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アルカディア学報

No.675

私大は丁寧な指導を行う傾向
「全国学生調査(試行調査)」の結果から

研究協力者  宮里翔大(帝京大学非常勤助手)

 2020年6月16日、2019年度に実施された「全国学生調査(試行調査)」の結果が公表された。参加校は515校、回答者数は約11万1000人であり、大学生を対象とした調査としては非常に規模の大きなものとなった。

1.調査実施経緯と学生調査の現状

 本調査は2018年11月の中央教育審議会答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」に基づいたものである。そこでは、教育の質の保証のために「社会が理解しやすいよう、国は、全国的な学生調査や大学調査を通じて整理し、比較できるよう一覧化して公表すべきである」と指摘され、今後継続的に調査を行うための第一段階として「全国学生調査(試行版)」が実施されることとなった。
 このような大学生を対象とした全国規模の学生調査は諸外国に目を向けると、珍しいものではない。米国やカナダなどの大学が参加するNSSE(National Survey of Student Engagement)や米国を対象としたCIRP(Cooperative Institutional Research Program)、英国を対象としたNSS(National Student Survey)などは日本でもよく知られている学生調査である。ここで挙げたもの以外にも、全国規模の学生調査はオーストラリアやドイツなど様々な国でも実施されており、学修状況や授業における経験、活動時間などを把握することは一般的な状況になりつつある。
 日本国内では、IR(Institutional Research)活動の重要度が高まると同時に、民間主導の学生調査が活発に実施・運営されている。主に4年制・6年制大学を対象としたものとして、ジェイ・サープ(JSAAP)の「大学生調査(JCSS)」や河合塾の「学習経験調査(JUES)」、大学IRコンソーシアムの「1年生調査」・「上級生調査」、教学比較IRコモンズの「学修行動比較調査(ALCS)」などの調査が既に行われ、それぞれの調査規模も大きなものとなっている。
 また、短期大学を対象としたものとしては、大学・短期大学基準協会(旧・短期大学基準協会)が「短期大学生調査(Tandaiseichosa)」を実施しており、こちらも毎年約2万人の学生が回答している。なお、学生生活に主眼を置いた調査としては、全国大学生協組合連合会が「学生生活実態調査」を実施しているなど、日本国内においても様々な形での調査が大規模かつ継続的に実施されている状況にある。

2.調査実施状況と調査結果

 今後継続的に実施が検討されている「全国学生調査」の目的は、①各大学の教育改善に活かすこと、②大学に対する社会の理解を深める一助とすること、③今後の国における政策立案に際しての基礎資料として活用すること、を挙げて実施されたものであった。そのため、今回の試行調査は調査方法や設問項目の整理・検討のために実施され、調査方法はWeb調査、質問項目は授業における経験や活動時間、大学教育の役立ち度などが設定されていた。調査の実施期間は2019年11月25日から12月20日までの約1か月間、調査参加校は全国公私立大学のうち参加協力の得られた515校(67.4%)、調査対象者は約40万7000人であり、実際の回答者数は約11万1000人(27.3%)であった。
 なお、本稿では授業における経験に関する調査結果のみを取り上げるため、調査結果の詳細等については文部科学省のWebページ(https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/chousa/1421136.htm)に掲載の調査報告書を参照されたい。
 はじめに、設置者別の授業における経験の違いについてであるが、表1は設置者別の授業における経験に関する質問に対し「よくあった」と「ある程度あった」と回答した合計割合を示したものである。設置者に関わらず「小テストやレポートなどの課題が出された」や「授業内容の意義や必要性を十分に説明してくれた」については大半の学生が経験していた。一方で、「主に英語で行われる授業(語学科目は除く)があった」や「適切なコメントが付されて課題などの提出物が返却された」については、半数に届いていなかった。私立大学について着目してみると、「適切なコメントが付されて課題などの提出物が返却された」や「グループワークやディスカッションの機会があった」、「教員から意見を求められたり、質疑応答の機会があった」について、全体平均と比べても比較的高い水準にあった。
 つぎに、私立大学の規模別の授業における経験の違いについてであるが、表2は私立大学の規模別に授業における経験に関する質問について表1と同様の方法で示したものである。小規模大学では「グループワークやディスカッションの機会があった」や「適切なコメントが付されて課題などの提出物が返却された」などの項目が比較的高く、中規模・大規模大学では「小テストやレポートなどの課題が出された」や「主に英語で行われる授業(語学科目は除く)があった」などの項目がやや高い傾向にあった。
 これらの結果から、大学は設置者や規模に関わらずそこで学ぶ学生に対して様々な取り組みが実施されていることがわかる。また、特に私立大学においては学生に対して比較的丁寧な指導を行っており、学生自身もそれをある程度実感して本調査に回答している傾向がみられた。

3.調査の課題と今後に向けて

 今回試行実施された「全国学生調査」のように、学生に対して調査を行うことは教育の質の保証の観点からみても必要不可欠な取り組みである。様々な学生調査の結果に基づくIR活動やそれを活用した教育改善が活発化していくことが望まれる。また、本調査については今後の高等教育政策の策定において、結果に基づいた実証的なアプローチでの政策立案などに活用されることが期待される。
 しかし、現時点では「全国学生調査」について懸念される点も少なからず残されている。
 第一に結果の公表についてであり、今回の試行調査では、設置者や規模、分野別の平均値等を公表し、個別大学のデータはその大学にしか提供されていない。しかし、調査が正式実施される際には大学・学部単位での結果が比較可能な状態で公表することが検討されている。社会への説明責任を果たすうえで、情報を公開することは重要であり、それ自体が否定されるべきではない。しかし、比較可能な情報を公開することは「大学のランキング化」に用いられる可能性が高く、様々な弊害を生み出す危険性もあるため、情報の公開方法を含めて慎重に検討する必要があるだろう。
 第二に調査結果の活用についてであり、現在のところ調査の目的は先に挙げた3点であるが、例えば運営費交付金や私立大学等経常費補助金の交付額の決定に用いられるのではないかと不安視する声も聞かれる。そのため正式実施を行う前の段階で、調査結果の活用範囲について明確に提示した上で調査を実施することが必要になるだろう。