アルカディア学報
大学ガバナンスにおける
教授会の法的位置づけ再考
はじめに
平成27年4月に改正学校教育法が施行され、既に5年が経過している。当時各大学は、改正法に対応した学内規則・規程の整備を行い、新たなガバナンス体制の構築を模索した(1)。しかしながら、少しの事例からではあるが、ガバナンス体制の一角を成す教授会の運営が改正法の趣旨と異なり、実質的な意思決定機関として機能している大学も見受けられる。
そこで、本稿では、教授会運営の更なる適正化を図る観点から、その法的な位置づけについて再考することとした。学校教育法93条〔教授会〕の解釈については、未だに条文に忠実に解釈する限定的立場と広義に解釈する立場が存在する(2)。この機に今一度、同法93条の解釈について、文部科学省の改正法令に関する通知(3)を振り返り、改正内容についての理解を深めたい。その上で、教授会の権限が論点の一つとなった裁判例を素材として取り上げ、同法93条との関係を整序し、一定の方向性を提示したい。
なお、本稿は筆者の所属する大学の公式見解ではなく、私大ガバナンスを研究テーマとする私学高等教育研究所の研究協力者として論述したことをお断りしておきたい。
1 「教授会」に関する学校教育法93条の解釈
平成27年4月施行の学校教育法の改正に伴い教授会の位置づけが、重要事項を審議する会議体から、学長の諮問事項および学長等への意見具申事項を審議する会議体へと大幅に変更されたことは、周知のとおりである。同法93条2項は「教授会は、学長が次に掲げる事項について決定を行うに当たり意見を述べるものとする。(1号から3号は割愛)」、同3項は「教授会は、・・・(学長等)がつかさどる教育研究に関する事項について審議し、及び学長等の求めに応じ、意見を述べることができる。」と定め、教授会の役割と権能を明確にしたものである(4)。換言すれば、前述の改正は、「教授会の役割が、教育研究に関する専門的な審議を行う機関であることを明確化するとともに、大学運営における最終的な権限と責任を有する学長との関係を明らかに」(5)したものと説明される。
2 学校教育法上の教授会と裁判例における教授会権限の整序
本項では、前項の解釈を踏まえた上で、教授会の権限を積極的に評価した点で、特徴的な事案であると考えられる学校法人M大学(准教授・制限措置等)事件高裁判決(6)を紹介し、教授会権限の解釈と判決の射程を検討したい。
(1)裁判例の概要
前述の事件では、論文不正を行った准教授に対する研究活動制限措置および授業担当停止措置等(以下「各措置」)の違法性が主な争点となった。具体的には、X(控訴人(一審原告):教員)が、Y(被控訴人(一審被告):学校法人)の理事会が決定した懲戒処分(停職1か月)とは別に、Xが所属する教授会の審議・承認を経て、学部長が発動した「各措置」の違法性等を主張し、不法行為に基づく損害賠償を請求したものである。
東京高裁判決は、判断の枠組みとして、「学部教授会において、教員に係る人事事項、授業に関する事項等について、自主的な判断が行われるところ、その判断を尊重することが大学の自治の趣旨にも沿うものであるから、かかる事項等について学部教授会は広範な裁量権を有しているものと解するのが相当である。もっとも、・・・裁量権の範囲を逸脱し、教員らの権利を不当に制約するものと認められる場合には、権利の濫用に当た」ると判示した。その上で、各措置については、「これがXの大学教員としての権利を不当に制限し、権利の濫用に当たると認めることはできず」、「Xに対する不法行為に当たらない。」と結論づけた。
(2)本判決の考察
本稿では、前述の裁判例で示された教授会の「広範な裁量権」と学校教育法93条の解釈の整序を重要な論点として問題提起したい。まず、同法93条の改正趣旨を前提とした場合、教授会の諮問機関および意見具申機関という性格上、教授会内部での審議は自由(同条3項)であり、熟議を経た審議結果による教授会の意思決定としての承認事項は尊重されるべきである。次に、前述のとおり教授会の会議体としての内部自治を有効と考えると、教育研究に関する事項に関しては、判決が示すように教授会の「広範な裁量権」を法的に位置づけることも可能であると考えられる(7)。
しかしながら、その教授会の下した結論に基づき、前述の「各措置」の発動によって、当該教員の教育研究等に関する権利を制限することが許されるか否かは、法的解釈を異にする問題である。つまり、判決は、Xからの「懲戒処分との二重処分である」旨の主張を否認しているが、各措置は、任免権者である理事長が発令すべきものであり、教授会による各措置の発動は、権限逸脱と解する(8)。学校教育法93条の定める教授会の権限を踏まえると、「広範な裁量権」の承認は消極的に評価すべきであり、本判決の結論が各大学の教授会運営に影響を及ぼすとは考え難い。あくまでも本判決は、教授会の各措置によって教員の権利を制限することが違法ではないとした一つの事例判断であり、射程は限定される。各大学においては、教員の人事事項等について、教授会に広範な裁量権を認めるような学内規則・規程の改正を行わないように留意することが必要である。
3 大学ガバナンス体制における教授会運営の適正化
前項の考察結果から判断すると、大学ガバナンス体制においては、学長のリーダーシップを基軸として、学長の諮問機関である教授会の意思決定を限定的に捉えることにより、学校教育法93条の趣旨に則った適正な教授会運営が図れるものと考える。すなわち、教授会は、教育研究に関する専門家である教員で構成されることから、その運営に関しては、内部自治を主眼とししつも、法の範囲内で審議する「場」であることを再認識する必要がある。例えば、教育研究の運用に関し、「教育の質保証」を担保する授業の在り方など、具体的な事項を議論し実行に移す場として、適正に運営されるべきである。 繰り返しになるが、教授会運営の適正化を図るためには、あくまでも学校教育法93条の趣旨を重視した上で学内規則・規程の見直しを行い、ガバナンス体制を再構築することが肝要である。
おわりに ~教授会改革の方向性~
以上の検討を踏まえ、教授会運営の適正化を指向する大学においては、学長の意思決定に資する大学ガバナンス体制として、教授会構成員を代表する大学執行部による組織体制(例えば、大学評議会などの教学意思決定機関)を構築する必要がある。その下で、教授会については、学校教育法93条の趣旨に則り、学長の諮問および学長への意見具申を行う会議体として、限定的に位置づける方向で検討しなければならない(9)。要は、学長を中心としたコンパクトな大学ガバナンス体制を構築し、教授会は学長の教学面の最終意思決定を補完する位置づけとすることが、近時の大学運営に求められている。その場合においても、効率的組織運営の一側面として、教授会構成員との円滑なコミュニケーションを図る仕組みは、別途構築しておく必要があることは言うまでもない。
なお、本稿では「教授会」を主題としてるため、紙幅の関係上、関連する重要なテーマである理事長と学長の権限の関係、および意思決定の内容とプロセスの妥当性や有効性の検証の在り方等については検討することができなかった。今後の検討課題としたい。
(1)鶴﨑新一郎「改正学校教育法に基づくガバナンス改革と効率的組織運営―アンケートおよび訪問調査結果の考察」篠田道夫(研究代表者)『私大ガバナンス・マネジメントの現状とその改善・強化に向けて』(日本私立大学協会附置私学高等教育研究所、平成30年)79頁以下参照。本研究論文では、アンケート調査等を基に学長のリーダーシップとそれを支える制度、教授会のコントロール機能とその位置付け等について論じている。
(2)一例として、平成27年改正は、「法的な最終責任が学長にあることを明確にしただけだ、と考えることだってできる」とする見解もある(広田照幸「ポスト『教授会自治』時代における大学自治」世界(平成31年5月号)89頁。
(3)「学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律及び学校教育法施行規則及び国立大学法人法施行規則の一部を改正する省令について」(平成26年8月29日 26文科高441号) 文部科学省高等教育局長、文部科学省研究振興局長通知。
(4)詳細は、前掲注(3)を参照。
(5)鈴木勲『逐条 学校教育法〈第8次改訂版〉』(学陽書房、平成28年)845頁。
(6)東京高裁平成30・4・25判決、損害賠償等請求控訴、棄却[上告・上告受理申立](労働判例1196号56頁)。最高裁第一小法廷平成30・10・11決定、棄却・不受理(LEX/DB25563019)。なお、近時、教授会の権限に言及した裁判例は、本件以外に見当たらない。
(7)前掲注(3)の「通知」では、「第三 留意事項」「1.(2)教授会の役割の明確化(学校教育法93条関係)」の中で、「⑦学校教育法93条第2項各号に掲げる事項以外の事項についても、教授会は、同条3項に規定する『教育研究に関する事項』として審議することが可能であること。」とし、「『審議』とは」、「論議・検討することを意味し、決定権を含意するものではないこと。」と説明されている。このことから、判決の「広範な裁量権」についても本稿本文のように限定的に解釈することができる。あくまでも「教授会」という会議体の内部に閉じられた「裁量権」であることに過ぎない。
(8)一審提訴時の解説ではあるが、「学部教授会の自治は尊重されるべきものであるが、その権限を越えて、教員に対して懲戒処分を行使できるものではなく、教員の教育研究の自由を侵害するすることは許されない。」という主張がある(暁法律事務所、平成27・12・1付https://www.ak-law.org/news/1489/参照)。
(9)国立大学ガバナンスにおける教育研究評議会と教授会の関係が、一つの参考モデルとなる。例えば、文部科学省・内閣府・国立大学協会『国立大学法人ガバナンス・コード』(令和2年3月30日)においては、教学運営の基本的責務を担う会議体は教育研究評議会であり、同コードには教授会およびその責務は規定されていない。