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アルカディア学報

No.680

特別報告 
私大の大学運営に抜本的変革
私高研コロナアンケートの概況

私学高等教育研究所  坂下景子

 今春から現在に至るまで続く新型コロナウイルス感染症は、その拡大に伴い、これほど大きな影響が生じると予測することは困難であった。未曾有の事態が進行する中で、私立大学の経営管理や財政運営をいかに維持し、安定させていくかについて、その課題を整理し、各私立大学に有効な経営情報を提示するために、日本私立大学協会が附置する私学高等教育研究所では、「新型コロナウイルス感染症に伴う大学経営管理上の対応に関する調査」を実施した。
 類似の調査は、各省庁や報道機関、民間団体でも実施されているが、本調査では、私立大学の管理運営面に焦点を当てたことが特徴である。本調査の最終報告書は、当研究所のウェブサイト(https://www.shidaikyo.or.jp/riihe/)に掲載しているので、ご高覧いただきたい。
 〇調査概要
 調査日時:7月22日~8月19日
 調査方法:webフォームによるアンケート
 調査対象:本協会加盟校409大学の理事長・学長・事務局長・担当者※特にことわりがない限り7月15日時点の情報である。
 回答大学数:309大学(75.6%)

1. 授業の実施状況

 (1)授業の形式
 4月7日の政府の緊急事態宣言を受け、大学もキャンパスを閉鎖せざるを得なくなったことから、対面授業に代わる遠隔授業が急速に取り入れられることになった。7月15日の時点で、対面授業と遠隔授業を併用して実施している大学は60%強、実習科目のみ対面で実施する大学と併せると70%強が対面授業を実施していることがわかった(図1)。
 遠隔授業の実施方法について、①同時双方向型、②オンデマンド型(動画配信)、③オンデマンド型(音声配信)、④資料提示型、の4区分の選択肢として、複数回答を可として質問した。
 ①同時双方向型には約95%の大学が取り組んでいた。学生と教員が同時に繋がることで互いに臨場感が増すこと、決められた時間に授業を受けることで学生が規則正しい生活を送ることができること等の効果が認められた。③オンデマンド型(音声配信)では資料を提示して音声で説明することで情報機器や通信設備の能力不足等を解決することができた(図2)。
 (2)遠隔授業の課題
 日本の大学では、これまで遠隔授業はあくまで補助的な教育方法とされた場合が多いが、今回、全面的に導入を迫られたことで大学に何が生じたのであろうか。遠隔授業を実施するに当たっての問題点を聞くと、大学の機器・設備の不足を上げた学校が約60%、同様に学生の機器・設備の不足が約86%となった。注目すべきは、教職員と学生それぞれにコンピューターリテラシーの不足が見られたことである。70%以上の大学がリテラシー不足を指摘しており、遠隔授業の円滑な遂行には至っていないことを示している(図3)。
 朝日新聞が8月24日に発表した河合塾との合同調査の結果(回答:国・公・私立大学652校)によると、オンライン授業において、56%の大学で、実験・実習・実技系科目への対応に課題があるとした。他方、52%で、これをきっかけに授業が改善したと答えており、学習効果を上げることができる授業があったことがわかる。また、教員側に課題があるとした割合が8割を超えており、教員向け研修が必要であると考えられる。
 毎日新聞が5月9日に発表した調査結果(回答:国・公・私立大学49校の教員)では、遠隔授業の利点を認める意見がある一方、地方私大では数か月でオンラインに対応することが難しい、という声もあり、財務体力によって、状況が異なることが見受けられた。
 今後は、質の高い授業を運営するための遠隔教育の充実が求められる。そのためには、必要な情報機器・通信インフラ等の設備の拡充と学生及び教職員のITスキルの向上が不可欠だ。
 (3)大学施設・設備の使用制限
 施設・設備の使用について、教室、PC教室、図書館、実習室等は70%前後の大学で利用制限がなされ、自宅に通信環境が整わない学生に限定して開放した例、授業内容によって人数制限や感染予防を取って実施した例が見られた。食堂の通常利用は約9%の大学に過ぎず、構内への立入制限が続くとともに、感染予防策を講じて営業することが困難であったことがわかる。その他の附随事業や課外活動にも大きな影響があり、業者への補填措置を行った例も見られた(図4)。
 なお、4月26日に発表された「図書館休館対策プロジェクト」のアンケート調査(回答者:研究者(民間所属を含む)及び学生(国・公・私立大学・短期大学)2519人)によると、卒業論文等に必要な文献の収集ができないこと、投稿論文数が少なくなることなどの意見が多く見られ、デジタル化資料の公開範囲の拡大や文献の郵送や電子化への要望が高まっている。教育行政サイドにおける取扱いの改善を今後期待したい。図書館の閉鎖への対応として図書の無料郵送を行った大学の例が本調査においても見られた。各大学が様々なコロナ対応支援を行ったことが伺える。
 秋学期以降の授業の実施形態については、対面授業と遠隔授業を併用して実施する大学が約61%と最も多い。決定していない大学も約24%もあり、感染症の状況を確認しながら大学運営を柔軟に進めようとしている(図5)。
 調査結果からは、遠隔授業は幅広く導入されており、今後も多くの大学で取り入れられる見込みであることがわかる。大学の教職員と学生それぞれにコンピューターリテラシーの課題があり、教職員と学生の一層のレベルアップが必要である。ウィズ・コロナの中で、大学施設を使用するためには予防措置を徹底し、施設の増・改築を行わなければならない。遠隔授業システムも更に整備しなければならず、遠隔授業の質も上げて行かなければならない。国の一層の支援が望まれる。
 ところで、私立大学では、国や地方公共団体が全額負担する国・公立大学と異なり、施設・設備費等は自前で調達しなければならない。これは設置者負担主義と言われている。大学においては校地校舎及び教育用機器備品等の有形固定資産の取得と更新の費用は非常に多額であり、過去から現在、現在から将来に向かって学生とその保護者からの納付金の一部を長期に亘って積み立てていかなければならない。
 今日、私立大学では18歳人口の減少が続いており、学生規模も拡大から縮小に転じて、財政的な余裕が年々少なくなってきている。私立大学に対する補助金も抑制され、学生一人当たりの補助額の平均で比較すると国立大学の13分の1に過ぎない。私立大学の収入は施設・設備費を含む学生納付金が7割以上を占めており、これによって、教育研究活動が遂行され、施設・設備が維持されている。今回のコロナ禍によって、教育活動や施設・設備面での臨時的な費用が増大しており、修学困難となる学生に対する大学独自の支援措置を充実させることも必要となっている。このような私立大学の厳しい状況を認識し、国からの私学助成の拡充の方向性を追求することが必要であると考えられる。

2. 学生募集・入試

 (1)学生募集への影響
 オープンキャンパスや進学相談会への参加者数への影響について、「大きく否定的」、「やや否定的」と併せて60%の大学において影響があると答えている。新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、高校生がオープンキャンパス等への参加を見合わせている様子が見られる。
 (2)学生募集における新型コロナウイルスへの対応
 入試に関する文部科学省の指針が出たこともあり、各大学では、入試の範囲や会場での対策等を検討しており、オンラインでのオープンキャンパスや入試会場での感染症予防措置が実施又は予定されている(図6)。この費用は各大学が負担している。高校生が安心して受験できるように、徹底した感染症対策が必要であり、国からの補助が望まれる。
 留学生については、入国管理上の課題の解決が不可欠であるが、多くの大学で留学生を受け入れる指標として利用してきた日本語能力試験、日本留学試験の実施の目途が立っていない。各大学では代替の入試方法を模索しているが、年度途中でもあり対応が難しく、実施に苦労しているとも聞く。日本語能力試験等の適切な実施が望まれる。

3. 学生の家計状況

 (1)家計状況の変化
 学生の家計状況を聞いたところ、悪化している傾向が顕著である。「悪化している」、「好転していたが少しずつ悪化している」と答えた大学が約68%に達する。このことは学費未納や中退の増加を招き、学生本人にとって不幸なことになるとともに、私学への入学回避をもたらし、私立大学の学生確保や財政運営に支障が生じることになる(図7)。
 学生からの学費に関する相談件数が、「大きく増加した」、「やや増加した」と答えた大学は約75%にも達している。学納金の支払いに影響が出る恐れも少なくない。今後の大学の収支活動にも深刻な影響を与えることになる。
 (2)「学生支援緊急給付金」の状況
 文部科学省の学生支援緊急給付金について、「希望者全員が受けられた」と回答した大学は約19%と一部に過ぎない。「希望者の8割から9割以上の給付」が約45%、「6割~7割以上」が約20%、「5割以下」が約16%となっており、希望しても受けられない学生が少なくない。
 因みに、全国大学生活協同組合連合会が8月7日に発表した調査結果(回答者:学部生9086人)によると、アルバイト収入が減少したと31%の学生が答えている。この調査結果でも、学生支援緊急給付金の細かな要件を満たさないために、家計状況が悪化して学業継続に悩んでいる学生が多く見られる。
 コロナ禍で情勢が目まぐるしく変わる中で、職員は、教員・学生の教育活動や生活までの多様な支援に当たることになり、業務負担が増大している。学生支援緊急給付金の対象者の選定作業について、負担割合を質問したところ、約97%の大学が「とても負担であった」又は「やや負担であった」と答えている。今春から新たに始まった高等教育の修学支援新制度に加えて、この給付作業が急に発生したため、事務負担が倍加したためと見られる。対象者の認定作業が各大学に任されたことが負担の増大を招いたと言える(表1)。
 以上のことから、学生の家計状況が悪化していること、緊急給付金が支援を必要とする学生には十分に行き届いていないことの2点に特に留意すべきである。この状況は、修学支援新制度や低廉な学費で優遇されている国立大学と私立大学の格差が更に拡大する結果に繋がりかねない。国の支援が希望者全員に行き渡るように、支援対象と財政措置の拡充が必要である。従来から、国の奨学金制度は複雑なうえに頻繁な制度変更が続いており、奨学金や補助金担当者の業務上の過大な負担となっている。申請業務の簡便化が望まれる。

4. 管理運営上の課題

 (1)教職員等への感染症予防対策
 教職員への感染症対策について聞いたところ、学内への入構制限は、「全員に実施」と「一部に実施」を合わせて教員が46%、職員は約36%であった。テレワークや在宅での勤務は、教員は約92%、職員は約72%と、感染予防のための非常時の運営体制をとっていた。備品の貸与や購入費の補助は、教員は約27%、職員は約21%であり、各大学又は教職員個人が自前で物品と費用を負担をしたことがわかる。
 (2)学生支援策
 大学独自で実施した学生支援策の実施割合は、「全員に実施」、「希望者に実施」、「一部の学生に実施」を合わせて56・5%だった。1人当たりの平均額は、5万円以上7万円未満が全体の約39%であり、ここがボリュームゾーンである(図8)。進研アドが実施した「第1回コロナ影響調査」(回答者:国公私立大学・短期大学399校)によると、在学生への経済支援策の実施予定が、「予定あり、実施済み」が54%とある。国の補助が出るまで待てないため、独自に判断して実施した大学が少なくない。秋学期にも対応が必要な可能性もある。こうした支援策を十分に講じることができるかは、各大学の財政上の能力に依るところが大きい。
 その他の大学独自に実施した支援策としては、 通信機器等の購入費の給付と答えた大学は、「全員に実施」、「希望者全員に実施」、「一部の学生に実施」と併せて約25%、同じく情報機器を貸与した大学は約47%であった。遠隔授業の開始のために緊急の支出をした大学が多くあったことがわかる。同様に、「学費の減免」は約23%、「大学独自の修学支援金や奨学金などの給付」は約57%、「同貸与」は約20%、「休学制度や長期履修制度の弾力的運用」は約15%であり、学生の窮迫に対して様々な方策で対応していることが認められる(表2)。
 その他の方策として、教科書等の郵送や証明書発行費用、感染予防の衛生用品やPCR検査等の病院受診料、海外留学からの帰国者の移動費用など、学生支援は多岐に亘っている。学生生活の急変に応じて授業から就職までの各種支援が実施されていることから、教職員の負担も加重されている。大学財政は圧迫されており、一部では学生支援の基金や寄附なども見られるが、必要な支出をカバーできるほど用意することは難しい。
 (3)感染症予防対策の経済負担
 上記(2)の学生支援を除いた各大学の新型コロナの影響による支出は、1000万円以上3000万円未満が多く見られ、全体の30%強を占める。それ以下は約40%、それ以上は約27%程度である。学校法人の規模や財政力の差異があるが、各大学の負担が少ない訳ではない(図9)。情報機器、通信インフラ等の導入や施設・設備の増・改築など、学生支援金と併せて多額の緊急支出がなされている。こうした負担に、「とても負担である」、「やや負担である」との回答は約91%にも達している。
 これらから、テレワーク等の業務への移行費用が大学や教職員個人の負担となったこと、学生が学業を継続できるように多様な学生支援策が多くの大学で実施されたことが大学財政上の負担として重くのしかかっており、安定した大学運営を脅かしかねない状況であることが認められる。

 5. まとめ

 今後の経営管理上又は財政上の中長期的な影響について質問したところ、入学者の減少や休学・退学の増加等による財務の悪化と答えた大学が115件と最も多かった。景気悪化による家計の困窮が高校生の私学への進学回避や在学生の学業継続を阻むと考えるためであろう。新型コロナへの対処方法に未だ見通しが立たないことから、当面この状況は続くと見られる。大学独自の学費減免措置の拡充が望まれるが、それにも限界がある。増大する学生支援によって大学財政を悪化させる恐れも大きく、国や地方公共団体からの支援を要望する意見が多くなっている(図10)。
 今回のコロナ禍は、私立大学の運営に抜本的な変革をもたらし、新たな大学運営の可能性を拓いたともいえる。これを好機と捉え、効果的な授業運営、ICT化による業務の効率化、ICTを活用した教職員・学生の海外交流事業や大学間連携など、教職員が新たな取組みを開始して、困難を克服し、持続的に発展することが私立大学に期待される。
 各大学の教育資源等の共有化を図るためには、現在検討中の大学設置基準における必置教員数や自大学での授業科目開講義務などの見直しも進めることが必要となる。改革を更に進めるためには、大学独自の取組みと同時に国からの適切な指導と有効な支援が望まれる。
 特に、私立大学に対する国の教育投資は十分ではない。私立大学の主要な役割は、日本社会の勤勉で良質な中間層を育成し、その知的レベルを向上させ、日本の発展を支える人材を供給することである。最近の大学生の学力低下や低レベルの学生を受け入れる私立大学への批判が一部には見られるが、進学率が50%を越えてユニバーサル段階に達した今日の高等教育を数十年前のエリート段階と同列に論ずることはできない。現在の私立大学は「大学レジャーランド」ではなく、学生たちは、授業やアルバイトに日々忙しく過ごしており、遊んでいる訳では決してない。
 これからの日本社会の多様で変化の激しい時代を自立的、主体的に生き抜くためには、国民の知的水準を向上させることが不可欠となる。入学した多くの若者に、自らの未来の方向性を定め、社会の変化に適応できる能力を身に付けることを支援することが私立大学の使命である。私立大学は大都市にも地方の各地域にも所在し、特色のある内容で設置されている。今回のコロナ禍によって、私立大学への若者の進学志向が停滞し、持続的な発展が阻害されることは日本社会にとっても大きな損失となる。
 私立大学が、災難を克服する工夫と自助努力を通じて新たな地平を切り開き、次の時代に飛躍するとともに、国と社会からの一層の支援が期待される。(文責:私学高等教育研究所 坂下景子)

▽PDF (アルカディア学報 No.680 教育学術新聞掲載版)