認可がらみの過大充足率の是正という政策の影響を受け、大幅に充足率を下げたことが大きいと考えられる。一方、短期大学については、定員未充足校の割合は昨年度より2.9ポイント下降したものの、73.9%であり、大学よりもかなり高い。
大学が立地する地域別の入学定員充足率は、宮城を除く東北、広島を除く中国、および四国で低く、100%を相当割り込んでいる。これらの地域では入学志願倍率も低い。一方、都市部を抱える都府県では、志願倍率は高いが入学定員充足率が100%以下のところがある。これは、大規模大学における定員管理が厳しくなった影響ではないかと考えられる。学部系統別に見た大学の志願状況と入学定員充足率については、医学において志願率が26・55倍と他の分野に比べて突出して高く、歯学、薬学とは対照的である。看護学その他の保健系は、堅調な定員充足状況になっている。これら以外の、理工系、農学系や人文・社会系は、比較的高い志願率を確保し、また入学定員充足率もそれぞれの分野の全体としては100%を超えている。これに対して、家政学、体育学、芸術系の志願率はやや低い。
高等教育システムそのものの変革が必要に
以上、簡略ながら2つの調査から分かる実態の一端を紹介した。しかし、状況は年々厳しさを増しており、このまま2020年代を無事に過ごし、かつ2040年に至る道筋を描くのは容易ではない。個々の学校のことだけを考えるならば、他校との学生獲得競争に打ち勝って、入学定員を満たすだけの数を集める、しかもできるだけ優秀な学生を入学させるというのが最良の戦略であろう。現に、各校は多数回の受験機会の提供、高校訪問、オープンキャンパス、さまざまなメディアを通じた広報活動などは言うに及ばず、留学生の積極的受け入れ、学生に人気の高い分野への改組や学部・学科の新・増設など、その手段は枚挙にいとまがないほどである。しかしこのままの状況が推移すれば、18歳人口のパイは年々小さくなり、ついには大学・短大全体の入学定員を下回る志願者数しか集まらないようになるであろう。前述の中教審2018年答申では「教育の質を保証することができない機関については、社会からの厳しい評価を受けることとなり、その結果として撤退する事態に至ることがあり得ることを覚悟しなければならない」として、いかにも当該学校の努力不足が要因と言いたげな記述であるが、個々の大学・短大が法令要件を守り、かつ教育の質を十分保証するよう努力したとしても、全体のパイが縮小する中では、淘汰が起きてしまうのは避けられそうもない。
そこで考えなければならないのは、大学・短大間の連携・協力と、彼らが社会の要請にこたえて十全な役割・機能を果たしうるように政策がこれを支えることである。連携・協力については経営統合や合併などすでにいくつかの事例があり、またこれについて触れた論稿も多いかと思うので、ここでは割愛する。それ以上に大事なことは、大学・短大の役割の拡張とそれを可能にする経済・社会的条件の整備である。それには政策的な措置が欠かせない。この点でもっとも重要なことは、リカレント教育体制の真の意味での実現である。中教審の2018年答申においても、「中等教育に続いて入学する高等教育機関での学びの期間を越えた、リカレント教育の仕組みがより重要となる」と言い、そのためにも「産業界、地方公共団体をはじめとする関係者が高等教育機関での学びを積極的に支援するとともに、採用時や処遇に際して学修の成果を適正に評価することが求められる。そのためには、新卒一括採用や流動性の低さ等の雇用慣行にも変化が求められる」とかなりの踏み込みを見せてはいるものの、30数年前の臨時教育審議会で議論された「生涯学習体系への移行」論議と大差がないものになっている。
現に大学に入学する者の年齢は、国際比較によれば、わが国では25歳未満の若者層に極端に偏っている。学校基本調査のデータを見ても最近5年間の学部入学者年齢は、その95%までが18歳および19歳であって、他の年齢層に広がる気配がない。大学院修士課程についても、その4分の3は22歳および23歳であり、そもそも大学院教育を受けようとする者が、国際的にみて少ない。このような問題を打開してリカレント教育に新たな展望を見出すには、カリキュラム改革や社会人入学者へのサービス向上など大学側だけの努力では不十分であり、教育政策の範囲を超えて関係者の智慧を結集することが必要である。来るべきSociety5.0の世界では、雇用を含む経済システムや社会・文化システムなど社会全体の変化が求められており、それらへの対応を加速化することにより、大学のより迅速な対応を促すことも重要である。そのようにして、学部・大学院を問わず、学生の年齢層の厚みを増した高等教育システムを構築することに成功すれば、18歳人口の激減にも耐え、より変化に強い大学・短大を維持することが可能であると考える。
注1 山本眞一「激動の高等教育(上)(下)」ジアース教育新社(2020年)関連項目参照