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アルカディア学報

No.682

学生納付金の意義と役割
新型コロナ禍での返還要求を巡り

主幹 西井泰彦

1.学生納付金の要件とは

 私立大学の学費は、文部科学省の省令である学校法人会計基準の中で「学生生徒等納付金(以下、「学納金」と言う。)」という勘定科目(大科目)で扱われる。この学生納付金の小科目として、授業料、入学金、実験実習料、施設設備資金(施設設備費)などが同会計基準の記載様式として例示される。これ以外に教育充実費などの小科目を追加している法人も多く見られる。かつて筆者が、日本私立学校振興・共済事業団で学校法人の会計基準の担当をしていた時に、全国の大学法人の計算書類の科目名称を調査した。先述の小科目のほか、課外活動費、学生生徒の個別指導費、教育充実費、補講費、図書費、教材費、厚生補導費、暖冷房費、維持費、校費、管理費、在籍料など100種以上の多様な小科目が見られた。様々な教育活動に対応する実費徴収的又は付加的な教育サービスの趣旨で設定されている(昭和62年私学事業団経営相談回答集)。
 学生納付金は学校教育法施行規則第4条によると、授業料、入学料その他の費用徴収に関することとして、学則に記載すべき事項に指定されている。これらを変更しようとするときには、学則の変更届出を文部科学大臣に提出することが必要となっている。昭和52年の文部省通知では、学生納付金に関する措置として、第1に、徴収の必要性を明確にすること、第2に、その額の抑制に努めること、第3に、学生納付金のすべてを募集要項等にあらかじめ明記すること、第4に、学生の負担軽減を図るため分割納入、奨学事業や減免措置を積極的に講ずることが求められている。私立大学の学生納付金は所轄庁の認可制ではなく届出制とされているが、高額な納付金の抑制と保護者負担の軽減を図るために、通知や行政指導又は補助金配分等によって所轄庁からの一定の規制がなされている。
 これらの点を踏まえると、学則等に学部学科等ごとに一律に定められた金額が記載されており、その学則が所轄庁に届けられているものが学生納付金と言える。この「学則記載性」と「学部学科等ごとの一律性」が学生納付金の形式的な要件とみなすことが出来る。

2.教育サービスの対価が学生納付金

 私立大学の学生納付金の基本的な性格は、学生が入学して卒業するまでに受ける様々な教育活動に要する経費に充当すべき費用と考えることが出来る。これを「教育サービスの対価性」とも言う。大学が学生のために提供する教育活動の本来的な部分のサービスの対価が学生納付金である。
 学生納付金の中の入学金は、学生が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価であり、学生身分の取得費用と言える。授業料や実験実習料は、教育サービスの中心である授業や実験実習等の直接的な教育サービスに要する費用である。授業料といっても、講義だけでなく、ゼミや学生の個別指導、課外活動やフィールドワークなど幅広い教育活動を含んでいる。施設設備費は、私立大学の施設設備を取得し、長期的に維持し、減価償却に応じて補修、改築、更新、充実させるための資金の収入である。単に大学の施設設備を学生が利用するだけの費用ではない。このほか、教育充実費は大学における様々な付加的な教育活動や学生支援又は学生生活の充実に必要な幅広いサービスや大学の教育環境を整備充実するための費用に充当すべき収入とみなすことが出来る。
 なお、入学を辞退した受験生が納付した入学金については、大学は返還義務を負わないこととなっている(平成18年最高裁判決)。一方、授業料や施設設備費については、当該大学の授業を受けず、施設設備を利用しない入学辞退者から徴収することは容易に理解が得られないとして、年度末までに入学辞退の意思表示をした者に対して大学は原則として返還に応じることが明確にされた(平成18年文科省通知)。

3.施設設備の更新充実と財源

 高等教育機関はその事業の実施に必要な有形固定資産の比重が大きく、いわゆる「装置産業」とみなすことが出来る。私立大学においては、校地校舎等の整備に要する施設費や教育研究用機器備品等の充実のための設備費は、年々相当な額にのぼっている。過去からの累計された現有資産の取得価額は1年間の事業収入の4年分程度が大学法人の平均となっており、これらの有形固定資産の維持と更新の費用を捻出することが重要課題である。
 私立大学の施設設備の取得費用に対しては国からの補助は基本的になく、自己資金によって中長期的に賄わなければならない。過去から現在、現在から将来に亘って、大学に在籍する学生の納付金等の事業活動収入の一部から少しずつ費用を積み立て、施設設備を整備することになる。

4.学生納付金の返還要求

 昨年度来の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って、日本の大半の大学においては対面授業が困難となり遠隔授業が開始された。今後も必要に応じて感染予防のための遠隔事業の実施や校舎の使用制限が続くことになる。一刻も早く従前の教育活動が再開され、キャンパスに学生や教職員が会して、通常の学園生活が再開されることが望まれる。しかし、感染が十分に抑止されていない現状では一定の感染予防策を継続せざるを得ない。
 いくつかの大学において、学生と教員の対面授業が出来ず、施設設備の利用が困難な状況において、学生と保護者の中から、授業料や施設設備費等を返還してほしいとの要望が提起されている。
 確かに、直接的な授業や施設利用が出来ない状況では、これらに関わる学生納付金の返還を求めたい気持ちも理解できなくはない。経済状況が悪化し、学生自身もアルバイトが出来ず、保護者の収入も減少し、高額な学生納付金の負担が増大している。

5.コロナ禍を克服する取組み

 先に述べたように、学生納付金は大学が入学した学生に在学期間を通じて提供する教育サービスの費用の対価である。大学では、対面授業や施設設備の利用が一時的に出来ないとしても、当初予定していた学力を身に付けることができるように、卒業までの全在学期間を通じて多様な教育方法を工夫して行う。オンライン授業のメリットも生かし、これまで不可能であった教員と学生相互の有意義な教育活動を展開するなど、大学としての使命の達成と教職員の責務を果たす努力を継続していくのである。私立大学においては学生納付金が事業活動収入の7割前後を占めており、収入がなければ大学運営を続けることが出来ない。授業がないからといって直ちに教職員の給与カットや解雇を行うことも出来ない。
 今回のコロナ禍による様々な非常時の対応措置は、日本だけでなく世界の大学においても真剣に取り組まれているものである。大学の一方的な責任や不法行為による事情変更ではなく、大学としても予測出来なかった事態に対するやむを得ない緊急措置である。平時とは異なる様々な困難が生じ、教職員の負担が増大し、追加的な諸費用も累積し、学生とともに教職員や大学自体も苦しい状況に陥っている。しかし厳しい中であっても、大学では教育を多様な方法で実践し、優れた教育成果を生み出す取組みを積極的に進めなければならない。

6.私立大学の収支構造と適正な執行

 ところで、教育活動の範囲は幅広く、収入と支出の対応関係は必ずしも明確ではない。学校法人会計基準では、施設設備費も学生納付金の一部とされ、補助金などの他の収入を加えた事業活動収入として大学全体にまとめられる。人件費や教育研究経費などの事業活動支出の原資になる。個々の収入と支出が1対1で対応しておらず、学生納付金の施設設備費の全てが当該年度の施設設備費に配分される訳ではない。
 学校会計の特色として、当該年度に自己資金で取得した施設設備等の支出は基本金の組入額となり、事業活動収支差額(基本金組入前当年度収支差額)から控除されるなど、対応関係が分かりにくくなってはいるが、学校法人は公益法人の一種であり、営業利益を追求する組織ではない。事業活動収支差額は教育研究や資産の維持と発展に使われる。この意味で、学生納付金も現在及び今後の教育活動の遂行と充実に寄与している。
 このほか学生納付金に属さない収入としては、教育活動に付随する食堂、売店、寄宿舎等の補助活動、公開講座等の教育補完活動などの補助活動収入がある。教育活動以外の事務的なサービスの対価である入学検定料、証明手数料等は手数料収入に分類される。学生又は保護者等から任意に受け入れた対価性のない資金等は寄付金として計上される。これらの収入についても適正に管理し執行することが学校法人に求められている。

7.私立大学の課題

 今年度から大学修学支援の新制度が開始され、在学生を含めて一定の収入以下の家計の学生に対しては、授業料や入学金の減免措置や返還不要の奨学金が措置された。さらに、収入が急減した学生に対しては、学生支援緊急給付金が創設され、学びの継続のための支援が進められている。これらの政策は大変有意義だが、支援を受けられる学生は一部に留まっているので、その一層の拡充を国に要望していく必要がある。
 個々の大学においても様々な学生支援策に取り組んでいるところだが、十分な援助を行うことが出来るかは、大学の支援体制や財政力によるところも大きいと言える。財政支援のほか、苦しんでいる学生の相談に丁寧に応じるとともに、学生納付金の延納措置やその他の支援策を工夫して実施することが望まれる。
 近年、国による大学の定員管理の厳格化の政策が実施され、定員割れの中小規模大学の定員充足率が改善される一方で、都市部の大規模校を中心として入学定員超過率を年次的に引き下げたため、在学生総数が減少しているところが見られる。18歳人口の長期的な減少が続いており、私立大学の競争的な環境が激化し、財政的にも厳しい状況が進んでいる。
 今回のコロナ禍による経済状況の悪化によって私立学校への進学を回避する動きが生じる恐れが少なくない。私立大学の今後の経営には大きな困難が予想される。
 その中で、私立学校はそれぞれの教育理念を堅持し、国公立大学にはない特色のある教育活動を通じて社会のニーズに応えた人材の養成に努めることが使命だ。
 特に、学生と保護者から得られた貴重な学生納付金の意義を再認識して、一層の教育充実と学生支援の強化に向けた積極的な取組みを展開していくことが期待される。