アルカディア学報
学部譲渡による大学統合と法人合併
~建学の精神の違いを超えて~
筆者が理事長を務める学校法人濱名学院(本部:兵庫県尼崎市)と学校法人神戸山手学園(本部:神戸市)は、2020年4月に法人合併し、濱名学院が存続法人となり2020年4月より「学校法人濱名山手学院」としての新しい歩みを始めた。
本合併は、学校法人の合併に先立って実施する神戸山手大学現代社会学部をいわゆる学部譲渡(設置者変更)によって関西国際大学に統合を行い、その翌日に法人統合を行うという"学部譲渡による法人合併"という方式が可能になった制度改正の適用第一号である。
この制度改正は中教審の「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」答申(2018年11月)を受けたもので、「私立大学における学部単位等での事業譲渡の円滑化、国公私立の枠組みを越えて大学等の連携や機能分担を促進する制度の創設など、定員割れや赤字経営の大学の安易な救済とならないよう配意しつつ、大学等の連携・統合を円滑に進めることができる仕組み」(答申23頁。下線筆者)のひとつで、大学の連携・統合の推進に向けての制度改正に応じたものである。
"学部譲渡"という方式は、経営悪化した大学や学部の円滑な移行を可能にすることで、在学生を守り、大学や学部の再生を可能にする。経営環境の厳しい私大がいたずらに閉鎖されるのではなく、その地域に存続し、地域社会に必要な人材供給や、地域振興に貢献し続ける可能性を残す新たな選択肢となることが注目されている。
今回の対応はどこが規制緩和や改正なのだろうか。要約すれば次の3点である。
①「学部譲渡」とは設置者変更を,大学単位でしかできなかった行為を学部単位で実施可能にした。
②学部譲渡は、「教育の質保証」が担保されることが前提であり、教育課程、教員組織、学生、校地・校舎も含め、教育条件の「同一性」が担保されることを条件とした、教員審査等は省略になるので、改組や新設が短期間で円滑に行える、
③設置者変更においては、過去の定員超過状況を引き継ぐことはなく,新設扱いで過去の定員不充足等の定員超過に縛られない。
法人合併(2020年4月2日)時に関西国際大学の学部となった現代社会学部は"既存学部"扱いとなり、2021年4月からの改組が可能であるため、本学では現代社会学部を社会学部社会学科と国際コミュニケーション学部観光学科に改組する届出設置を行っている。これまでの法人合併方式では学部新設は合併2年先の2022年4月以降だったのが早期対応できた点が制度改正のメリットであろう。今回のコロナ禍によって新設学部・学科の募集は思うように行えずメリットは大きく縮減してしまったが、この制度改正は今後活用できるものであろう。
合併により期待できる効果
法人合併によってどのような効果やメリットがあったのか。主なものは以下の3点であろう。
①総合学園化による教育連携の充実
小学校を除き、幼児教育から中高、大学、大学院を設置する総合学園としての学校法人へ
②大学経営の適正規模の実現
18歳人口の減少が大学経営に深刻な影響を与えるなか、3000人規模の中規模大学となることの意味は大きい
③三つのキャンパスの特性の明確化と神戸への進出
既存の「三木キャンパス」では地域ニーズに即した健康・スポーツに焦点をあてた教育、「尼崎キャンパス」では教員養成と社会人教育。新たな「神戸山手キャンパス」では安全・観光などをキーワードにしつつリベラルアーツ色ある教育、といったようにキャンパスごとに特色化を図ることができる。目的養成系学部とそれ以外の学部との棲み分けによる3キャンパスの特色の明確化である。2021年度から収容定員2800人のうち、3分の2を神戸山手キャンパスに配分し、学生数では神戸山手キャンパスが最大となる。
統合後の課題
統合する際に最も大きな課題となったのが、両法人の建学の精神をどのように扱うかということであった。創立97年目の神戸山手学園の建学の精神は「自学自習」と「情操陶冶」の2つであり、濱名学院は「以愛為園」の建学の精神のも70年前に幼児教育から幼稚園教諭養成へと発展してきた歴史がある。合併協議では、何度となく協議を重ねたが、建学の精神については譲ることはなかなかできなかった。過去の歴史を変えるということは確かに難しい。そこで合併協議では、各学校園の建学の精神はそのまま尊重し、新法人にはこれらの建学の精神を包含する"傘"に当たる新たなビジョンとして、「教育ミッション」を定めるという方針を決め、組織、人事、財務等の現実的な課題を先に解決することにした。教育ミッションは新法人の理事長に就くことが予定されていた筆者が起草し、両法人理事会での審議を経た上で、4月2日の新法人の理事会で正式に決定した。新学院の教育ミッションは「他者を尊重しつつ、主体的・能動的に自らの人生を切り拓くことができる人間を世界に送り出すこと」とし、そのために3つのC(Communication対話、伝達、Consideration熟慮、考察,思いやり、Commitment参画、貢献)を学生・生徒が身につける教育を実現しようというものである。
今回のコロナ禍によって、4月に3キャンパス合同での入学式は実施できず、5回に分散しての入学式を行わざるを得なかった。また、合併記念行事も含め諸行事が行えず、新たな発足は苦難を伴うものであった。しかし、コロナ禍の下で、学長以下主要部局長・関係職員40人以上が参加しての緊急対策本部会議をZoom活用によって毎週実施して危機対応を行った(現在も継続中)。その結果、4月23日から一部実習科目を除き、90%以上の科目の双方向型遠隔開講。尼崎・三木両キャンパスでは全学生がマイPCを持つBYOD環境を整えていたが、神戸山手キャンパスの学生はその環境がなかったため、PCやWiFiルーター貸出などの対応を取り、キャンパス入口にサーモグラフィを設置し、入構者に厚労省のCOCOA登録(発症者追跡対応用)を義務づけたうえで、6月1日より学生自身が対面と遠隔のいずれかの方式を一括登録して受講するKUIS方式ハイブリット教育(文科省HPで紹介済)を実施したり、全学一丸となる危機対応策を取ることができた。後期からは、感染症対策をさらに強化したうえで"原則対面"授業を開始し、授業総数の98%、全学生の99%が対面受講し、心身の問題がある学生や健康上の不安が発生した場合のみZoom受講となっている。このように危機を共に乗り越えることで関西国際大学の一員という意識が教職員間で熟成されつつあることは不幸中の幸いである。
2021年4月には、前述のようにキャンパスの再編があり、現在も神戸山手キャンパスの改修工事を続けており、コロナ禍で工事が完了するかが懸念される。
もうひとつは学生同士の融合である。三木や尼崎から移転してくる学生と神戸山手の学生の接触機会はコロナ禍でほとんど作れていない。学部・学科改編とキャンパス移動が重なる中で、学生同士が円滑に融和し親しんでくれるように大学を上げて努力していかなければならない。
最後に、今般の学部譲渡による法人合併のような規制緩和についての付言である。規模の小さい大学同士が、「負担の軽減」「弱点の(相互)補強」といった観点から、連携・統合を模索するには、より一層の規制緩和と質保証を両立する仕組みが必要だろう。現在の大学設置基準は学部・学科の入学定員100人を基準に専任教員数の基準が定められ、入学定員が多いほど専任1人あたりの学生数(S/T比)が大きくてもいい"スケールメリット"基準で、大規模校に有利な基準になっている。
今期の中教審では設置基準の見直しが俎上にあがるようであるが、この点の是正を図らなければ教育の質向上は難しいので、是非取り組んでほしいものである。